第21話 鬼才建築家ノジカ編ー8







俺の手元には今8、000枚もの金貨がある。



どういうことかと言えば、つまりはそういうことだ。



俺は4人と勝負をして一度たりとも苦戦することなく勝ち残ったのだ。



きっと幸運値極振りのおかげなのだろうが、これならギャンブル一本だけで一生食べていけそうだ。




あまりの圧倒的勝ちっぷりに相手プレーヤーから疑惑の目を向けられたが、正真正銘やましい事は何もしていないのだから、俺としては困ってしまう。





ちなみにノジカはというと、案の定というべきか、あっさり初戦で負けてしまっていた。


 

 


「――いやはや、これ程の勝ちっぷり。このキップル、感服いたしました。


まさにあなたはギャンブルの神に愛された方に違いありません」



キップルは感情のない声で褒めたたえると舞台の上に一人残った俺の肩を軽く数度叩いて見せた。


観客席からはパラパラと拍手はあったものの、ほとんどの観客が賭けに負けたせいか、あちらこちらからヤジが飛び交いブーイングが起こっている。



「ですが喜ぶのはまだ早計。


これからが今大会のメインディッシュでございます!」




キップルの大げさな合図とともに舞台袖にスポットライトが当てられるとバンドの演奏と共にいかにも成金趣味といった格好の男が現れた。



「ご紹介いたしましょう! 前回大会優勝者、そしてツールナスタ領の領主ルコールド様のご子息バーデン・アンルイーズ様です!」



バーデンの登場に会場からは割れんばかりの拍手が巻き……起こらなかった。



「み、みなさま、バーデン様のご登場です。どうか拍手を……」



今まで人形のように感情を見せなかったキップルが慌てたように再び呼びかけるも観客はほぼ無反応。


時折パラパラと拍手が聞こえるだけで、先ほどまでの盛り上がりはどこへやら。



どうやら、このバーデン。あまりというか領民には慕われていないらしい。




「バ、バーデン様、どうぞこちらへ」



キップルはバーデンの不機嫌な表情を察したのか、バーデンのご機嫌を取ろうと必死になっている。



「ふん、愚民どもめ。……まぁいい。それより決勝の相手がどこの馬の骨ともわからん奴とはな」


「どこぞの馬の骨で悪かったな」



「まぁ、誰が相手だろうとこのバーデンが勝つのだからいいがな。ただあまりに歯ごたえがないと見ている連中が退屈してしまう」



どうしてこういう悪役面のやつは、始まる前から勝った気でいるのだろうか。俺にもその自信を少し分けてもらいたいものだ。



「えー、それでは決勝戦を始める前に優勝者への賞品を発表したいと思います!」



キップルがパチッと指を鳴らすと舞台中央の高台にスポットライトが集まり、ドラムロールの音と共に白い煙が立ち上った。



 「今大会の優勝者にはなんと、あちらの金貨1万枚を進呈します。

 

