第2話 プロローグー2





 なぜだか嫌な予感がした。



 俺は青年の慌てた表情に焦燥感を駆り立てられシステム画面を開いた。





 ――ない。




 ――ないぞ。



 は? どういうことだ。



 どこを探してもログアウトの表示が見当たらない。


 いつもある場所はぽっかり空欄になっている。




 バグか? なにかのバグなのか?



 ラノベじゃあるまいし本当に異世界に来た、なんてことあるわけないよな。



 ……ないよな。



「おい! 一体どうなっているんだ!」


「くっそ! GMにもつながらねぇぞ!」


「もう、どうなっているのよ!」




 ログアウトが出来ないとわかるやいなや、周りにいた歴戦のプレーヤーたちもいっせいに取り乱し始めた。


「ねえ! 王様。私たちをこの世界に呼び出したって言ったわよね?」



「いかにも。お前たちはわれわれが異世界から召喚したのだ」



「召喚したのだ、じゃないわよ! 一体全体この場の誰がそんな突拍子もない話を信じるっていうのよ。



仮にそれが本当だとしても、勝手にそんな事されてちゃ困るんですけど!さっさとわたしたちを元の世界に帰してよ!」



「……悪いが、それは出来ない」



 ユークリッド王は目の前の冒険者たちの狼狽をよそに表情を変えず淡々とそう答えた。



 「どうしてよっ!


呼び出せたんなら、送り返すことも出来るでしょう?」



「言葉が足らなかったようだな。


確かにお前たちを元の世界に返す方法はある」



 「じゃぁ――」



 「だがそれは我々が魔王を倒せれば、の話だ」



 ――なるほどね。結局そこに話は行きつくって事か。




 「召喚には強大な魔力を持つ宝珠が必要だ。


召喚に耐えうる宝珠は世界に二つしかないとされていて、一つはお前たちを呼び出すのに使用してしまった。


そしてもう一つは……」



 「――魔王がもっているというわけか」



 顎に手を当て思案していた聖騎士のプレーヤーが王の代わりに、ぼそっと答えた。



 「そういうことだ」



 「元の世界に帰るにはその宝珠を奪うか、魔王を倒さないといけないわけか」



「 ……あなた、こんな嘘くさい話信じるの?」



 「別に信じてはいないが、現状ログアウト出来ないのだから、このクエストを進める他ないんじゃないか?


それに、もしかしたらクエスト攻略すればログアウト出来るかもしれない」



 「ま、まぁそうかもしれないけど。


……なんだかこの王様にうまく使われているみたいで不愉快だわ」



 「それには同意する」



 「でも、わたしたち魔王なんて倒せるのかしら?」



 「どうだろうな。仮にここが異世界だとして、さっきステータスを確認してみたが、レベルやスキルはゲームの時と変わりはない。実際に戦闘をしてみないと確かな事は言えないが、多分なんとかなるだろう」



 俺もすぐステータス画面を確認してみたが、アザ―ワールド・オンラインのシステムや装備、アイテムはそのまま使えるようだ。



 ここまで仕様がゲームのままだと、ここが異世界だと信じろ、って言う方が難しい。

 


 この場にいる全員がここが異世界なんて思っちゃいないだろう



 「一つ確認させてくれ。


我々が魔王を倒し宝珠を手に入れたら、必ず元の世界に帰れるんだろうな」



 「もちろんだ。 それについては約束しよう」



 「――わかった。 わたしはこのクエストに参加しよう。


みんなはどうする?」



 聖騎士の男は確認するように周りを見渡した。



「しょうがねぇな、俺も参加するよ」



 どうするもなにもそれしか他に選択肢がないなら、そうするしかないだろう。



 悩んでいた他のプレーヤーたちもどうやってもログアウトが出来ない事がわかると、魔王討伐にしぶしぶ同意した。







 「それで、私たちはこれからどうしたらいいの?」



 「ふむ、そうだな。できれば訓練場でお前たちの実力の程を見ておきたい。


今から一時間後、一対一の模擬戦闘を行ってもらう」



 「模擬戦ねぇ。まぁそれは別にいいが、一時間もこんな場所で待っていなきゃダメなのか?」



 「準備が整うまでの間、食事をとるなり、休憩をするなり城内を好きに使ってくれてかまわん」



 「そっか。そりゃ助かる」


 「他になければわたしはこれで失礼させてもらう」



 ユークリッド王はそう言うと傍にいた宰相に一言二言耳打ちするとその場を後にした。





 「なんだかあの王様、嫌な感じね」



 先ほどユークリッド王と言い合っていた女性プレーヤーが話しかけてきた。



 「でも、ゲームだと王様ってのは大概あんな感じだろう?」


 「まぁ、それはそうかもね。


……ところであなたは実際の所どう思う?」



 「どうって異世界がどうこうって話か?」



 「そう」



 「正直、さっぱりわからない。異世界だっていう実感はまるでないからな。


ただ、なんていうか街を歩いてみて少し違和感はあった。」



 「なによ、違和感って?」



 「アザーワールド・オンラインの道具屋のNPCはあんなに胸が大きくなかったはずだ」



 「……真面目に聞いて損したわ」



 彼女はほとほと呆れた顔をするとこれ以上会話をしても無駄だと思ったのか身を翻してこの場を立ち去ろうとした。



 「時間までどうするんだ?」



 「そうね、城内を見て回ろうかしら。


あなたはどうするの?」


 「取り敢えず花摘みにでも行ってくる。


一緒に行くか?」


 「遠慮しておくわ。じゃぁね」



 彼女は背中を向けたまま手を振ると、コツコツと足音を響かせながら城内に消えていった。


 んじゃ、俺も行くとしますか。




 さて、トイレはどこかな。



 そこにいる兵士にでも聞いてみるか。



 「なぁ、ちょっといいか?」


 「はい、どうなさいましたか?」


 「トイレに行きたいんだが、どこにあるんだ?」


 「お手洗いでしたらこの広間を出て左の通路をまっすぐ進んだ突き当りにあります」


 「そうか、サンキュー」



 俺は一人謁見の間を出ると散歩がてらトイレを目指した。




 王城ってもっと豪華で煌びやかなイメージがあったけど、これじゃどちらかと言えば要塞だな。



 先ほどまでいた謁見の間には、いかにも高級そうな赤い絨毯が敷かれており、天井には戦女神を題材にした見事な絵画が描かれていたが、一歩謁見の間から出れば何の飾りっ気もない寂しげな石造りの通路が永遠と続いていた。



 この通路の突き当りって言っていたよな。



 それにしてもまさかゲームの中でトイレに行くとは思わなかったな。




 ゲームの中でトイレ……?




 トイレ!?



 俺は尿意を感じながら慌てて便所に駆け込んだ。




 ――数分後



 トイレから出てきて色々な事がすっきりした。



 うん、確かにここはアザーワールド・オンラインの中じゃない。



 ちゃんと付いていたし、出る物もちゃんと出た。



 どうやらここがゲーム内じゃなく、どこかの異なる世界だってのはほぼ間違いないらしい。



 にわかには信じられないが、あの王様の話は本当ってことか?




 何が一体どうなってるんだ。



 本当にちゃんと元の世界に帰れるんだろうな。




 ……はぁ、魔王討伐、魔王討伐ねぇ。



 やれやれ。



 俺は目の前の現実に少し憂鬱になりながらも、模擬戦闘が行われるという訓練場に一足先に向かうことにした。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る