ドワーフ王国のドワ娘姫ー5
馬車を左手に進めると、そこは両サイドを白い深成岩の壁に囲まれた道がひたすらに続いていた。
ここであの魔法を使われたら完全に逃げ場がない。
「ノジカ、後ろはどうなってる?」
「ちょっと待って」
ノジカは目を瞑ると、姿見えぬ追っ手の音を聞き逃さまいと猫耳をピンと立てた。
「――すぐ後を追ってきてる。このままだとあと数分で追いつかれるよっ!」
「わかった」
ドボルゴが上手く立ち回ってくれたのだろう。
おかげで詠唱の時間は稼げた。
「ドワ娘、頼むぞっ!」
フレデリカは黙って頷くと懐から取り出した短めのタクトを構え魔法詠唱を開始した。
「――ラック!」
後方を見張っていたノジカの声に緊張が走る。
徐々に迫りくる馬車の蹄の音が岩壁に反射して俺の耳にも届いていた。
黒ずくめの男が身を乗り出し、既に魔法を詠唱し始めている。
くそっ! 間に合わないか。
相手の爆炎魔法が今まさに放たれようとしていたその刹那、
「――すまぬ、待たせたな」
ドワ娘の魔法が発動した。
「地盤崩落―クラプスグラウンド―」
これは局所的に地盤の崩落を起こす魔法だ。
まぁ簡単に言えば即席の落とし穴だ。
落とし穴と言えば子供の悪戯程度に聞こえるが、実際目の前に広がった光景はなかなかに悲惨なものだった。
突然大地が轟然たる音を立てたかと思うと、賊の目の前の地面が一瞬にして崩れ落ちたのだ。
いきなり足場を失った馬は勢いそのままに岩壁に頭から激突し、車体もまた岩に激突し完全にひしゃげ大破した。
不意に馬車から投げ出された追手たちは、地べたにしこたま身体を打ち付けたようで誰一人ピクリともせず完全に気を失っていた。
「こいつら捕まえて尋問するか?」
「そうじゃな……」
ドワ娘は少し考えてから首を横に振った。
「いや、どうせこやつらはなにも知らんじゃろ」
「まっ、多分そうだろうな」
こういう下っ端の連中は基本的に依頼を受けてこなすだけの存在だ。
興味本位だけで余計な首を突っ込むような馬鹿な真似は決してしないだろう。
下手に事情を知ってしまえば、あとで始末されないとも限らないしな。
「この人たち、このまま放っておくの?」
「いや、念の為ロープで縛り上げておこう。この状態じゃ流石にもう追ってこれないと思うけどな」
俺は縄を肩にかけ崩落した穴に飛び降りると気絶している3人から装備品を回収し、壊れた車体に身体をきつく縛り付けてやった。
「――よし、これで大丈夫だろう」
しっかり縄が縛られているのを確認すると、5メートル程の高さのある壁を突き出た岩を足場に颯爽と駆け上がる。
「間一髪だったね」
ノジカは落とし穴の縁に腰を下ろすと、そーっと下を覗き込んでいる。
「そうだな。ドワ娘の魔法が失敗してたら地面に転がっていたのは俺たちの方だったかもな」
「わらわに限ってそんなヘマせんのじゃ」
「ボクたちが黒焦げにならずに済んだのはフレデリカのおかげだね。ありがとう」
ノジカは思い立ったようにドワ娘の元に駆け寄ると、突然彼女の頭をわしゃわしゃ撫で回し、そのままぎゅっと彼女を抱きしめた。
「こ、こら! 何をするんじゃ。 この猫娘! は、離さんか!」
「もしかして照れてる?」
「て、照れてなどおるか!」
「ならいいでしょ?」
「良くないわ! い、いい加減離れるんじゃ!」
「嫌だよー!」
どうやらノジカの中の変なスイッチが入ったらしい。
ノジカは大事にしているぬいぐるみを可愛がるようにドワ娘を自分の胸元で強く抱きしめると、自分の頬を擦りつけていた。
