オルメヴィーラ領開拓編

第5話 オルメヴィーラ領開拓編ー1




王都から北東に位置するオルメヴィーラ領地。



 俺はひとり1週間程馬車に揺られこの場所に到着した。



今、俺が立っているこの場所からさらに北に進むと大陸を南北に隔てる大ルアジュカ山脈が連なり、山頂は年間通して雪が降り積もっている。



切り立った崖は人々の往来を拒絶し、北方と交易する為には大きく山脈を迂回するか、航路を使うほかはない。



そんな山脈の麓にある領地、オルメヴィーラ。


話だけ聞くと、どこか海外の高原にある避暑地の情景をイメージしそうだがとんでもない。



夏は南から吹く暖かい風が山脈にぶつかり、行き場をなくした高温の空気が、昼夜問わず居座り続ける。


冬は冬で雪こそあまり降らないものの、山脈から吹き下ろす極寒の風が、川すら凍り付かしてしまう程寒くなるらしい。



そして辺り一帯を見渡せば、緑らしい緑は殆どなく、枯れ木と枯草、あとは大小さまざまな石が転がっているだけである。



つまり、こんな辺境にある荒涼とした領地を統治したいと思う奇特な貴族はまずいないのである。



この領地を治めていた歴代の貴族どもはというと、滅多にこの土地に顔を出すことはなく、殆どを王都で過ごしていたという。




そんな素晴らしい場所に俺はなぜかこうして立っている。




「……ここが今日から俺の職場になるわけか」



俺は荷馬車がゆっくり立ち止まると嫌々ながら扉を開け、この領地に唯一あるというサビーナ村に降り立った。。



ぱっと見る限りではあちらこちらに建物も立ち並び、そこそこ大きな村のようなのだが、なぜか全く人の気配が感じられない。



村を一通り歩いてみたが、やはり人の姿は見受けられない。建物は屋根の一部が剥がれ落ち、外壁は何かが風で飛んできてぶつかったのか、所々に穴が開いている。農地はやせ細り、植えられている作物の葉は萎れ、今にも枯れかけていた。



 

「――こんな鄙びた村になにか御用ですかな」



「うおっ!」



突然、背後から声を掛けられ思わず声を上げてしまった。


恐る恐る振り返るとそこには杖をついた初老の男性が佇んでいた。



「驚かせたようで、すみませんな。


わたしはこの村の村長をしておるマグララと申す者」



 俺は悟られないようにわずかに乱れた呼吸を整えると、ここに来た経緯を村長に掻い摘んで説明した。



「なんと、あなたがオルメヴィーラ領の新しい領主様でございますか」



「まぁ、期間限定付きだけどな」



「折角こんな遠くまでご足労頂いたのに申し訳ないのですが、もうこの領地も終わりかもしれません」



「どういうことだよ」



「この有様を見ていただければお分かりいただけるでしょう?



 大地は干からび、作物は枯れ、もう雑草さえ生えてきません」



 確かに酷い。




 よくこんなところに人が住んでいるものだと感心してしまうくらいだ。



 「このオルメヴィーラ領にはここ数ヶ月まともに雨が降っていないのです。村に2箇所ある井戸はどちらももう枯れ果てました」


 マグララは遠くを指さし首を数度横に振った後、力なく肩を落とした。



 「王都に幾度となく支援をお願いしましたが、待てど暮らせどなんの返答もなく次第に若いものはこの領地を見捨てよその土地に移っていきました。今この村にいるのはもう死にゆく年寄りばかりなのです」



 村を見渡す村長の力のない笑みには、寂しさと諦めの気持ちばかりがにじみ出ていた。



 思った以上にひどい有様だ。



 これでは領民がいなくなるのも無理のない事かもしれない。



 「なぁ、村長。オルメヴィーラには領主がいたんだろう?」



 「はい。ですが一年以上も前に魔族との戦いで戦死されまして、それから今に至るまで領主様は不在です」


 「そ、そんなに長い間いなかったのか」



 やれやれ、あの王様も困ったものだ。




 ――さて、どうしたもんかな。




 「なぁ、村長。とりあえずこれからどうするか落ち着いて考えたいから、前の領主が使っていた屋敷に案内してもらいたいんだが」



 「屋敷ですか? ……それでしたらここから王都の方に馬車で二日程向かった場所にありますが」



 「はぁ? そんなに遠いのか?」



 「はい。なんでもできるだけ王都に近い場所がいいとかで」



 ったくしょうがないな。



 この村を早急に立て直さなきゃならなそうなのに、いちいちそんな場所まで戻っていられるか!



 「村長、この村に寝泊まりする場所はないか?」



 「それでしたら空き家が沢山ございますので、どうぞご自由にお使いください」



 「そうか、それは助かるよ。ありがとう」







 ……先ほどの感謝の言葉、利子をつけて返してほしい。



 俺は目の前の空き家を見て思わず後退ってしまった。



「これが家なのか……」



 村長に案内されたのは家というより掘っ建て小屋だった。


 いや、掘っ立て小屋というより廃屋だった。



 板壁は所々腐りかけ、いつ崩れ落ちても不思議ではないほどだ。


 俺は意を決し中に足を踏み入れた。




 長い間主が不在だったのだろう、家は酷くかび臭い。


 壁の隙間からは外の光が漏れていて、一歩歩くごとに床がギシギシ音を立て、埃が光に当たって空気中をキラキラ舞っている。



――俺、ここに寝るのか?



 どこか別の家に……。



 いや、きっとどこも同じようなものだろう。



 俺は一度目の深いため息を吐くと軽く床の埃を払いゆっくりと身体を横たえた。



 ふぁぁぁ。



 長旅で思った以上に疲れているな。



 さて、色々村長に話を聞いてみたが、問題が山積みだ。


 まず第一に、水と食料が圧倒的に足りない事だ。


 これが一番にして最大の問題だ。


 それを何とかしない限り領民がこの村に戻ってくることは絶対にない。



 けれど、そう簡単に解決できるとは思えない。




 ふぅ、まいったな。




 魔王討伐よりこっちのほうが余程大変じゃないか。


 やれやれ。

 

 とにかく、成り行きとは言えこの俺が統治することになったんだ。



 こうなったらこの村を王都よりも人が集まる大都市にしてやる。




 俺はそれから長旅の疲れも忘れ、目を瞑り長いこと思案にあけくれた。


 静まり返った部屋の中は、時間の感覚がどこかに失われていくようだった。




 横になってからどれくらい時間がたったのだろう。


 思考することに頭が疲れたのか、それとも体が疲労の限界だったのか俺はいつの間にか深い眠りに落ちていた。





 

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