ドワーフ王国のドワ娘姫ー10






「――こんな場所であなたにお会いするとはまさに奇遇ですな」




そう言って馬車からのたのたと降りてきたのはクロマ商会の主だった。






「誰かと思ったら、クロマじゃないか」




「この人、ラックの知り合い?」




「ん、まぁな」




「猫人族のお嬢さん、お初にお目にかかります。クロマ商会のクロマ・タルゴヴィッツと申します。




領主様には常々ごひいきにさせてもらっております」




「ふーん、そうなんだ」




ノジカはクロマの姿を見るなり鼻をすんすんさせ、それから警戒するようにほんのわずか目を細めた。




猫人族の習性なのか、どうも初めて会う人には人一倍用心深いみたいだ。






「クロマ、もしかしてこれからカラドボルグに向かうのか?」






「はい。そうですがなにか問題でも?」






「いや、問題というわけじゃないが、あの中には許可証がないと入れないぞ」






「あぁ。それなら心配ご無用。許可証なら、ほら、ここに」






クロマは当たり前のように懐から許可証を取り出して見せた。




許可証にはドワ娘から預かったリングに刻印されていたのと同じ紋章の印が押されている。






「それ、どうやって手に入れたんだ? いや、それよりクロマ商会はドワーフ族とも交易してるのか?」






「いえいえ、交易などとんでもない。わたしどもはただドワーフの作る調度品や装飾品を買い付けに来ているだけですよ」






「クロマ商会の店主自らこんな遠く離れた場所までわざわざ買い付けに来るのか?」






「ドワーフの作る品物はどれもこれも超がつくほどの一級品。王族や貴族でさえ喉から手が出るほど欲しがる希少価値の高いものばかりですからね。それを他の誰かに任すなど出来ませんよ」






「なるほどな」






「とは言え、ドワーフの職人は気難しい方が多くて、わたしが出張ったところで滅多に売ってもらえないのですがね」






「商売人ってのもなかなか大変そうだな」






「いえいえ、領主様ほどではございませんよ。――それはそうと、領主様こそガラドグランに何か御用でもあったのですか?」






「ん、まぁ、ちょっと野暮用がな」






「はぁ、野暮用ですか」








「……ねぇねぇ」




ノジカが俺の服の袖を引っ張ると耳元にそっと近づいて小声で話しかけてきた。




「この人、ラックの知り合いなんでしょ?」




「まぁ、一応な」




「だったらボク達も一緒に乗せて行ってもらおうよ!」




どうやらノジカも俺と同じことを考えていたようだ。




だが、一つだけ問題がある。




それはこのクロマ商会の主がタダで俺たちを乗せてくれるとは到底思えない。




とは言え、この絶好の機会を逃せばいつガラドグランに入れるか分かったものではない。








「なぁクロマ。……物は相談なんだが俺たちをカラドボルグまで乗せて行ってくれないか?」




「領主様たちを、ですか?」




「あぁ、そうだ。実は俺たち許可証を持ってなくてな。中に入れず困ってたんだ」






「なるほど、そういう事でしたか」






クロマが何かを考えるように顎に手を当てた瞬間ニヤリとしたのを俺は見逃さなかった。






「領主様の頼みとあらばこのクロマ、無下に断ることは出来ませんね。しかしわたしもこの許可証を手に入れるのには大分苦労したんですよ」






 ほら、始まった。






先ほどまでのご機嫌伺いをしていた態度はどこへやら。




クロマの振る舞いは手のひらを返したように商売人のそれになっていた。






「それで、何が言いたいんだ?」






「いえね。わたしも商売を生業にしている者。何事もタダ、というわけにはいかんのですよ」






やはり、そうきたか。






「要は俺と取引しようってことか」






「さすがは領主様、話が早くて助かりますな」






やれやれ、見上げた商人魂だな。


とはいえ、今の俺達にはカラドボルグに入る為の手段が他に見当たらないし仕方がないか。






「それで俺はお前にいくら払えばいいんだ?」






「そうですねぇ。正直、領主様にはお金よりももっと有益な何かを頂きたいですな」






どうやらクロマは俺がなぜカラドボルグを目指しているのかを興味津々のようだ。


 


そこになにか金の匂いを感じ取ったのだろう。




商売人の感とでもいうのか、本当に恐れ入る。




しかし事情が事情なだけにドワ娘に無断で話すわけにもいかないし、困ったな。








「――わかった。もしお前が俺たちに協力してくれるならドワーフ王家の姫君を紹介してやる」






「ドワーフ王家!? りょ、領主様、領主様はドワーフ王家のお姫様とお知り合いなのですか!?」






「まぁ、成り行きでな」






「いやはや、さすがはオルメヴィーラの領主様。いや、お顔が広いですなっ!」






「どうだ? クロマ。悪い取引じゃないだろ?」






「も、もちろんですともっ! そうと決まればすぐにでもカラドボルグに出発いたしましょう! 時は金なり。ささっ、おふたりとも汚いところですがどうぞお乗りください」






またも態度を一変させたクロマは釣った魚を伸ばすまいと、急かす様に俺達二人の背中をぐいぐい押してきた。






こうしてなんとかクロマ商会の馬車に乗り込んだ俺とノジカは、無事ドワーフ王国ガラドグランに入国することが出来たのである。












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