ドワーフ王国のドワ娘姫ー22






さて、どうする。






何とかするとは言ってみたものの、俺一人でアレを足止めできるのか?






ドワーフの猛者を、数百の魔物をまるで赤子の手をひねるように倒してしまう奴だ。






まともにやり合って何とかなる相手ではない。








いっその事、潔く諦めて一人で逃げ出すか。








……いや、その選択肢だけは死んでもないな












はぁぁ。








この世界に来て何度目の溜息だろうか。






 数えている人がいるなら俺に教え欲しい。




一度ため息をすると一つ幸せが逃げていくと言うが、それならいったいどれだけの幸せが俺から逃げていったんだろう。








やれやれだ。






この件が片付いたら逃げ出したそいつらを捕まえに行かなくちゃならないな。








もし隣にドワ娘がいて、俺の思考が全部筒抜けだったとしたら、こんな状況でそんなどうでもいい事を考えているのかと、きっと呆れられていたに違いない。








取り敢えずやれるだけの事はやってみるかな。






あれやこれやと益体もないことばかり考えているうちに、地響きはだんだんと近づいてきた。










狂戦士。








こうしてまじまじと見るのは初めてだが、もはやトールキンの、いやドワーフの原型は一切なかった。






俺は奴の姿を確認すると、腰に差してあった短剣を一本引き抜き振り向きざま奴の首元に狙いを定め投擲した。








――結果は、まぁ、推して知るべしといったところだ。






俺の放った短剣はトールキンの皮膚に触れた瞬間、聴覚を引き裂く様な金属音を立て、激しい火花を散らした。


 




奴の身体に短剣が突き刺さることなく、それは無残に弾かれ地面に力なく転げ落ちた。






もちろん、一ミリの傷さえ与えることは出来ていない。










そりゃそうだよな。






ガイアが渾身の力で放った一撃でさえ、まるで効かなかった相手だ。




俺の攻撃がまともに通用するはずない。










事前に罠でも準備出来ていれば、また話は違っていたんだろうがこうして追われながらだと流石にやれることも限られてくる。








時間稼ぎする為の準備の時間が欲しい。






なにか自分がおかしい事を言っているような気もする。






ノジカに聞かれていたら、きっと笑われていたに違いない。








ドワ娘の準備にかかる時間は約10分。






未だに一秒も足止め出来てはいない。






 困ったものだ。






しかし自分が言い出したこと。領主たるもの自分の言葉には責任を持たなければならない。






やるしかないか。






少し広めの通路に差し掛かった辺りを確認した後、俺は動かしていた足をぴたりとめ、その場で立ち止まった。
















一歩また一歩。




トールキンが足を前に踏み出すたびにファムスル山が悲鳴を上げ、振動が地面を通して俺の身体に伝わってくる。








「ふうぅぅぅ」






目を瞑り一度だけ大きく深呼吸し、集中力を極限まで高めていく。






奴のあの攻撃。




俺の防御力じゃ掠っただけでも致命傷になりかねない程の威力がある。






言うまでもなく、まともに攻撃を受ければ即死はまず免れないだろう。






そんな危険な相手と無謀にもこれから対峙しようとしている。






俺の心臓が警鐘を鳴らす様に痛いくらいに高鳴っている。








「さて、一丁やってみるとしますか」






俺は誰に言うでもなく、ただ自分自身に言い聞かせるようにボソッと呟いた。














なるほど、こうして間近で見ると途轍もなくデカい。






身の丈は俺の倍いや3倍以上はある。






なにも知らない通りすがりの人にこれがドワーフの成れの果てだと言ったら、一体誰が信じるだろうか。






実際これを目にしたら、数百、数千もの魔物を相手にしたっていうのも頷ける話だ。








耳をつんざく様な咆哮を上げ猛進してきたトールキンは、俺の姿を見るなり両手の拳を高く突き上げ、躊躇なく脳天目がけて振り下ろした。








次の瞬間、轟然たる音がうなり過ぎ、コンマ数秒前まで俺が立っていた場所はクレーターの様に抉られ、衝撃で飛び散った石は弾丸と化し広範囲に降り注いだ。








言葉がまともに通じる相手だとは最初から思っていなかったが、何の迷いなく俺を殺そうとしたところを見ると、どうやら本当にただの化け物になってしまったらしい。






紙一重のタイミングでトールキンの攻撃を躱すと、巻き上がった砂塵に紛れ、気配を消し奴の背後に回り込んだ。












潜伏や回避スキルは直接戦闘が苦手な盗賊にとっての専売特許だ。






たとえ、こちらの攻撃が一切通用しなくても、逃げ回ってさえいれば時間だけは稼げる。






回避にだけ専念すれば、ある程度時間を稼ぐのはそう難しい事じゃない。






ただそれはトールキンが俺をずっと標的にしている場合の話だ。






もし奴が俺を無視してノジカ達の後を追ってしまったら、用意も何もしていない俺に奴を止めるすべはない。






それゆえ、何としてでも注意をこちらに向けさせなければならない。














アザーワールド・オンラインでは、どんな敵にも必ず弱点が存在する。






それはたとえボスであっても例外ではない。






こういう物理攻撃が効きにくい相手の場合、魔法耐性が低かったり、毒や麻痺に弱かったり、弱点になる部分が設定されていたりすることが多い。






この世界とどういう繋がりがあるか未だに判然としないが危険を冒してでも、試してみる価値はある。








「おい、どこ見てる、トールキン! 俺はこっちだ!」


 




粉塵で俺の姿を見失っていたトールキンに背後から短剣を投げつけると、人差し指をクイクイっと内側に2,3度曲げわざとらしく挑発してみせる。






薬のせいで自我を失ってしまったとは言え感情そのものは残っているようで、トールキンは怒り狂ったように大声を上げ、両手を通路の幅ギリギリまで広げてみせた。






何をするのかと思ったら、どうやら俺を両の掌でつぶし殺す気らしい。






俺は蚊虫かよっ!






流石にこれだと奴の後ろには回り込めないが、まぁ丁度いい。






俺は出来るだけ体勢を低くし身構えると、奴が動くのと同時に全力で前に飛び出した。






人間がリミッターを解除し全力で両手を叩き合わせる事が出来たのなら、時速200キロ以上の速度が出るらしい。






俺は超高速で迫りくる両の手を頭が掠るギリギリの所で避けると、がら空きになった懐に飛び込んだ。








勢いそのままにトールキンの身体を足場に軽快なステップで肩の上まで駆け上っていくと、馬鹿みたいに開きっぱなしの大きな口に自慢の片手剣を思いっ切り突き刺してやった。












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