大ルアジュカ山脈編ー3
空気が固まった。
ドワ娘の答えはラフィテアの想像の遥か斜め上を行っていたのであろう。
彼女はしばらく身動きもせずじっとしたあと、ぽかんとした顔で何度も視線を右へ左へと動かしていた。
「いや、あのな、ラフィテア――」
「領主様。少し黙っていてください」
「は、はい!」
ラフィテアの剣幕に気圧され思わず口を閉じると、彼女の視線がフレデリカに固定された。
「すみません、私の聞き間違いでしょうか。いまあなた婚約者と言いましたか?」
「うむ、そうじゃ。確かにそう言った。わらわはこやつの婚約者じゃ。……なんじゃ、お前にはそう聞こえなかったのか? エルフのその立派な耳はただただ大きいだけの飾りかの?」
「な!?」
「お、おい、ドワ娘!」
「こ、このドワーフの娘、失礼にも程がありますっ! ラック様、一体どういうおつもりなのですか!」
「いや、だからな――」
「エルフ、いやラフィテアとか言ったか? 理由など聞いてどうするのじゃ?」
「どうするって、それは……」
「これを見るのじゃ」
そう言ってドワ娘は俺の左手首を掴み強引に引っ張り上げると、どうだと言わんばかりにお揃いの指輪をラフィテアに見せつけた。
「どうじゃ。これこそ愛し合うもの同士が将来を約束した証そのもの」
「お、お前な!」
ドワ娘は顔を赤くして小刻みに震えているラフィテアを見てニヤリと笑った。
こいつわざと火に油を注ぐような真似しやがって。
何となく感じてはいたが、どうやらエルフ族とドワーフ族は仲が悪いらしい。
「ラフィテア、これには色々と事情があってだな。……そうだ! おい、ノジカ、お前からも何か言ってくれよ」
ドワ娘を除いてこの中で事情を知っているのは唯一ノジカだけだ。
俺は体中に冷や汗が湧き出るのを感じながら目で助けを求めたのだが、ノジカはこっちの事など意にも介さずと言った様子で食べかけの果物の皮を一生懸命剥いていた。
「ん? そうだね、ボクが言えることがあるとするなら――」
頼む、ノジカ。
お前が、お前だけが頼りなんだ。
「ラックがすべて悪い」
「……はぁ? ノジカ、なんでそうなるんだよっ!」
「ラック様――」
「は、はい?」
冷たい視線を背中に感じ恐る恐る振り返ると、ラフィテアが氷の微笑を浮かべこちらを見つめていた。
「詳しくお話聞かせていただきましょうか」
結局ラフィテアの誤解が解けるまで、それから数十分時間を要することになった。
「とまぁ、そういう訳なんだ」
「……なるほど。だいたいの事情はわかりました」
ラフィテアが納得してくれて助かった。
何となく嫌な予感はしていたのだがドワ娘のせいでどっと疲れた。
「個人的な感情は抜きにして、ドワーフ族の方々を連れてきたのは良い判断だと思います。おかげで想定以上に早く問題が解決するかもしれません」
個人的な感情って……。
やはりドワーフとの間になにかあるんだな。
まぁ、今は深く考えないようにしておこう。
「ラフィテア。差し当たっての課題はやっぱり住居か?」
「はい、そうですね」
ラフィテアは手に持っていた資料の一部をテーブルの上に並べてみせた。
「領主様がこの村を離れてからも毎日のように移住希望者が訪れています。今は簡易寝床の設置や共同生活をお願いして急場は凌いでいますが、そろそろ限界かと」
確かに彼女の資料を見る限り、これ以上移住希望者が増えるようなら、一旦受け入れを止めなければならないだろう。
「なぁ、ノジカ。家を一軒建てるのに大体どれくらい時間がかかるんだ?」
「そうだね、建物の大きさや職人の技量にもよるけど、簡単な平屋でよければ半月もかからないと思うよ」
「結構、早く出来るんだな」
「まぁね。でもガラドグランで見たような立派な家を建てようとしたら、最低でも2ヶ月は必要かな」
「なるほど」
2ヵ月か。
それだと少しばかり時間がかかり過ぎるか。
いまは出来るだけ早く住居を確保したい所なのだが、だからと言って下手なものを建てるってことはしたくないんだよな。
何事も最初が肝心だからな。
……さてどうしたもんか。
「ノジカ、例えばなんだが最初に単純な構造の家を建てて、あとから増築やら改築することは可能か?」
「んー、そうだね。基礎さえしっかりやっておけば特に問題ないと思う。話を聞く限り今はその方がいいかもね。」
「そうか。それじゃその方向で話を進めたいと思うけどラフィテアの意見は?」
「はい、私もそれで問題ないと思います」
「んじゃ決まりだな。ノジカ、村についたばかりで悪いんだけど、すぐに取り掛かれるか?」
「うん、大丈夫、任せてよ。ここに来るまでにたっぷり時間があったからね。設計図も一通りばっちりだよ」
ノジカは束になった設計図を取り出すと自慢げに広げて見せた。
「これをすべてお一人で書いたのですか?」
「もちろん」
緻密に書き込まれた設計図の数々を見て、ラフィテアはノジカの才気にひたすら感心している様子だった。
「ところで村の地図に記してある、この温泉旅館というのは何なのでしょうか?」
「さぁボクにもよくわからないんだけど、なんでも温泉を掘り当てたから入浴施設を造ってほしいって、この領主様直々のご希望なんだよね」
「そうなのですか?」
「ん? あぁ。俺たっての希望だ。温泉はいい、いいぞ。ゆっくり湯につかれば疲れも取れるし明日を生きる活力にもなる」
俺の知る限りこの世界にはお湯につかるという文化が全くといっていいほどない。
折角温泉を掘り当てたのだから造らないという選択肢はないだろう。
「それ程良いものなのですね。私も今から楽しみです」
「楽しみにしている所悪いけど、温泉は後回しだからね」
「分かってるよ」
今はそんなものを優先して造っている場合じゃないからな。
あとのお楽しみに取っておくとするか。
「そうと決まればボクはこれからドワーフのみんなと打ち合わせしてくるよ」
「あぁ、よろしく頼む」
「そうだ。ねぇラック、一つ確認なんだけど」
「ん? なんだ? 改まって」
「資材は一通り揃ってるのかな?」
……はて? シザイとな?
「これだけは最低限必要だから、もし足りなそうなら出来るだけ早く揃えてね」
そう言って手渡された紙には必要となる建築資材が事細かく記されてあった。
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