幸運値に極振りしてしまった俺がくしゃみをしたら魔王を倒していた件

雪下月華

第1話 プロローグー1



俺の名前は志賀谷正人



どこにでもいる普通のサラリーマンだ。



毎朝満員電車に揺られ会社に出勤し、永遠に終わることのない仕事をだたひたすらにこなす日々。



気が付けばもう30半ば。



同級生の多くが結婚をして、家庭を持ち幸せに暮らしているのに、俺といったら女性とはまるで縁のない生活。



そんな寂しい独身の俺にも唯一の楽しみがあった。



俺は仕事が終わると飲み会の誘いを断り家路に急いだ。



 家につき缶ビールを一気に飲み干すと夕飯もそこそこに大人気VRMMORPG―アザ―ワールド・オンライン―にログインした。



 VRとはヴァーチャル・リアリティー。


 コンピューターによって作り出されてた世界を現実として知覚させる技術。



 つまりVRMMORPGとは仮想現実大規模多人数同時参加型オンラインRPGの事である。



 確か昨日ログアウトしたのはカーリッシュの村の周辺だったよな。



 昨日はソロで迷宮ダンジョンに潜っていて遅くなってしまったので、ホームのある街まで戻らず近くにある小さな村でログアウトした、はずなのだが……。




 ――どう見てもここはユークリッド城だよな。



 目の前にそびえ立つのは侵入者を拒むように積み上げられた石積みの切り立った城壁。

 城門の隣に立つ門塔には数名の兵士が警備の為、詰めている。



 ユークリッド城は初めてアザ―ワールドにログインした初心者が訪れるスタート地点にある城だ。


 低レベルの初心者たちはしばらくここを拠点にクエストをこなしていく。




 ……おかしいな。




 寝ぼけてユークリッド城に転移したのか?



 なにか頭に引っかかるものを感じながらも、馬車が一台通れるくらいの細い道を登って城下町へと足を進める。




 まぁ、どこでログアウトしようが些末な問題だ。




 特にこの場所に用事もないんだが、でもまぁ折角久しぶり来たことだし、新しいクエスト依頼がないか見て回るか。



 ついでに昨日ゲットしたアイテムを競売に出しておこう。




 俺は昨夜の戦利品を確認するため、視界の右下にあるステータスアイコンに触れ画面を開くと、名前、職業、レベル、能力値、所持金、現在地、スキルなどの一覧が表示された。



 えーっと、アイテム一覧は、……ん?



 表示されたアイコンを上から順番に指で追っていき自分のステータスを通り過ぎたところで、俺は異変に気付いた。

 



 ……ステータスのボーナスポイントがすべてリセットされている。




 アザ―ワールドオンラインではキャラクターのレベルがアップするごとに、ステータスのボーナスポイントがもらえる。




 基本ステータスの上昇の他にボーナスポイントを各ステータスに割り振ることで、キャラクターの能力が伸びていくのだ。



 ステータスにはSTR、DEX、INT、VIT、AGI、LUCの6種類が存在し、ボーナスポイントを利用して自分好みのキャラクターを育てていくのである。



 ちなみに俺の使用しているアバターはヒューマンつまり人間族で職業は盗賊だ。


 

 盗賊は戦闘にあまり向いていない職業なのだが、罠解除や探索といった特殊なスキルをいくつも習得することができる。

 そしてそのスキルの殆どがDEXやAGIの数値に依存する。


 その為、俺は他のステータスを捨て、その二つを中心にステ振りしていたはずなんだが……。




 これ、何かのバグか? 




 ――でも、だとしたらラッキーだぞ。




 アナザー・ワールドオンラインでは一度ステータスポイントを振ったら二度とやり直すことができない。


 その為、なにも考えずに適当にポイントを振ってしまうと、後々必ず後悔することになるのだ。


 特にトッププレイヤーを目指そうと思っているなら猶更だ。


 俺もゲームを始めたばかりの頃、何も知らずにLUCにステ振りしてしまい後悔したものだ。




 さて、どうしたもんか。



 折角やり直せるんだから、ここは一度じっくり考えたほうがいいだろう。



 盗賊一筋でやってきたが、職業を変えるっていう選択肢もありだしな。




「――失礼ですが、ラック様ですか?」



 ステータス画面を眺めながら、考え事をしていると、背後からユークリッド兵のNPCが突然声を掛けてきた。


「ん?」


 俺は一旦思考を停止させステータス画面を閉じ振り返ると、二十代前半と思しき青年が安堵の表情を浮かべ、そこに立っていた。


 「あぁ、そうだけど」



 「良かった。実はユークリッド王があなたの事を探しておりまして……」

 


 「は? 王様が俺を探していた?」



 「はい、見つけ次第謁見の間までお連れしろと仰せつかっております」


 NPCから話しかけてくるなんて珍しい。



 最近新しく追加されたクエストか何かか?



