閑話ー3





 ぶつくさ一人で文句を言うドワ娘を尻目にノジカに案内され着いたのは中庭の向こう渡り廊下を抜けた先の別棟だった。






 そこには天然温泉と書かれた立札が立っており、大浴場の入り口には男女それぞれに赤と黒の暖簾が掛けられ、如何にも温泉の入り口といった景色が広がっていた。




 フレデリカがとぼけて俺と一緒に男湯に入ろうとしたのだが、敢え無くノジカに首根っこを掴まれ女湯に連れていかれた。






 まったく、やれやれだ。






 ここの温泉は当然すべて源泉かけ流し。






 お湯は硫黄の香りがする乳白色のにごり湯でとろりとした心地よい肌触りである。




 


 このだだっ広い温泉に一人で入れるとはなんと贅沢なんだろう。






 かけ湯をし、ゆっくりつま先からお湯に入り慣れたところで肩までゆっくり浸る。冷えていた身体がじんわりと内から温まり、次第に心地よさに包まれていく。






 思わずウトウトしていると木の壁を挟んだ向こう側から女性陣の賑やかな話声が聞こえてきた。




 


 「――これが温泉なのですね」




 「どれ、わらわが一番い入ってみようかの」




 「あっ、フレデリカ。ちゃんと身体洗ってからじゃないとダメだよ」




 「なんじゃ。うるさい奴じゃの。わらわの身体はいつでも綺麗で美しいから大丈夫じゃ」




 「なにが大丈夫じゃだよ! ちゃんと流さないとダ、メでしょ」






 ノジカの叱り声と共にバシャっと水のかける音がこちら側まで聞こえてきた。




 


 「ひっ! こ、こら、猫娘。それは冷水ではないか! おぬし、わらわを殺す気か!」




 「ちゃんと流さないフレデリカが悪いんだよ」




 「このわらわに喧嘩を売るとはいい度胸じゃな」




 「はぁ、二人とも静かに出来ないのですか? 少しはシーナを見習ってください」




 「「ふんっ」」




 「ラフィテアさん。わたし背中流しますね」




 「え? あぁ、折角ですし、お願いしようかしら」




 「はい、任せてください。……それにしてもこのお湯ミルクみたいに白いし、すこし変わった匂いがする」




 「これはきっと硫黄がお湯に溶け出してるんでしょう」




 「硫黄、ですか」




 「シーナ。この硫黄はお肌にいいんじゃぞ」




 「そうなんですか?」




 「そうじゃ。硫黄をお湯に少量溶かして布を浸し、それで拭けば立ちどころにお肌がつるつるになるのじゃ」




 「へぇ。だからフレデリカさんのお肌はそんなに綺麗なんですね」




 「違うぞ、シーナ。これは生まれ持ったものじゃ。わらわくらいになるとそんな些末な努力など必要ないのじゃ」




 「羨ましいです。ラフィテアさんもお肌綺麗ですし」




 「シーナも十分綺麗ですよ」




 「そうでしょうか」




 「そうじゃな。心配しなくてもわらわの次くらいには綺麗じゃぞ。ただ胸の方は少し控えめじゃがな」




 「うっ」




 「フレデリカ、なに馬鹿な事言ってるのさ。シーナはまだ成長期なんだから、そんな事気にしなくていいんだよ」




 「そうじゃったな。シーナは成長期じゃからな。……ただ、猫娘は、いやなんでもないのじゃ」




 「何が言いたいのかなぁ、フレデリカ。何でも大きければいいってわけじゃないと思うんだけど、ボクは」




「そうかもしれんが、大は小を兼ねると言うじゃろ。ないよりはあった方が良いとは思わんか?」




 「やっぱりそうなんですか?」




 「シーナ、女の価値は胸の大きさじゃ決まらないよ」




 「それは分からんぞ。男は大抵胸の大きな女が好きじゃからな」




 「それは領主様もですか?」






ぷっ!


 


 こら、こら、こら。何の話をしてるんだよ!








 「それは当然じゃろ」






 なんで勝手に決めつけるんだよ。




いや、まぁ完全には否定しないしないけどな。






 「ラックのエロ、馬鹿、アホ!」






 俺がいないのに酷い言われようだな。






 「どうやったらフレデリカさんみたいに大きくなるんでしょうか?」




 「知りたいか?」




 「はい、知りたいです?」




 「そうか、そうか。シーナは素直でいい子じゃな。なら特別に教えてやろう。


胸を大きくするにはな――」




 「はぁ、何を下らない話をしてるんです」




 「下らんじゃと。胸は女にとって――」




 「女にとって何だと言うんです」




 「……ラフィテアさん、凄いです!」




 「シーナ。そんなにじろじろ見られたら恥ずかしいです」




 「くっ、まさかこやつに胸のサイズで負けるとは思わなかった。まるで一角牛の雌――」




 「フレデリカ。あなた、それ以上口にしたら、どうなるか分かっていますよね」






 「……う、うぬ」




 「さっ、シーナ。折角の初めての温泉。ゆっくり入りましょう」




 「はい」








 ふぅ、どうやら、ようやく胸の話題は終わったみたいだ。


 




それにしても向こうの会話がこっちに聞こえてるって皆知ってるのか?




