第6話 オルメヴィーラ領開拓編ー2




 翌朝、俺は屋根を激しく叩きつける音で目が覚めた。



 掘っ立て小屋の薄べったい板壁では防音効果は皆無といっていいらしい。


 外の音が丸聞こえである。


 そりゃそうか、だって壁の隙間から外の景色が覗けるもんな。




 やれやれこんなにうるさいんじゃ、ゆっくり寝てもいられない。



 とは言え、起きるには外は薄暗いし、正直まだ眠たい。




 別に慌てて起きる必要もないし、日が昇るまでもう少し寝てよう。




そう思い枕にしていた荷物に顔をうずめ目を閉じ再び眠りにつこうとしたのだが、すぐさま扉を叩く音に睡眠を妨げられることとなった。



「領主様、領主様!」



 この声は、村長のマグララか。


 一体、なんなんだ。朝早くから騒がしい。



 俺はため息交じりに呟くと、二度寝を諦め眠気に抗って起き上がった。



「そんな慌てて、どうしたんだ?」



 扉を開けるとずぶ濡れの村長が子供のように頬をほころばせそこに立っていた。



「りょ、領主様! あ、雨が、雨が降っているんじゃ!」



 あめ? あぁ、雨か。



 確かに結構振っているな。



 見上げると低く垂れこめた厚ぼったい雲が空向こうまで広がっている。



 さっきから雨の日独特のかび臭さがあったとは思っていたが、そういうことだったのか。



 「あぁ、そうだな。 こりゃ本降りみたいだな」


 分厚い雲が山脈の方から次々と流れ込んできているようで、暫く止む気配はない。


 今日は午前中から村の中を散策しようと思っていたが、これは大人しくしていた方が良さそうだ。



 「当分止みそうにないな、こりゃ」



 朝から二度も起こされ憂鬱になっている俺とは打って変わって、村長はなぜか一人テンションが高い。



 「ずっと日照り続きだったのに、領主様が来てすぐこんなに雨が降るなんて、きっと領主様は神様の使わされた救世主様に違いない!」



 はぁ?



 救世主? 何を大げさな。


 ただ雨が降っているだけじゃないか。



 「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺はなにもしてないぞ」



 「いんや。わたしにはわかります。領主様はこの村の救世主様じゃ、救世主様じゃぁ!」



 村長は両手を天高く上げると、これでもかというくらい喜びいっぱいで村中を駆け回っていってしまった。



 おいおい、あの爺さん元気だな。



 ……それにしても俺が救世主?




 俺はまだすこし痛む頭を掻きながら、もう一度空を見上げた。



 やれやれ、参ったな。



 とは言え笑顔で走り回っている村長を見ていると悪い気はしなかった。



 あれほど喜ぶって事は、余程雨が降っていなかったんだろうな。









 あれだけ降っていた雨も夕方前にはすっかり上がり空には地平線を跨ぐように立派な虹がかかっていた。



 んじゃ、天気も回復したことだし、暗くなる前に枯れ井戸を調べてみるか。



 生きていくうえで飲み水の確保が一番重要だからな。




 雨が降ったとはいえ、この程度で井戸に水が張るとは思えない。さて、どうするかな。




 「なぁ、村長。ちょっと井戸の場所まで案内してほしいんだけど頼めるか」


 「もちろんです! 喜んでご案内いたします、救世主様!」


 「ちょっ、その救世主様っていうのは止めてくれよ!」


 「はぁ。ではなんとお呼びすればよろしいですかな?」


 「いや、普通に名前でいいから」


 「そんな、名前で呼ぶなどとんでもない! せめて領主様と呼ばせてください」


 「救世主様じゃなきゃなんでもいいよ。んで、肝心の井戸はどこにあるんだ?」



「はい、こちらでございます」


 そう言って軽やかな足取りで最初に案内してもらったのは、村の中央付近にある最近まで使用していたという煉瓦で組まれた立派な井戸だった。



 「村には二つ井戸がありまして、一つは数年前に、そしてここも数ヶ月前に干からびてしまいました」


 「なるほど」


 俺は長々続く村長の話半分に聞くと、井戸の中に頭を突っ込み覗き込んだ。



 午前中に雨が降ったおかげで、井戸の中は多少の湿り気を帯びていたが、あいにく底に水は溜まっていない。



「この井戸、もう少し掘り下げたら水は出てこないのか?」



「試してみる価値はあると思いますが、なにぶんこの村にはもう年寄りしかおりません。せめて若い者がおればよかったのですが……」


 村長はそう言うと申し訳なさそうな顔で肩を落としうな垂れた。



「最初から自分でやるつもりだったから、そんな顔するな」



 そう言うと俺は先ほど村長から借りたスコップを背負うと、松明を片手にロープをつたいゆっくり井戸の底に降りていった。




 思っていたよりも深いな……。

 

 井戸の中は先ほどの雨のせいかやけに湿度が高く蒸し暑い。


 ごつごつした壁面には枯れかけのコケらしきものがびっしりと生えていて、油断していると思わず足を滑らせて落下しそうになる。


 なんとか井戸の底にたどり着くとランタンをロープに括り付け早速作業に取り掛かる。


 雨のおかげで足元はぬかるんでいて幾分かは掘りやすそうだが、どの程度掘れば水が湧き出てくるのか見当もつかない。



 そもそも掘って水が出てくる保証は何もない。



 とは言え他に出来る事もないし、頑張ってみるしかないか。



 俺は心配そうに覗き込んでいる村長をしり目に強く息を吐きだし気合を入れ、振り上げたスコップを思いっきり地面に突き刺した。





 ガキィィィーーーン!




