閑話ー2


 






以前、俺が掘り当てた例の源泉はサビーナ村の中央広場にある。






掘り当て以降、色々あって随分と長い間放置してきたのだが、サビーナ村の再開発をスタートさせる際、無理を言って中央広場にかなりのスペースを確保してもらっていた。






この村のすべての大通りはこの中央広場が起点となっており、大概の領民はどこに行くにもこの場所を経由し目的地に向かう事になる。






そんな誰もが一日一回は通るであろう超一等地に異質とも言える巨大な建造物がでんと立っていた。






それは俺からすると非常に慣れ親しんだ懐かしい雰囲気の和風建築なのだが、領民たちはどうも見慣れないようで、この建物を見る度、一瞬どこか知らない世界に迷い込んでしまったようなそんな不可思議な感覚に襲われるという。






「それにしてもこの短期間でよくここまで仕上げたな」




「でしょ? もっといっぱい褒めてくれてもいいんだよ」




「はい、はい。分かってるよ」




「どう? フレデリカ。ボクの腕もなかなかでしょ?」






 ドワーフの造る洗礼された建築や一級の工芸品を見慣れているドワ娘にとっても物珍しく映るのか、大きな門の前で足を止めると建物全体を食い入るように見ていた。






「猫娘の腕がどうかは分からぬが、面白い造りなのは確かじゃな」


 




「なにそれ、フレデリカ。素直に褒めてくれもいいのに。……素直じゃないフレデリカには、こうだっ!」






「な、なにをする! こ、こら、離さんか!」




「嫌だよ。褒めてくれるまで離さないから」








 ノジカは例のごとくイタズラ好きな子供のような顔をするとまじまじと見ていたドワ娘を後ろから羽交い絞めにし、嫌がる彼女を無視して冷たくなった頬をドワ娘の顔に何度も押し付けていた。




 


俺はじゃれ合う二人をその場に置いて敷地内に一歩足を踏み入れると、そこには温泉で出来た小さな池が広がっていた。








辺りに立ち上る白い湯気がより一層幻想的な雰囲気を生み出していて、脇に庭園を臨みながら朱色の欄干を有した木造の橋をしばらく進むと、靄の中から数十もの客室を備えた温泉旅館が悠然と姿を現し、俺を出迎えてくれた。








「どうかな? ラックの要望には応えられてると思うんだけど」






先程までドワ娘と戯れていたはずのノジカはいつの間にか俺の隣に並ぶと両手を後ろで組み自信たっぷりな様子で話しかけてきた。






「期待以上の出来だ」




「そうでしょ、そうでしょ。……おっほん、領主様にそう言って頂けて光栄の至りです」




「なんだよ、それ」




「別にいいでしょ。では、領主様。どうぞ中にお入りください」






ノジカに促されるまま、木製の大きなガラスの引き戸に手をかけ扉を開けると、そこには――






 何もなかった。






 いや、もちろん床や天井、壁はある。






 目の前には吹き抜けの広いエントランスが広がり、中央には中庭が見え二階に続く大きな木造の階段も見える。






 ただ、あるのは本当にそれだけ。




何とも殺風景な空間だった。








 「――なんじゃ。何にもないではないか」




 疲れた声で俺の背後から顔をひょっこり出したドワ娘は、何もない館内を見ると先ほどまでドヤ顔をしていたノジカをジト目で睨んでいた。






 「あははっ。まだ内装とか調度品は全然なんだよね」






 「先程までの態度は一体何だったのじゃ」






 「外観は完璧でしょ? それに流石のボクでもこの短期間で内装までは終わらないよ。だからラックに来てもらった訳だし」






 そう言えば、その打ち合わせ為に来たんだった。






「それにしてもこんなものを建ててどうするつもりなんじゃ? おぬしは」






「どうするって、温泉があるんだ。折角だからこの村の観光の目玉にしようと思っただけさ。街が大きくなれば人の往来も増える。これも大事な収入源の一つさ」




「温泉のぅ。そんなに湯に浸かることが良いのか?」




「そりゃ――」




「――それ程気になるならご自身で試してみたらどうです?」






 どこか聞き覚えのある声かと思ったら、二階からラフィテアとシーナが二人揃っておりてきた。






「ラフィテア、それにシーナも。二人ともこんな所でどうしたんだ?」




「実は以前頂いた見積書があるのですが、既に予算を大幅に超えておりまして、どうなっているのかノジカさんに詳しくお話を伺おうかと……」






「なるほどな」




「ノジカさん、一体どうなってるんですか?




