エンティナ領編ー10
本当にここがあのドウウィンの街なのだろうか。
魔導帆船を降り立ち目にした光景に俺はただただ愕然とした。
大通りを笑顔で闊歩し行き交う人々、露店商の活気ある掛け声、酒場から漏れ聞こえてくる男たちの笑い声、そこにそんなものは欠片もなかった。
そこにあったのは領民に放棄され、廃墟同然となったがらんどうの建物だけだった。
これでもまだ多少人も住んでいるというが、街の中を歩いてみても一向に人の気配はなく、聞こえるのは野ねずみの足音と空を飛ぶ猛禽類の鳴き声だけだった。
……街が死ぬって言うのはこういう事なんだな。
今思えば初めて訪れたサビーナ村もこんな感じだった。
虚しく響く自分の足音、空に向かって吐き出した白い息はあっという間に霧散した。
「ラフィテアは今回のオバロの一件、どこまで知っていたんだ?」
「いえ、わたしは――」
「領主様。彼女は事の実を殆ど知らないでしょう。ラフィテアはずっとセレナ様の傍仕えとして学院に通っていましたし、当時オバロ様とも数える程度しか会っていないはずです」
「そうなのか?」
「はい」
「彼女がオバロ様に仕えたのもエンティナ領を去るまでのたった数ヶ月のこと。それ以前の事は……」
つまり、おかしくなっちまったオバロの事しかラフィテアは知らないんだな。
――それにしてもこの惨状、思っていた以上に酷い。
「ところでシエル。いまマグレディーの状況はどうなってる」
「何とか思いとどまるよう説得してはいるのですが、それも時間の問題でしょう。下手をしたら今日明日中にも一斉に反旗を翻すかもしれません」
「今日明日中か、それはまずいな。
くっそ。
どうにかしたいが、何も起こっていないのにこちらから仕掛けるわけにもいかないし」
「反乱を止める事は出来ないかもしれませんが被害が最小限になるよう女性や子供達だけでもマグレディーを捨てて逃げるか、出来るだけ外に出ない様に声を掛けています。……しかし、それもどこまで効果があるか」
「今はそれくらいしか出来ることはないか」
「残念ながら」
「なぁ、シエル。エンティナ領主は街の異変に気づいていないのか?」
「いえ、多分分かっているでしょう。分かっていて、その上で静観しているのです」
「一体どういうつもりなんだ。……まさか反乱に加わったもの全員炙り出して皆殺しにするつもりじゃないだろうな」
俺の疑問にシエロは肯定も否定もせず、俯きただ押し黙っていた。
「シエル様。一つよろしいですか?」
「何でしょう」
「王国が魔族との戦いに兵を出している今、エンティナ領にそれ程多くの戦力があるとは思えないのですが……」
「そうですね。エンティナ領からも多くの兵士が前線に駆り出されていますから、平時の半分にも満たないでしょう」
「それってどれくらいなんだ?」
「そうですね、ざっと三千といった所でしょう」
「それでも三千か。思った以上に多いな。……それでこちらの戦力は?」
「三百を少々欠けるくらいでございます」
俺たちは約十倍の数を相手にしなきゃならないのか。
戦いの基本はまず数だからな。
まともにぶつかったら、この差を埋めるのはなかなか厳しい。
しかし、今回は戦争が目的じゃない。
エンティナの領民を守るために来たんだ。
だが、数万もいる領民をどうやって守る?
ふぅ、参ったな。
「ラフィテア、頼んでいた例の物と避難してきた人たちの食糧や治療に必要な物資は予定通り揃ったのか?」
「はい。予定数量は問題なく」
「そうか」
「今はすべてサビーナ村にありますが、ドウウィンまで運ばなくてよろしかったのですか?」
「ここもどうなるか分からないからな。出来ればドウウィンを避難場所にしたいんだけど……。まっ、何にしてもすぐ対応できるようにクロマ商会にも協力してもらってくれ」
「わかりました」
逃げろって周りは簡単に言うかもしれないが、家を、生まれた土地を捨て、その先何の保証もなく、どうやって生きていけと言うんだ。
俺も引き受けた以上出来る限りの事はするつもりだが、エンティナ領民すべての食糧をオルメヴィーラで賄う事は不可能だ。
どうにかして短期間で決着をつけるしかない。
どうする。
……方法はある。
とても簡単で、確実な方法だ。
ただ、酷く気乗りしない、嫌な結末だ。
――そう、オバロを殺せばいい。
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