第12話 オルメヴィーラ領開拓編ー8






「――もう少し高くてもよかったのでは?」



クロマが立ち去った後、ラフィテアは思っていた疑問を口にした。



「あれくらいでいいんだよ。安いって言ったって通常時の相場の値段だしな。それにクロマ商会には少し恩を売っておきたい」


 ……これから色々と頼み事も増えそうだしな。



「なるほど、そう言うことでしたか。……ところでそのクロマ商会ですが、これから毎日ドウウィンとサビーナを荷馬車が往復することになりましたので、さらに人と物の流れがよくなると思われます」



クロマ商会を通じてドウウィンとの交易が始まったことで益々この村にも活気が出てくることだろう。



 毎日の交易品のチェックやら荷物の受け渡し、さらに人手が必要になってくるか。



 「ラフィテア。クロマ商会の窓口として何人か適当な人材を探しておいてくれ」


 「はい、了解しました」


 「それから、交易で得た収入の8割を村人に分配しようと思うんだが、ラフィテアはどう思う?」



 彼女は一瞬だけ目を瞑り頭の中で素早く算盤を弾くと答えを導き出す。



 「はい、良い考えだと思います。頑張った分だけ収入が増えれば領民のやる気もさらにあがるとおもいます」



 俺がこの世界でお金なんか貯めこんだって何の意味もない。


 なら、領民のために必要な分以外のお金はどんどん使って経済を回していった方がいいだろう。





 俺は椅子の背もたれに寄りかかるとふぅと軽く息を吐いた。


 やっと一つ小高い山を超えたのだが、見上げればもう一つの別の山、



 そうそれは大ルアジュカ山脈のような大きな問題が俺の前にそびえ立っていた。






 さて、住居が足りない。




 作物のように種を植え、水を撒いたら地面からにょきにょきと家が生えてくればいいのだが流石にそうはいかない。



 人が増えたのだからさっさと建てればいいじゃないか、というかもしれないが残念ながら領民の中に一人も職人がいないのだ。



 素人が建てた家など怖くておちおち寝てもいられない。



 ドウウィンの街から何人か職人を連れてくることも考えたのだが、サビーナをこの国一番の都市にするという俺の大目標の為にも、ここはきっちり計画を立てて領地開発を進めていきたい。



 俺はこの難題を前に今もっとも頼れる人物に声を掛けた。



 「なぁ、ラフィテア」


 「はい、なんでしょうか?」



 ラフィテアはわき目も振らず机に向かって一心に書類を作り続けている。


 彼女は本当によく仕事をしてくれている。



 なんだか余りにも彼女頼り過ぎて少し悪い気がしたので、手の空いた時間にラフィテアを手伝おうとしたことがあったのだが……、



 「領主様はご自分の仕事をなさってください」



 とやんわり断られてしまった。



 そんな訳で俺は出来るだけ邪魔をしないように、彼女の分のお茶を入れてそっとテーブルの上にそっと置くのであった。



 なんだか俺が秘書みたいだな、おい!




 「これからのサビーナの事を考えると街の整備計画をしっかり練ったほうがいいと思うんだが、誰か著名な建築家なり設計士なんて心当たりないか?」



「そうですね、心当たりがあるといえばありますが……」


 普段なんでもはっきり口にする彼女にしては珍しく言葉を濁してみせた。



 「何か知っているなら教えてくれると助かる」



 「あまりお勧めはできませんが、一人だけ心当たりがあります」



 彼女は一旦手を休めると、俺の入れたお茶を美味しそうに口に含んだ。



 「いい香りですね」



 「クロマ商会がたまたま持っていた茶葉を買ってみたんだが、ラフィテアに気に入ってもらえてなによりだ」



 「ありがとうございます、ラック様」



 普段みんなから領主、領主と呼ばれているせいか、ラフィテアに名前で呼ばれると思わずドキッとしてしまう。



 「おほんっ。そ、それでその心当たりっていうのは誰なんだ?」



 「建築家の、確かノジカという名前だったと記憶しています」



 「そいつはそんなに有名なのか?」



 「はい、代々有名な建築一家の生まれで、王都も彼の一族が建設に関わっていたとなにかの書物で目にしたことがあります。彼自身も貴族の依頼を中心に数年前までいくつかの街で仕事をしていたと聞いています」


 「数年前まで?」


 「はい、私がエンティナ領で働いていた時、彼に仕事を頼もうとしたことがあったのですが、もう仕事はしない、引退したと断られてしまいました」



 「もう引退しているのか、なるほどな。それが理由でお勧めできないのか?」



 「それもそうなのですが理由は別にあります」


 「別に?」


 「はい。なんでも彼は無類のギャンブル好きのようで仕事先の街で度々問題を起こしていたようなのです。仕事を引退すると言ったのもどうやらギャンブルが原因のようで」



 ギャンブル依存症の鬼才建築家か。


 なんとも凄い肩書だ。


 このタイトルで一冊小説がかけるかもしれん。



 「それで、そのノジカがいまどこにいるか心当たりはあるのか?」


 「ゴホッゴホッ、し、失礼しました。まさかとは思いますがノジカに会いに行くのですか?」


 どうやらラフィテアは今の話を聞いて俺が諦めると思っていたらしく、飲んでいたお茶を思わず吹き出しそうになり咳き込んでいた。



 「あぁ、そのつもりだけど、問題あるか?」



 「そうですね。今の話を聞いて彼に仕事を頼むのはあまり賢明な判断とは思いません」


 ギャンブル好きっていう噂だけですべてを否定されるとは難儀だな。


 「確かにそうかもしれないけど、実際会ったわけでもないし噂話だけで判断するのはそれこそ早計じゃないか?」



 「それはそうなんですが……」



 ラフィテアはどうにも納得いかないようだったが、これ以上何か言って無駄だと察したのかそれ以上何か言おうとはしなかった。



 「そんなに心配しなくても俺が直接会ってから判断するから大丈夫だよ」



 「え!? 領主様が自ら出向くのですか?」



 「そりゃ、そうだろ。なんせ他に適任者がいないからな」

 


 「サビーナは、この村はどうするおつもりですか」



 俺はラフィテアの肩に手を置き、顔を近づけると真っすぐな視線で彼女の瞳を見つめた。


 「ラ、ラック様」



 なんだか恥ずかしそうに顔を赤らめた彼女の耳元に俺は唇を近づけ優しく囁いた。



 「――ラフィテア、よろしくな!」




 ラフィテアは一瞬何事か理解できずにぽかんとしていたが、自分がからかわれたのだとわかると顔をリンゴのようにさらに真っ赤にさせていた。



 「もう! ラック様の馬鹿!」


 「ごめん、ごめん。冗談だ。謝るからゆるしてくれよ」



 「もう、知りません」


 「ラフィテアがいるから俺は安心して出掛けられるんだ。だからよろしく頼むよ」



 「はぁ、もう仕方ありませんね。……ノジカはたぶんゴトーの街にいると思います」



 「ゴトー? それはどこにある街だ?」



 「エンティナ領の南に隣接するツールナスタ領にある街です。通称ギャンブルの街。ゴトーはそう呼ばれています」




 ギャンブルの街ゴトーね。





 なるほど。



 ギャンブル狂いにはもってこいの街だな。



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