 念願の温泉だっていうのになんで俺が気を使わなきゃならないんだ。


 




 どこかもう少し静かな場所は――




 ん? 




 辺りを見回すと岩の陰に隠れて分からなかったが、どうやら奥に別の湯船がありそうだ。 




……折角だしちょっと行ってみるか。






俺は一旦湯船から上がると、一人安息の地を求めて奥へと歩みを進めた。










 「はぁ、これが温泉か。なかなか気持ちの良いものじゃな」




 「うん、そうだね。これならボク、ずっと入っていられるかも。冬の間は毎日通おうかな」




 「ノジカさん」




 「なーに、シーナ?」




 「温泉に入れるのはここだけなんですか?」




 「えーっとね。各部屋に小さいけど温泉に入れるお風呂が合って、ここの大浴場とそれからちょっと分かりづらいけど、この奥にここと男湯から繋がってる混浴場があるんだ」




 「部屋でも温泉が入れるんですね」




 「そうだよ」




 「……ノジカさん」




 「ん? どうしたの、ラフィテア」




 「混浴は男湯女湯と繋がってるのですか?」




 「うん、あの奥から、ってあぁぁぁぁ! フレデリカ!」




 「良い事を聞いたぞ、ノジカ。おぬしらはそこでゆっくり湯に浸っておれ。わらわは一人混浴に行ってくるのじゃ」


 


 「こらっ! フレデリカ!」




 「あっ、ノジカさん、待ってください。わ、わたしも行きます!」




 「待ちなさい、シーナ。……はぁ。あの二人がいるとなんでこうなるのかしら」












ちょっとした洞窟を抜けるとそこには先ほどよりも更に大きい湯船がでんと姿を現した。






「これも奥までずっと続いているんだな。まったくどれだけ広いんだよ、この温泉。まぁ、しかし最高だな。相変わらず向こうは何だか騒がしいけど気にせずここでのんびりするか」






先程までの場所は木の塀に囲まれ屋根もありどちらか言えば室内だったが、ここは解放感抜群の露天風呂と言った感じだ。岩の隙間から流れ落ちる源泉の音が心地よく、見上げれば遮るもののない空が一面に広がっていた。






夜になればきっと露天風呂に入りながら満天の夜空を望むことが出来るだろう。






ラフィテアが予算がどうこう言っていたけど、これならきっと目を瞑ってくれるに違いない。






あぁ、それにしてもやっぱ温泉は格別だな。




こうして目を瞑っていると、ついウトウトしてしまう。


 


タプタプと水面の揺れる音、次第に波打つようにバシャバシャと激しく音を立て……激しく音を、って、え?




 


眠気に襲われたのも束の間、目を開けるとなぜかそこには女湯にいたはずのドワ娘が素っ裸で腰に手を当て立っていた。








 「なんじゃ、おぬしもわらわに会いたくて混浴に来ておったのか」




 「ちょ、な、え!? ど、どうしてお前がここにいるんだよ!」




 「どうしてもなにも、ここは混浴だからの。別段わらわがいても不思議ではなかろう?」








 ……へ?




 ここが混浴。




 もしかして、いや、もしかしなくても、……男湯と女湯の奥が混浴と繋がっていたのか?








 「と、取り敢えず、な、何でもいいから前を隠せ!」




 「なんじゃ、恥ずかしがらんでもいいんじゃぞ。おぬしとわらわは婚約者じゃ。気のすむまで見ても構わんのだぞ」




 「あのな!」




 「見るだけじゃ不服かの。ならほら、こうして触って――」




 


 「フレデリカぁぁぁぁぁっ!」






 






 叫び声と共に湯気の向こうから不意に現れたノジカは勢いそのままこちらに向かって突っ込んできた。






 え? な、なんでノジカまでここにいるんだよ!


 




 「なんじゃ、ノジカもやはり混浴に入りたかったのか。それなら素直にそうと言えばよいものを……」






  いや、どう見てもそんな感じじゃないだろ!






 「じゃが、折角の二人きり。おぬしには邪魔はさせぬぞ」






 ドワ娘はそう言うと掴みかかろうとするノジカを絶妙なタイミングでいなし、猛進する勢いを利用し足をかけた。






 突然バランスを失ったノジカは倒れまいと必死にフレデリカに抱きつこうとするも持ち前の運動神経もむなしくゴツンという鈍い音を立て頭から温泉の中に落ちていった。




 「残念じゃったな、ノジカ。……あ」




 「あっ、じゃ、ない、だ、ろ……」






 ドワ娘がざまぁみろと言わんばかりに振り返るとそこには俺に覆いかぶさるノジカの姿があった。






 倒れてくるノジカを思わず抱きしめようとした結果、ノジカの肘鉄は俺の頭を直撃していたのだ。






 薄れゆく景色の中でなぜかシーナとラフィテアが俺の事を心配そうに見つめていた。




 温泉に来ただけなのに、なんでこうなるんだよ……、がくっ。






 俺は手に小さく柔らかい物を二つ感じながら意識を失っていった。












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