「お前、そんなに予算オーバーしてるのか?」




「えっと、ほら、だってラックも見たでしょ? これだけ大掛かりで手の込んだ仕事してるんだよ。そりゃ少しは金額も越えちゃうよね」






 「この額は少しではありません。既に予定していた額の二倍までに膨らんでいます。これ以上の予算はオルメヴィーラ領の財政を担当している者として許可しかねます」




「でも、まだ内装がこれからだし、もうちょっと融通してもらえると」




「出来ません」




「なぁ、ノジカ。そのもうちょっとっていうのはどれくらいなんだ?」




「えーっと、うーんっとあとこれくらい?」






 ノジカはなぜか疑問形でそう言うと人差し指と中指を立てて見せた。






「あと金貨200枚か?」




「ううん。金貨2000枚」




「2000枚!?」




「……いかがいたしましょうか? ラック様」




「おい、幾らなんでもそりゃかかり過ぎだろ?」




「そ、そうかもだけど、この件はそもそもラックの依頼だし、それに折角ここまで――」




 「おほんっ。話の腰を折って悪いのじゃが、わらわは温泉とやらを見に来たんじゃ。その話そこの耳長と後でしてもらえないかの?」




 「あなたには分からないかもしれませんが、とても重要な話なんです。そんなに温泉に興味があるなら、あなたおひとりでどうぞ」




 「なんじゃと!?」




 「二人ともこんな所で――」




 「そ、そうだ、温泉、温泉だよ! ね、ねぇ、ラック。実は館内の内装はまだなんだけど、一ヵ所だけ完成しているんだ」




「そうなのか?」




「うん。ラックに見せたくて大浴場だけは出来てるんだ。折角だし、今からみんなで入らない?」




「ノジカさん、まだ話が――」




「ねぇ、いいでしょ、ラック? ラフィテアもその話は温泉の後で。そこを見てから判断してくれもいいでしょ?」




「……はぁ、しょうがないですね。わかりました。でも、あとでしっかりお話聞かせてもらいますからね」




「はーい」




「しかし、温泉ですか。……私、温泉というものが経験なくて」




「実はボクも」






「わたしも入ったことないです、領主様」




「わらわもじゃ。という事は、おぬししか経験者はおらぬようじゃな」






 いや、温泉に経験者と言われてもな。




「別に温泉を難しく考える必要なんかないぞ。……そうだな。まぁ決まり事があるとすればまず衣服を脱いで、温泉に入る前に体を洗うことくらいか。あとはのぼせない程度にゆっくり湯に浸かればいいだけさ」






「み、みんな裸で入るのですか?」




「そりゃ、まぁ温泉だからな。服のまま入ったらびしょびしょになるだろ?」




「えぇ、そうですけど……。ちょっと抵抗がありますね」




「大丈夫だよ、ラフィテア。ちゃんと男湯と女湯は分かれてるから」




「そ、そんなのは当たり前ですっ!」






「……わたし、領主様と一緒に入りたかったな」




「だ、ダメだよ。シーナ! 男女は別々なの」






 なぜかがっかりするシーナだが、流石の俺もこのメンバーと温泉に入るのは気が引けてしまう。






「――シーナ。残念がる必要はないぞ」




「え?」


 


「なんでも温泉には男女が一緒に入る混浴というものがあるらしいからの」






「本当ですか? 領主様」




「え、あぁ、まぁ一応な」




「わたし領主様と一緒に混浴に入りたいです」




「シーナ、よく言った。わらわと一緒に混浴に入ろうぞ。もちろんおぬしもじゃぞ」




「おい、ドワ娘。お前な」




「なんじゃ。混浴を作れと言ったのはおぬしなんじゃろ?」




「いや、まぁそうなんだけど」




「なら良いではないか。……なにか、もしかして一緒に入るのが恥ずかしいのか?」




「そ、そんなわけないだろ。子供じゃあるまい」




「なら決まりじゃな。お互いが一緒に入りたいと言っておるのじゃ。なにも問題ないじゃろ」




「な、に、が決まりじゃな、だよ。問題ありだよ。大ありだよ。フレデリカ、それにシーナも、二人とも女湯に入るんだからね」




「なにを勝手に――」




「わ・か・った・か・な、二人とも!」




「う、わ、わかったのじゃ」






 いつになく鋭い剣幕に押され二人は思わず黙ってコクコクと頷いていた。






「うん、分かればよろしい。じゃ、皆、案内するからついてきてね」




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