 スコップの先端が地面に触れた瞬間、巨大な鐘を全力でぶっ叩いたような金属音が井戸の中に鳴り響いた。


 どうやら何か途轍もなく硬いものにぶち当たったらしい。


「つぅぅぅっ!」


 どうやら直ぐ真下に巨大な岩か岩盤があるようで、金属の先端がぶつかった反動でスコップの柄を伝い握りしめていた手が痺れてしまった。




 これはとてもじゃないが人力で掘り進めるのは無理そうだ。



 魔法か別の道具か、一旦戻って何か別の方法を考えないとダメだな。



 ……まいったな。



 いきなり出鼻をくじかれた俺は地上に戻るため、地面に突き刺さったまま放置してあったスコップの柄を掴んで引き抜こうとした。



 ……?


 あれ、おかしいな。んっ! あれ、抜けないぞ。



 もう少し力を入れて引っ張ってみるが、スコップは全くびくともせず、まるで抜ける気配すらない。



 どうなってんだよ。



 仕方なく両手で柄の部分をしっかり握りなおすと、今度は両足で踏ん張り力任せに引っ張ってみる。



 すると一瞬ギシッと音が鳴り、ほんの僅かだがスコップが動いた。



 よし、これならあとちょっとで抜けそうだ。




「くおぉぅぅぉぉぉっーーーー!!」




 俺は同じ体勢のまま大きな声を張り上げ、最後の力を振り絞り地面に突き刺さったスコップを引っ張り上げた。







そしてついに――






 幾多の苦難の末、俺はやっとの思いでコレを手に入れたのだ。



 俺は伝説のスコップを固く握りしめると、力強く天にかざした……。




 ――いやいや、違うから。



 こんな井戸の底で何をやっているんだ、俺は。


 

 さっさと井戸から出るとするか……ん?


 気のせいか、足元がさっきよりぬかるんでいるような気がする。


 それになんだか少し無理暑くないか?


 違和感に気づき足元をよく見るとスコップを突き刺した地面の切れ目から、無数の泡がぶくぶくと湧き出していた。



 ん? なんだ?


 俺はしゃがみ込むと、持っていたスコップで地面の切れ目を軽く突いてみた。



 ――次の瞬間



 突然、シューーーツと音を立てながら勢いよく水が噴き出してきた。



 俺は驚きのあまり思わず尻餅をつくと、天高く井戸の入り口付近まで噴き出る水を見あげ暫くの間目をぱちぱちさせていた。




 突き刺したスコップで岩盤に亀裂が入って、地下水の通り道でも出来たのか?



 まぁ、水が出たのならなんでもいいけどな。



 それにしてもこれは凄い水量だぞ。



 ここの真下に偶然地下水の通り道があったのかも知れない。



 運がいいちゃ、運がいいな。




 ……これも俺の幸運値のおかげ、ってまさかな。



 これだけ湧いていれば飲料用以外に生活用水にも使えそうだ。


 暫くお風呂にも入っていなし、なんだか久しぶりに湯船にでも浸かりたくなったな。



 ふぅ、にしてもこの水飛沫、シャワーを浴びているみたいで気持ちいいな。


 温かくて丁度いい温度だし……。



 温かい?


 なんで地下水がこんなに温かいんだよ。


 俺はまさかと思いながらもゆっくりと噴き出している水に手を触れてみた。


 

 ……温かい、つか熱っ!


 


 こりゃどう考えてもこれ地下水じゃないだろ!





――マジですか。




どうやら俺は温泉を掘り当ててしまったらしい。








井戸から這い上がると、村長が目を輝かせて待っていた。


「領主様! あ、雨に続いて、この井戸まで使えるようして頂けるとは、やはりあなたは救世主様じゃ!」


「……喜んでいる所悪いけど、この井戸の水、たぶん飲み水としては使えないぞ」


 「飲み水に使えないとはどういうことでしょうか?


 ――はて、井戸から白い湯気が立ち上っておる」


 「これは温泉っていう温かい地下水なんだ」


「おんせん? 温泉ですか? うーん、聞いたことありませんな」


 村長はこれといってがっかりした様子もなく湧き出る温泉を不思議そうな顔でしばらくの間眺めていた。



 硫黄と鉄っぽいの臭いが辺り一帯に仄かに香っている。



 まぁ、飲水としては使えないだろうけど、これはこれでよしとするしかないか。




 結局その後、俺はもう1つの井戸を数日かけて一人で掘り直し、苦労の末なんとか飲水の確保に成功したのであった。





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