第3話 プロローグー3
訓練場は城内の階段を十数メートル下った地下深くに存在した。
一度に数十人が戦闘しても申し分ない程の広さがあり、周囲は高さ5メートルほどの強固な石壁に囲まれている。
さらに魔法で破壊されないように特別な結界まで張り巡らされ、石壁の向こう側には場内をぐるりと囲むように観覧席まで設置されていた。
「これじゃ俺たちまるでサーカスの見世物だな」
ため息交じりにボソッと呟いた後、後頭部を掻きながら観客席に再び目をやると、貴族の為に特別にあしらわれたであろう豪華な中央の席に宰相の姿があった。
しばらくその場で時間をつぶし定刻を待っていると、中央席の後方にある扉から数人の兵士を引き連れたユークリッド王がゆっくりと姿を現した。
システム画面の時間を確認するともう間もなく模擬試合が始まるようだ。
「えーっ、定刻の時間より少々早いようですが、全員お集りいただいているようなので早速模擬試合を始めたいと思います」
宰相の男はそう言いながらもう一度その場にいる人数を数えなおすと、手にしていた丸まった用紙をゆっくりと広げ、試合順に名前を読み上げていった。
「第一試合はラック様とフェレナンさま、第二試合は――」
げっ。初っ端から俺か。
なんだかついていないな。
どうせなら何試合か見てからが良かったのだが、こればかりはしょうがないか。
一応、念の為早めにここに来て色々試してみたが、戦闘に関してはアザーワールド・オンラインと変わらない。
スキルや魔法も同じように使えるようだ。
なら特に問題はないように思えるのだが、そういう訳にもいかない。
ここが本当にゲームの世界じゃないなら怪我や死んだ場合、どうなるんだ?
回復魔法でちゃんと傷は治るのか? 蘇生魔法で生き返るのか? まさかこればかりは試すわけにもいかない。
いや試したくもない。
ゲーム内ならたとえ死んでもデスペナで経験値を失うくらいだったが……。
「――二人とも前へ」
いくら頭脳をフル回転させても答えは出てこない。
気が付くと対戦順の名前は全て読み終わっており、早速第一試合が始まろうとしていた。
はぁ、しょうがない。
ここは死なないように極力慎重にいこう。
――?
そうだ、そう言えばなにか途轍もなく重要なことを忘れてる気がするが、なんだったかな?
うーん。
……まぁ、いいか。
きっと後で思い出すだろう。
今はそんな事よりも目の前の事に集中すべきだろう。
俺は少しもやもやしながらも一旦思考を停止すると、皆の視線を全身に浴びながら、訓練場の中央に足を進めた。
対戦相手は剣闘士か。
相手のフェレナンは巨大な両手剣を構えている。
アザ―ワールド・オンラインではもっとも近接戦闘能力の高い職業だ。
重量のある武具を扱うため力も強く、正面からまともにやり合えば確実に向こうに分があるだろう。
ただし殆どのプレーヤーは筋力と体力強化を中心にステ振りしており、敏捷性は低い傾向にある。
そしてその強力な装備故、軽快さには欠ける。
まずここは盗賊の身軽さを生かして距離を取って様子を見るか。
「二人とも準備はいいか?」
模擬試合とは思えないような緊張感が辺りを支配し始める。
こんな感覚、ゲームじゃ味わえなかったな。
短剣を握りしめている手はもちろん、いつの間にか体全身が汗でべったりと濡れている。
「――始め!」
静まり返った空間に宰相の声が響き渡った。
「うおぉぉぉぉ!」
剣闘士のフェレナンは試合開始と同時に震えるような咆哮をあげると間合いを詰めようと一直線に猛突進してきた。
どうやら向こうさんはすぐにでも試合を終わらせたいらしい。
まぁ、この広い会場、職業そして装備からして俺が距離を取るのは自明の理。自分の距離に持ち込もうっていうのは正解だな。
だが、そんな鈍足じゃ盗賊は捕まらない。
そう。
決して捕まらない、はずだった。
――おかしい。
俺は一定の距離を保ちつつ様子を見ようとしたのだが、剣闘士との距離がどんどん縮まっていく。
この障害物のない広い空間で盗賊に剣闘士が追いつくなんて余程のレベル差がなければありえない!
くそっ! 何がどうなってる!
重装備のフェルナンに徐々に追い詰められていく状況にきっと周りのプレーヤーたちも何が起こっているのか理解出来ていないだろう。
――そしてそれは数分も満たないうちに訪れた。
後方にいたはずのフェルナンがいつの間にか俺の目の前に立ちはだかっていた。
行き場を失った俺を見てフェルナンは口の端に笑みを浮かべると、次の瞬間構えていた巨大な剣を勢いよく振り下ろした。
――くっ!
俺は手にしていた短剣の柄を咄嗟に両手で握りしめると、振り下ろされた剣の側面に短剣の刃先を打ち当て僅かばかり軌道を変えることに成功した。
目標を失った鉄塊はというと無慈悲なほど大きな音を立て地面に深くに突き刺さり、土埃を辺りにまき散らしていた。
「おいおいおい、俺を殺す気か」
すんでのところで難を逃れ、猫に追い詰められたネズミのように距離をとる俺を見て剣闘士はなにも言わずただニヤリと口元だけが笑った。
くそっ! なんであいつ、あんなに重い武器を担いで早く動けるんだよ。
これじゃこっちが圧倒的に不利じゃないか。
この世界じゃ敏捷性にステ振りしても意味をなさないのか?
なら俺だって耐久力か腕力に……。
――ちょっと待て。
そうか。そうだったのか。
あいつが早いんじゃない。
……俺が遅いんだ。
大事なことを今になって思い出した。
ステータスボーナスポイントを振り直してなかった。
まずい、まずい、まずいっ!
ステータスボーナスポイントを一切振ってなかった。
だからあんな鈍間に易々と追いつかれてしまったんだ。
くそっ! これじゃやられるのも時間の問題だ。
俺は再び迫りくるフェルナンの攻撃を間一髪のところで躱すと、すかさず距離を取った。
訓練場をまるで鬼ごっこのようにただただ逃げ回る俺を見て、プレーヤーたちは指をさして嘲笑している。
くそっ!
すぐにでもステータスポイントを振り直さないとマジでまずい。
――まずいのだが
なんとかステータス画面を開いたのはいいがこう逃げ回りながらだと、うまく操作することができない。
幸いなことに剣闘士の攻撃はすべて大振りだ。
不意打ちでもなければ、そうそう当たる物じゃない。
距離がある今のうちにステータスを振り直せば勝機はまだある。
――それは刹那の油断だった。
ステータス画面に気をとられていた俺は一瞬フェレナンの姿を見失った。
振り返るが、奴はどこにもない。
どこだ、どこに消えた!
「あっ……」
気が付いた時には既に後の祭り。
フェレナンは俺の行く手を遮るように再び立ちふさがっていた。
「ちょ、ちょっと待ってく――」
俺の言葉が最後まで発せられることはなかった。
フェルナンは俺の言葉など意に介さず、大剣を素早く振りぬいた。
ゴーーンッ!
鉄の塊が俺の後頭部にクリティカルヒットし、訓練場に除夜の鐘を彷彿とさせる心地よい金属音が鳴り響いた。
俺は痛みを感じる間もなく、深い深い闇の底に飲み込まれていった。
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