ドワーフ王国のドワ娘姫ー3
ドワーフ王国はオルメヴィーラ領とはゴトーを挟んで反対の方角、つまりここからずっと南方に下った先にある。
ドワーフ族は他種族にあまり友好的な感情をもっていないらしく、他所の国との交流はほとんどされていない。
公的にはそうなのだが、実際の所全く交流がないかと言えばそうでもないらしく、ドワーフの作る優れた武具や装飾品などを求め、貿易商達が度々王国を訪れているのだとか。
とはいえ相手は排他的なドワーフ族。
百戦錬磨の貿易商でも、そう簡単に彼らと取引が出来るわけではなく百回中九十九回は無駄足を踏むことになるのだそうだ。
それでも貿易商の商魂はたくましく、なんど断られようと決してめげることなくドワーフ王国に通う。
それほどにドワーフ族の作る物は優れている。
そして運よく買い付けに成功した商人は貴重な逸品を非常に高額な値段で取引するのである。
聞くところによると、匠の手掛けた逸品は貴族や王族達の間で一種のステータスの様なものになっているらしく、きっと領民たちの血税は貴族たちのくだらない虚栄心の為に使われているのだろう。
全くやれやれだ。
まぁ、それはそれとしてだ。
それほど優れた技術を持つ腕利きのドワーフの職人。
是が非でもオルメヴィーラ領で働いてもらいたい。
その為にもドワーフ王国の姫君フレデリカ、もといドワ娘を無事送り届けなければいけないのだが……。
「なぁ、今更なんだが、なんでお前たち追われていたんだ?」
俺が後ろの席でくつろいでいたお姫様に質問を投げかけると、彼女はいそいそと立ち上がり艶を帯びた目を細め、御者席に身を乗り出してきた。
「お主、そんなにわらわの事が知りたいのか? 興味津々なのか?」
「いや、別にドワ娘の事を知りたいとは思わないんだけどさ」
「なんじゃ、つまらんの」
自称お姫様は駄々っ子のように頬を膨らませると、ぷいっとそっぽを向き奥に引っ込んでしまった。
「つまらんって、あのな。今はそんな事言っている場合じゃないだろ」
「どうしてじゃ?」
「どうしてもなにも今の状況を見ればわかるだろっ!」
俺は思わず声を荒らげ叫んでしまった。
そうしている間にも俺たちの乗っている馬車のすぐ脇を無数の火炎弾が掠め、わずかに外れた火炎魔法は正面の岩にぶつかると重々しい響きを上げながら大爆発した。
――そう、俺たちは追われているのだ。
「なんで、お前たちそんなに落ち着いているんだよっ!」
「今更慌ててもしょうがあるまい」
「うむ、姫様の仰る通りだ」
ドワーフってのは度胸が据わっているのか、はたまたただ単に鈍感なだけなのか。ドボルゴはどっしり腰を下ろしたまま腕を組んでしきりに頷いている。
「いや、少しは慌てろよ!」
「やれやれ、お主は心配性じゃな。あのような魔法、そう簡単に当たるはずなかろう?」
いったいドワ娘の小さい身体のどこからその自信が湧いて出てくるのか教えてもらいたいよ。
今の爆発を見ても平然としていられるのは、ある意味大物なのかもしれないが
自分たちの馬車が数時間前にどうなったのか忘れてしまったのだろうか。
後方を瞥見するとさっきまでこの馬車が走っていた場所に大きな黒煙が上がっていた。
直撃していたら今頃木っ端微塵だったな。
俺は背中に冷たいものを感じながら手綱をさらに強く握った。
「もう一度聞くが、どうしてあいつらに追われているんだ? いいかげん俺たちにも聞く権利があると思うぞ」
ドワ娘はこれ以上はぐらかせないと思ったのか先ほどまでとはうって変わって真剣な表情を覗かせ、そして少し考えた後ようやくその重い口を開いた。
「――二人とも、これからわらわが話すことは決して他言無用じゃ。よいな?」
「ひ、姫様。このようなどこの骨ともわからない輩にお話になるのですかっ!?」
「ここまで巻き込んだ以上、もう黙っているわけにはいくまい?」
「し、しかし!」
「そんなに心配するな。大丈夫じゃ、爺。この二人は信用できる」
フレデリカが確信したような力強い眼差しで頷いて見せると、ドボルゴはそれ以上口を出すことはなかった。
「――わらわの父、ドワーフ王ナウグリム・ヴィオヲールが幽閉されたのじゃ」
「「幽閉!?」」
俺とノジカは思わず二人揃って声を上げてしまった。
「お前の親父さん一体どんな悪事を働いたんだよ」
「き、貴様、ナウグリム陛下を愚弄するつもりかっ! ナウグリム陛下に限ってそのような事断じてないわ!」
「爺、少し落ち着くのじゃ」
「……も、申し訳ございません、姫様」
拳を振り上げ顔を赤くしいきり立ったドボルゴだったが、ドワ娘に諫められると恨めしい目つきで俺を睨みながらしぶしぶ腰を下ろした。
「お主たちも知っているかもしれんが、ドワーフ族は元来保守的で排他的な種族。
しかしわらわの父ナウグリム王は一族では珍しく寛容で革新的な考えの持ち主でな、この閉ざされた王国の門戸をどうにかして開けないかと試行錯誤しておったのじゃ」
「何かを変えるってのは難しいよな。特に考え方や価値観を変えるってのは必ず拒否反応が出るからな」
「うむ、そうじゃな。だが父の長年の努力の甲斐もあって、ようやく機運が熟そうとしていたのじゃ」
「なるほど。つまりお前の父親を幽閉したのはその考えに反対している連中って訳か」
「多分な。いや、そうとしか考えられん。今回の件、きっと奴が強硬手段に出たんじゃろう」
「なんだ。奴ってことは首謀者に心当たりがあるのか」
「――ある」
そう言葉を口にしたフレデリカの顔が一瞬かげったように見えたのだが、それが勘違だったのかと思わせるほど刹那に消えてしまった。
「首謀者は十中八九保守派のリーダー。
父ナオグリム王の側近でありドワーフ王国の大臣を務める男。トールキンじゃ」
「あのさ、ちょっといいかな?」
脇で聞いていたノジカがおずおずと手をあげ話に割って入ってきた。
「お父さんが幽閉されたのはわかったけど、なんでフレデリカまで襲われるの?」
「それは簡単な話じゃ。ドワーフ族が他種族と交流を広めようとしている時に、一族の姫であるわらわが他種族のそう例えば人族に襲われ殺されたとしたら、どうなると思う?」
「そういう事……」
どうやらノジカは今の説明で得心したようである。
そう。もしそんなことが起これば、今まで苦労して築き上げてきた機運など一瞬で吹き飛び、元の木阿弥に戻ってしまうだろう。
「まっ、もちろんこれはわらわの想像でしかない。
――あとは後ろの連中に直接聞くしかないじゃろ」
ドワ娘はどこか意地の悪い笑みを浮かべながら、突き立てた右手の親指で後ろの連中を指さした。
やれやれ。
こりゃたんまり報酬貰わないと、とてもじゃ無いが割に合わなそうだ。
俺はどっと気が重くなるのを感じながら、二、三度鞭を振るった。
そして二台の馬車は付かず離れず膠着状態のまま、目の前に広がるセンティネル渓谷に差し掛かろうとしていた。
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