第4話 プロローグー4
あれ、なんだか温かくて柔らかい。
それになんだかいい匂いがするぞ。
あぁ、そうかこれはきっと夢なんだな。
だってこんな綺麗なメイドさんに膝枕されているなんて現実じゃありえないもんな。
折角だから、もう少しこの柔らかい太ももにスリスリしていよう。
「――ック様、ラック様」
「……ん、ん」
「ラック様」
深い沼に沈んでいた俺の意識はマリア様のように優しい声に包まれ徐々に覚醒していった。
「ラック様、大丈夫ですか?」
「ん、あ、あぁ」
呼び声に促されるようにゆっくり目を開けると、そこにはなぜかけしからんほど豊満な胸のメイドさんが谷間から、俺を心配そうに覗き込んでいた。
なにがどうしてこうなった……。
なぜ俺はメイドさんに膝枕されているんだ。
俺は寝ぼけた頭で状況を確認する。
確か剣闘士のやつに思いっ切り頭をぶっ叩かれて、気を失っ……
「――そうだ! 模擬戦、模擬戦はどうなったんだ?」
「ラック様が気を失っている間に、他の方も含めて全て終了しました」
そんなに長い時間気絶してたのか、俺は。
「それで、えっーと、ここには俺達しかいないようだけど、ほかの奴らはどこにいるんだ?」
「はい。皆様は謁見の間で今後について説明を受けていると思います」
「あぁ、なるほどね」
「私はここでラック様の介抱を仰せつかっております」
「そうだったのか。ありがとう」
「いいえ、これも仕事ですから」
そうだよな、仕事だよな。
「……? どうかなさいました?」
「いや、なんでもない。で、俺はこれからどうしたらいいんだ?」
「はい、ラック様がお目覚めになられたら謁見の間までお連れするようにと」
「そうか、わかった」
やれやれ、あんな無様な姿を他のプレーヤーに晒して、この後、どんな顔して会えばいいのやら。
はぁ、気が重い。
どうせなら俺だけ置いて魔王討伐に行ってくれないもんかね。
「ラック様、どうかなさいました?」
「いや、なんでもない。んじゃ、俺も王様の所に行くとしますか。痛っっぅ!」
そう言って起き上がろうと頭を動かした瞬間、後頭部に猛烈な激痛が走った。
恐る恐る後頭部に手をあてると、それはもう漫画のような見事なたんこぶが出来上がっていた。
こりゃ、数日間腫れはひきそうにないな。
あの野郎、覚えてろよ!
ったく、もうちょっと手加減しろっての!
「ラック様、大丈夫ですか?」
「あぁ、まぁ平気平気。それより悪いけど謁見の間まで案内してくれるかな?」
「はい、かしこまりました」
俺は久しぶりに味わったリアルな痛みをこらえつつ、後ろ髪を引かれる想いで柔らかい太ももとさよならした。
「――失礼いたします。
陛下、ラック様をお連れしました」
「うむ、ご苦労だったな。お前は下がってよい」
「はい、失礼いたします」
謁見の間には王の他に衛兵が数名と宰相がいるだけで、なぜかほかのプレーヤー達の姿は見えなかった。
「色々ありがとう」
俺は去り際にこっそり耳元で礼を言うと彼女は艶やかにほほ笑んで、恭しく一礼しその場を後にした。
「訓練場での模擬戦、ご苦労だったな」
「はぁ、どうも」
ご苦労と言われてもな。
俺としてはあんな恥ずかしい試合なかったことにしたいくらいなのに……。
「それで頭の具合はどうかな?」
「まぁ、どうやら記憶喪失にはなっちゃいないから大丈夫だとは思う。
いまだにたん瘤に触ると飛びあがる程痛いけどな」
「はっはっはっ、それはよかった」
笑い事じゃないっての。
「そんなことより俺に何か用件があるんだろう?」
「あぁ、そうだったな。その事でお前をここに呼んだのだ」
「ほかの奴らの姿が見えないがどこにいるんだ?」
「彼らはすでに魔王討伐に出発した」
「――は?」
ちょ、ちょっと待ってくれ。
何言っているんだ、この王様は……。
彼らは出発した、そう言ったよな。
つまり俺だけここに置いて行かれたってことか?