 さらに副賞として次回大会での特別シード権を、そして――」



「ちょ、ちょっといいか」


「はい、なんでしょうか?」


 「実は一つ頼み事があるんだ」


 「頼み事、でございますか?」


「あぁ、そうだ。実はバーデン、あんたとある物を賭けて勝負したいが為に俺はここまで来たんだ」


「あ?」


「この大会の勝負とは別に、俺の賭けにも一つ乗っからないか?」


「お前は何を言っているんだ。なぜこのバーデン様が素性の知れん奴の賭けにわざわざ乗らなければならん。だいたい俺様になんの得がある?」



「もちろん俺はそれなりの物を賭ける。それが得かどうかはあんたが判断してくれ」


バーデンは数秒思案した後、口を開いた。


「いいだろう、言ってみろ」


「俺が勝ったらノジカとの約束をすべてなかった事にしてほしい」


「ノジカ? 誰だったか。あぁ、思い出した。あの獣人建築家の娘か。なんだ、お前。あいつのこれか?」


バーデンは小指を立てて下品な笑みを浮かべている。



「そんなんじゃないさ」



「まぁ、そんなことはどうでもいい。それでお前はその小娘の為に一体何を賭けるんだ?」



「俺が賭けるのはオルメヴィーラ領だ」



「オルメヴィーラ領?」


バーデンは俺が何を言っているのか理解できなかったのか、二人の間に無音の時間が通り過ぎた。


「お前はなにを馬鹿なことを言っているんだ。お前に何の権限がある。それに大体、あんな辺境の土地なんか誰が欲しがる。いくら積まれてもこっちがお断りだ」



「本当に断っていいのか?」



「あ? どういうことだ」



「今のオルメヴィーラはお前が知っているオルメヴィーラとは違うってことだよ」



「なにがどう違うっていうんだ」



「今じゃ沢山の農作物が収穫されているし、それに温泉も湧き出ている」


「オンセン?」


「なんだ? 天下のバーデン様ともあろう人が温泉を知らないのか? その土地に温泉があれば、どこからともなく人々が集まって街は豊かになるんだ」


「オ、オンセンくら知っている。この俺様を馬鹿にするんじゃない」



「これからオルメヴィーラは益々発展する。こんな優良物件他には絶対ないぞ」



「――その話嘘じゃないだろうな?」



「当たり前だ。賭け事で、そしてこんな大衆の目の前で嘘なんかつかないさ」



「さぁどうだかな。それに百歩、いや千歩譲ってその話が本当だとして、お前にそんな権限があるのか?」


「あるさ。なんせ俺はオルメヴィーラ領の領主だからな」


「――お前みたいな小僧が領主だと? 笑わせてくれる! あそこの領主は魔物との小競り合いで死んで今は誰もいないはずだ」



「それこそ調べればすぐわかる。どうだ。この賭けに乗るのか? どうする?」



バーデンは眉間に皺をよせ頻りに唇を弄りながら、なにやら頭の中で損得勘定をしているようだ。



「――いいだろう。その話に乗ってやる。お前が勝ったらあの小娘は好きにするがいいさ。その代わり俺様が勝ったらオルメヴィーラ領はいただくぞ」



いやらしい笑みを浮かべたバーデンの脳内はどうやら既にオルメヴィーラ領の事でいっぱいのようだ。




「……いや。いやいや、やっぱりちょっと待ってくれ。よくよく考えたらこの条件じゃ俺の方が圧倒的に損するじゃないか」


完全に乗り気になっているバーデンを見て、俺はわざとらしく慌てたような演技をしてみせた。


「はぁ?」



「俺に比べてバーデン、お前の賭けているのは猫人族たった一人。何かプラスアルファしてもらわないと、これじゃいくらなんでも釣り合わないだろ。なんせこっちはオルメヴィーラ領を賭けているんだからな」



「そんな事、俺様の知ったことか! 大体、てめぇが自分で言い出したことだろうが! なぜ俺様がお前に合わせる必要がある」



「……もしかして前回大会優勝のバーデン・アンルイーズ様が怖気づいているのか?」



俺の安い挑発に目の前に座っていたバーデンは怒気を含んだ獣の様な目で俺を睨みつけた。



「な、なんだとてめぇ! このバーデン様が怖気づいてるだと?」



「そりゃ、そうだろ。俺はオルメヴィーラ領地を賭けたんだ。だったらお前もそれに見合ったものを賭けないと条件が釣り合わないだろう? そうじゃなきゃお前はただの臆病者だろ」



バーデンは眉間に深い皺をよせ、興奮した猪の様に鼻を鳴らした。


「ふんっ、いいだろう。お前のその挑発に乗ってやる! どうせ勝つのは俺様なんだからな」



「それでバーデン、あんたは一体何を賭けるんだ?」



「そうだな。……お前が領地を賭けると言うなら俺様が賭けるのはこの街、そうギャンブルの街ゴトーのすべてだ」



「……わかった、それでいいだろう」



お互いが条件を呑んで賭けが成立すると、固唾をのんで行方を見守っていた観客たちは、それまでの静寂をかき消すように一気に興奮を爆発せた。




大きな盛り上がりの中、俺は両手を口の前で組むと、相手に気づかれないようにニヤリと笑みを浮かべた。





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