第12話 信長はん、死になはれ

忠兵衛「そしたら、本人も満更ではないとういご様子、私には、

    そう見えましたな。ひと段落して信長はんが縁側に出

    て、空を見上げてため息をつかれたんですよ。悩み事が

あるなら聞かせて貰いますよってて言ったら、すると

ね…」


…忠兵衛と信長と打合せの場面が思い起こされていた…


信 長「のう、忠兵衛、わしは正直疲れた。いつも自分を脅かす

    者の不安に晒される。いつもじゃ。秀吉にせよ、光秀に

    せよ、家康にせよ。勢力を強める度に、頼もしい家臣と

    いうよりは、いつ、わしの首を討ちに来るかという疑い

    の目で見てしまう。天下取りはすぐそこにある。しか

    し、その後に何がある、天皇か…。逆らう者があれば、

    討つ、それだけではないか、つまらん、実に、つまら

    ん。先が見えているのは。手にするまでは、面白かっ

    た。手が届くと分かってからは、つまらんのじゃ、何も

    かもがな、分かるか、忠兵衛」


 目新しい物を前に充分に愉しんだ信長は、越後忠兵衛に本音を漏らし始めた。


忠兵衛「分かりますとも、信長様とは比べてはいけまへんが私も

    財を築いて、遊びという遊びを金に糸目をつけず、やっ

    てきました。ここに来て、遊び尽くしたというか、熱い

    ものが込み上げてきまへん。歳は取りたくありまへんな

    ぁ。信長様はまだ、若おます、やり直しが効きますさか

    い、宜しおますな」

信 長「やり直すか…それも良いかも知れんな」

忠兵衛「そうなさいまし、幾ら金があっても若さは買えまへんさ

    かいな」

信 長「そう簡単に言うな。もし、わしが…わしのわがままで、

    居なくなれば、落ち着きかけている世相がまた乱れる、

    多くの者の命が、土の肥やしになるではないか」

忠兵衛「どうでしゃろ、信長様より長く生きた愚か者の意見とし

    て聞いて貰えまへんか」

信 長「何だ、遠慮はいらん、言うてみぃ」

忠兵衛「言うたはええが、無礼者はなしですよ、宜しおますか」

信 長「分かった、言うてみぃ」

忠兵衛「ほな、遠慮なく。信長はん、死になはれ」


 忠兵衛は、さり気なく信長を親しく呼ぶことによって、対等の位置取りを演出してみせた。それを見過ごせば話に乗ってくる、引っかかれば次の手立てを繰り出す。怒りに触れれば死が迫る。忠兵衛は注意深く、信長の出方を見守っていた。


信 長「なんと、わしに死ねと…えぇ~い、そこに直れ、先に叩

    き切ってやるわ」


 越後忠兵衛は、微動だりせず、信長を睨みつけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る