「一体全体どういうことだよ」
「どういう事も何もそういう事だ。
折角、異世界から来てもらって悪いのだが、お前の実力では魔王討伐に向かったところで無駄死にするだけだ」
「だから俺だけ気絶している間に置いていかれたのかよ」
「まぁ、そう言うことだ。彼らの足を引っ張らせるわけにはいかないからな」
完全にお荷物扱いかよ。
くっそ、最初からステータスポイントをちゃんと割り振っておけば、あんな鈍重な奴に後れなんか取らなかったのによ。
「……それで。置いてきぼりを食らった俺はこの後どうすればいいんだ?あいつらが魔王を倒してくれるまでこの世界の観光でもしていればいいのか?」
まっ、それならそれでいいけどな。
「その事なのだが、別件でひとつ仕事を頼まれてくれないか?」
「仕事?」
「そうだ。この王都から北東に向かった場所にオルメヴィーラという領地がある。実は先の魔王軍との戦いでここの領主が戦死してしまい今現在、オルメヴィーラ領を統治する者がいない」
「統治するものがいないって、そんなの何処かの貴族にでもやらせればいいじゃないか。領主になれるんだろ? 皆よろこんでやるんじゃないのか?」
「この国は魔王軍との戦いでどこも人材が不足しておる。それは猫の手も借りたいほどにな。
オルメヴィーラ領は小さな領地。わざわざそこに有能な人材を置いておく程余裕はない。
――そこでだ。彼らが魔王討伐して帰ってくるまでの間だけでいい。オルメヴィーラ領地の領主になってほしいのだ」
「はぁ? 領主? ……俺が?」
「そうだ」
「ちょっと待ってくれよ。領主? 領主って何すりゃいいんだよ?」
「領地を治めてくれればよい。あとはお前の裁量に任せる」
「そんな無茶苦茶な」
「支度金として金貨500枚を用意してある。これは魔王討伐に向かったもの全員に渡したものだ。
――そなたも元の世界に帰るまで何もしないのも暇であろう?」
「そりゃ、まぁ、そうだけど」
「なら決まりだ。早速馬車の手配を付けよう。準備が整い次第今日の内に出発してくれ」
「今日? 今からか!? そ、そんなに急がなくちゃダメなのかよ」
「そうだ、出来るだけ早く準備して出発するように」
そう言って金貨の入った袋を手渡されると、まるでここにいては困るとでも言いたげな様子で謁見の間を追い出されてしまった。
自分達の都合でこの世界に呼び出したくせに、魔王討伐の役に立たなそうだと分かると適当な理由をつけて追い出すとは、なんとも失礼な奴等だ。
――それよりもだ。
ほとんど無理やりに押し付けられたとは言え、俺のような素人に領主なんか務まるのだろうか。
いや、どう考えても無理があるだろう。
きっと向こうで誰かがサポートしてくれるんだろうが、無茶にも程があるぞ。
まぁ、魔王が討伐されたら元の世界に帰れるらしいから、深く考えることもないかもしれないが……。
それに軍資金の金貨500枚も貰ったし、何とかなるか。
アザーワールド・オンラインの世界じゃ金貨1枚でおおよそ一万円くらいの貨幣価値はある。
余程無駄遣いしなければ、しばらくはこれで暮らしていけるだろう。
んじゃ、馬車が来るまでに準備でもしますか。
とはいっても何を準備したらいいのかさっぱりわからん。
なぜかって?
そりゃ、俺自身これから何をしにいくのかさっぱり理解していないからだ。
食料、回復薬、装備は一通り揃っているし、どうしたものかな……。
そうだ!
また忘れるところだった。
出発前にステータスポイントを振り直して置かないと。
このせいでえらい目にあったからな。
俺はアイコンをタップすると早速ステータス画面を開いてみせた。
……おかしい。
ボーナスポイントがゼロになっている。
いやいや、ちょっと待ってくれ。
なんだ、またバグか?
――あはははっ、しょうがないなぁ、まったく。
俺は画面を閉じると、目を瞑り一度大きく深呼吸をした。
よし!
再びステータス画面を確認するがやはり、ボーナスポイントはゼロのままだった。
わかってる。
うん、わかってる。
これはバグじゃない。
俺、ちゃんと現実を見ようじゃないか。
LUC:9999
……幸運値がカンストしている。
思い当たる節は一つしかない。
きっとあの時だ。
剣闘士に頭をぶっ叩かれて意識を失いかけたとき、開きっぱなしのステータス画面に指が触れ、間違って幸運値にボーナスポイントを全振りしたんだ。
どのMMORPGでも大抵そうなのだが、幸運値はそれほど重要視されていない。
なぜなら筋力や魔力とは違い、どちらかと言えば補助的な能力値だからだ。
幸運値はクリティカルの発生率、魔法や弓矢の命中率、鍵開けの成功率、そういったものに影響する。
つまり上げなくても困りはしないが、上げれば、まぁそれなりに役に立つ、くらいの感じなのだ。
そんな訳だから余程の変わり者か素人でもない限り、幸運値をメインで上げている愚か者はいない。
いや、アザーワールド・オンラインで幸運値をカンストさせたのはきっと俺ただ一人だろう。
それなのに、それなのに、俺は、このモンスターの徘徊する未知の異世界でステータスポイントのすべてを幸運値に極振りしてしまった。
――最悪だ。
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