ドワ娘は最初こそ必死に逃げ出そうと踠いていたが、途中から諦めたのかノジカのなすが儘になっていた。
やれやれ。さっきまでの緊張感はどこへいったんだかな。
「――おい、そろそろ出発するぞ」
「はーい」
ノジカは満足気な声で返事をすると、最後に一度思いっ切り抱きしめフレデリカを解放した。
「な、なんなんじゃ、あやつは!」
ドワ娘はノジカから一目散に逃げだすと俺の元に走り寄ってきた。
「なんなんじゃ、って言われてもな」
ノジカとはそれ程付き合いが長いわけでもないので、そう言われるとなんて答えていいのか困ってしまう。
返答に悩んでいるとドワ娘は力のない目を向けため息をついた。
「――ため息なんかついてどうしたの?」
背後から突然ノジカに声を掛けられたドワ娘は慌てて俺の後ろに隠れると、猫に狙われた野ネズミの様に射すくめられていた。
「い、いきなり近づくでないっ!」
「そんなに警戒しなくてもいいのに」
「う、うるさい! ノジカ、おぬしは今後わらわに無暗に近づいたり、抱きつくのは禁止じゃ!」
「えー、どうして!?」
「どうしてもじゃ!」
ドワ娘はノジカがすこしでも近づこうとすると、威嚇するように唸っている。
……こんな事している場合じゃないと思うんだけどな。
俺を挟んでしばらく押し問答が繰り広げられていると、遠くから耳馴染みのある声が聞こえてきた。
「――姫様ぁぁぁぁ!」
「爺!」
ドボルゴの姿を見つけたドワ娘はノジカといがみ合っていたのも忘れ、彼の元に急いで駆け寄っていった。
「姫様、よくご無事で」
「爺も怪我がないようで良かった」
「このドボルゴ、あの程度の輩に遅れをとったりは致しませんぞ」
「そうじゃな」
きっとドワ娘にとってドボルゴは実の親の様な存在なのだろう。彼女はドボルゴの元気な姿を確認すると穏やかな表情を浮かべ安堵の胸をなでおろしていた。
「――領主殿。姫様を守ってもらい感謝する」
ドボルゴは俺の姿を見つけると、一度頭を下げ、やけに丁寧な態度で感謝の言葉を口にした。
「きゅ、急にどうしたんだよ」
「ふん、これでも礼儀はわきまえてるつもりだ」
ドボルゴは照れ臭かったのかそれだけ言うと誤魔化すように顔を背け馬車に向かって歩き出した。
なるほどドワ娘が慕うのも頷ける。
誰であろうとも、尊敬した相手には礼を尽くす。
なかなか出来ることじゃない。
俺もドボルゴに敬意を払い、深く礼をした。
馬車に乗り込んだ俺たちは、馬を休ませる為、近くにあった小さな池のほとりで小一時間程休憩をした後、
ドワーフ王国に向けて出発した。
それからは今までのドタバタ劇がまるで嘘のように実に平穏な時間が続いた。
平坦な道のりが続き、暖かな日差しのおかげで眠気に襲われる。
欠伸を噛み殺しているとドワ娘が突然御者席に身を乗り出し岩壁の上を指さした。
俺は降り注ぐ太陽の光を手で遮りその先を見上げると、神秘的な光景が目に飛び込んできた。
「どうじゃ、綺麗であろう?」
「……これは凄いな」
視線の先には霧散した滝の飛沫に光が反射し、数えきれないほどの虹が空に浮かび上がっていた。
「センティネル渓谷の虹は龍神の化身が起こす奇跡と言われておる」
なるほど。
七色に輝く虹の一つ一つが鱗の様に連なり、まるで龍神が空を舞っているみたいだ。
「しかし、これ程の数の虹を同時に見るのはわらわも初めてじゃ」
現れては消えゆく無数の虹に目を奪われながら俺たちはセンティネル渓谷を後にした。
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