大ルアジュカ山脈編ー11
「おい、ドワ娘。これで一体何ヵ所目だ」
「ん? そうさな、ひーふーみー……、何か所目じゃったかの?」
「はぁ、もうこれで十ヵ所目だぞ」
あれから俺たちは諸々の作業をすべて彼らに任せると、農業用水確保のためオルメヴィーラ領内を奔走していた。
ルアジュカ樹林奥地を探索し、どうにかこうにか水脈の流れを変えることに成功したのは良いが、南西に向きを変えた地下水は数キロメートル程進んだ後その場所から突然北西に進路を変えてしまった。
高きより低き、そして地盤の脆い方へと流れていくのは仕方ないにしても、天邪鬼のように領内を右へ左へと蛇行運転。
最初のポイントを皮切りに既にこの地下水脈を追って二ヶ月が経とうとしていた。
「……もういい加減目的地に真っすぐ向かって欲しいんだけどな、フレデリカさん」
「言っておくが、わらわが意図的にやっておるわけではないからの」
「そんな事はわかってるよ」
「なに、今回はサビーナ村の方角に真っすぐ進んでおる。順調にいけばあと数日もしないうちに辿り着くじゃろ」
「だと良いけどな」
ドワ娘の魔法で地下水脈の流れを変え、それから数日間はただただひたすら様子見。
後を追い明後日の方角に向きが変わればまた彼女の魔法の出番。
そう。
二ヶ月間ずっとこの作業の繰り返しである。
今日も今日とて夕日が沈み辺りは少しずつ暗くなり、オルメヴィーラ領に夜の帳が降りようとしていた。
最近では日中の気温も然程上がらず、大ルアジュカ山脈から吹き降ろす空っ風が肌を刺すようになっていた。
たとえ太陽が顔を出していたとしても羽織る物が無ければ肌寒い。
俺はいつもの様に荷馬車から薪を降ろすと慣れた手つきで火をおこし、野宿の準備を始める。
風よけの簡易テントを張り、木製の椅子を二つ並べ、間には食事用の小さなテーブル。
アイテムボックスから食器、食糧、調味料、調理道具を取り出し、今日の夕飯の献立を考える。
食材の殆どがサビーナ村で収穫した野菜たち。それからクロマ商会から買い付けた干し肉とチーズ、あとは豊富な香辛料の数々。主食は米だが、一応日持ちのする硬いパンもある。
ドワ娘が一切料理をしない為、朝昼晩と食事の準備は俺の担当となっている。独身生活が長かったおかげで料理はお手の物だが、まさかこんな所で人に振舞うとは思ってもみなかった。
「さて、今日は何にするか」
やはりこう寒くなってくると、どうしても温かいものが恋しくなってくる。
昨日は久しぶりにカレーを作ってみたのだが、かなりフレデリカに好評だった。
いままで誰かのために料理を作ったことはなかったのだが、誰かに食べてもらうというのもなかなかに楽しい。
……よし、決めた。
今日は香辛料の利いた黒豆とドライトマトのスープにしよう。
主食は、そうだな。あの水気の抜けたカチカチのパンをスープに浸して食べればいいだろう。
選んだ食材を小さめのサイズに切り揃え鍋に放り込み、水、塩、ハーブ、それから香辛料を加え焚火にかけていく。野菜が煮えたところで一度味見。
少し薄いか。
一つまみ塩を加えて味を調え、最後にコクを出すため隠し味にチーズを少量投入。
それから最後にもう一度味見。
……うむ。
われながら今回もいい出来だ。
完成した料理をお皿にスープを盛り付け、端にパンを二切れ。
最後にトドメとばかり黒コショウを振りかける。
このスパイスの香り、空腹には刺激が強い。
馬に餌やりをしていたはずのドワ娘だったが、この旨そうな匂いに釣られたのか、まだ呼んでもいないというのに椅子に腰かけ手にスプーンを握りしめ、料理が出てくるのを今や遅しと待っていた。
「「頂きます」」
虫の鳴き声さえ聞こえぬこの暗く静まり返った広い荒野の真ん中で、赤く燃え盛る焚き火で暖をとりながら、俺とドワ娘は特製スープに舌鼓を打っていた。
フレデリカは一口大にパンをちぎるとスープに浸し、柔らかくなってところで野菜を乗せ口の中に放り込んでいく。
柑橘類を思わせるような独特な香りと痺れるような辛さ。
少し香辛料を入れ過ぎたかと心配したが、ドワ娘は顔を赤くし美味しそうに黙々と食べている。
「……なんじゃ、わらわの顔に何かついておるのか?」
「いや、お前の口に合うかと思ってな」
「初めて食べる味じゃが、うむ、美味しいぞ」
「そりゃ、良かった」
俺も止めていた手を再び動かし、野菜がいっぱい乗ったスプーンを口まで運んでいく。
――うまい。
針の刺すような心地よい痺れが口の中を通り過ぎ、胃の腑に落ちたそれは内側から体を温める。
「なぁ、ドワ娘」
「ん? なんじゃ?」
「大ルアジュカ山脈は竜の寝床って呼ばれてるんだろ?」
「なんじゃ藪から棒に」
ドワ娘は鍋に残っていたスープをかき集めお皿に装うと、ゆっくり椅子に腰を下ろした。
「いやな、お前は実際に竜を見たことがあるのかと思ってな」
「なんじゃそんな事か」
「そんな事かって……」
「わらわも直接見たことはない」
「そうなのか」
「竜族というのは古来より神の使い、神獣と言われておる。文献には神の血族とも記されておる」
「神獣、神の血族か」
「竜族は下界に住むわれら種族とは根本的に生きている世界が違うのじゃ。竜の翼撃は烈風を巻き起こし、吐き出す炎は大地を溶かす。竜の咆哮は天地を割き、竜の怒りは世界を滅ぼす、とまで言われておる」
「そんな物騒な奴等があそこをねぐらにしているってのか?」
「そうじゃ。……とは言うてもここ数百年の間、竜族の姿を見た者はいないとされておる」
「なんか眉唾物の話だな」
「そうじゃな。じゃが実際彼等の存在のおかげでここは魔族に攻め込まれずにおる」
「まぁ、確かにな」
「竜族がこの地に降りてくることなどまずない。何も気に病むことはないじゃろ」
「別に気に病んでるわけじゃないんだけどな」
「なら何を気にしておるのじゃ?」
「いや、なに。今度機会があればオルメヴィーラ領の領主になったことだし、手土産でも持って挨拶にでも行こうかと思ってな」
「はぁ? おぬし、……正気か?」
「冗談、冗談だよ」
確かに冗談ではあるんだが、チャンスがあれば会ってみたいというのは満更嘘でもない。
「竜族もよいが、今はまず他にやる事があるんじゃろ」
あぁ、そうだな。
そんな夢物語にうつつを抜かしている場合じゃなかった。
木材集めて家を建て、鉱山掘って地下水通して農地拡大。
俺の目の前にファンタジーのファの字もありやしない。
夜が明ければまた地下水追って領内を右往左往か。
夜空を見上げれば満天の星空。焚火のぱちぱちと爆ぜる音が火の粉と一緒に空に舞い、夜の経過を静かに数えている様に聞こえた。
空になった食器を片付けた後、二人は満腹になった幸福感に包まれながらしばしの間、小さくなっていく焚火の傍で座り夜空を眺めていた。
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