「既に他の冒険者の方々も集まっていますので、ぜひご同行お願いします」



 どうやら複数人が同時に参加するタイプのクエストらしい。



 ……まぁ、今日は特に予定もなかったし、暇つぶしには丁度いいか。



「わかった。いくよ」



「ありがとうございます。では――」



 男はホッとした様子で胸をなでおろすと、さっと振り向き少し足早でユークリッド城へと歩みを進めた。





 この城に来るのも久しぶりだな。



 たしかゲームを初めてすぐにゴブリン討伐を王から直接依頼されるというクエストがあったはずだが、たぶんそれ以来だろう。



 跳ね橋を渡り城門をくぐり、城内一階奥の大広間に到着すると既にそこには十数人のプレーヤーがクエストの開始を今や遅しと待っていた。



 さすがに全員とまではいかないが顔見知りのプレーヤーも結構いた。



 それ以外の奴らも装備からしてアザ―ワールドオンラインにのめり込んでいる廃人級のプレーヤー達だ。


 俺は知り合いに軽く挨拶を済ませると、後ろの空いたスペースでクエストが始まるのを待った。



 玉座の横に立っている宰相らしき男に兵士が何やら耳打ちすると、宰相は辺りを見渡すと一歩前に出て話し始めた。




「皆さまお待たせしました。急な呼び立てにも関わらず全員集まっていただき感謝いたします」



 どうやら俺が最後の一人だったようだ。


 他のプレーヤーの視線がちょっと痛い。



 「もう大体察しているとは思いますが、今回集まってもらったのはとある重要なクエストを皆様にお願いするためでございます」



 重要なクエストねぇ、まぁ、俺たち冒険者がここに呼び出されるなんてそれくらいしか思い当たらないよな。



 「クエストは分かったけど、その重要なクエストってなんなん?

俺たちこれでも結構忙しいんだよね」



 「それは――」


 かったるそうに壁に寄りかかっていた冒険者の質問に宰相が答えようとすると、玉座に座っていたユークリッド王が宰相の口を手で遮った



 「……ここからはわたしが話そう」



 「はっ」


 宰相は頭を垂れるとすっと後ろに下がり、入れ替わるようにユークリッド王が立ち上がっり一歩前に進み出た。


 


「お前たちをこうして呼んだのは他でもない。


――この国、いやこの世界を魔王の手から救ってほしいのだ!」





……は? 魔王だって?



 ちょ、ちょっと待ってくれ。



 アザーワールドオンラインに、そんなストーリーあったか?



 ――いやいや、聞いたことないぞ。



 周囲を見渡すと他の連中も俺と同じように顔を見合わせたり、首をひねったりしている。



「魔王との戦いはここ数十年膠着状態が続いていたが、ここ最近になって魔王軍が大攻勢をかけてきたのだ。……このままでは我々が負けるのも時間の問題」


 魔王襲来? 数十年膠着状態?



 確かにこのMMOは生産系から戦闘系まで自由度の高さが人気なのだが、魔王に人類が脅かされているなんていう基本設定はなかったはずだ



「――どうか異世界の勇者たちよ! 是非とも我々に協力してほしい!」



 なのにいきなりこんな無茶苦茶なクエストを追加でぶっこんでくるなんて、運営は一体全体何を考えているんだ。



 よりによってなにが異世界の勇者たちだよ。





 ……ん? 異世界の勇者?




 ……いま異世界って言ったか? 異世界だって? 

 



 あの王様は何を言っているんだ。それとも俺の耳がおかしくなってしまっただけなのか?



 一人後ろで首を傾げていると目の前の冒険者グループの男が慌てたように王様の話に割って入っていった。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。 いま、俺たちの事を異世界の勇者と、そう言ったのか?」



 どうやら俺の聞き間違いではないらしい。



 あの王様は確かに俺たちの事を異世界の勇者と呼んだのだ。




「――いかにも。 われわれは災禍の魔王に対抗するべく禁忌の魔法を使い、お前たちをこの世界に呼び出したのだ」


 


「……何言っているんだ、このNPC様はよ。 今時こんなネタ古すぎるだろ」



「ですね。ここの運営も相当お疲れのようですね」



 この荒唐無稽な話に一瞬その場が沈黙に支配されたが、集まった歴戦のプレーヤーたちは次々と不平不満を口にし始めた。



 まぁそりゃ、こんなクエストじゃ誰もやる気にもならないよな。



 突然異世界の勇者設定って少しだって笑えやしない。




「こんな詰まらなそうなクエスト、俺はやらんぞ」



「そうですね。僕もこの後リアルで用事があるので、残念ですが抜けさせてもらいます。ではみなさん、頑張ってください」





 漆黒のローブを身にまとった青年は肩をすくめた後、周りに軽く一礼しログアウトしようとシステム画面を開いてみせた。



 さて、俺はどうしようか。



 特にこの後予定があるわけじゃないし、暇つぶしにはなりそうだけど、内容が内容だしな。



 まぁ報酬次第か。



 微妙なアイテムだったら、とっとっと退散してまた昨日のダンジョンに潜ればいいか、……ん?



「……ない、ない」



 先ほどログアウトしようとした青年の様子がどこかおかしい。


 先ほどからぶつぶつ言いながら青ざめた顔で必死に画面をいじっている。



「おい、どうしたんだ? リアルで用事があるんだろ? ログアウトするんじゃないのか?」



「ないんだよっ!」



「はぁ? なにがないんだ?」



「ログアウトの表示がどこにもないんだ!」

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