ドワーフ王国のドワ娘姫ー12
クロマ商会一行が炎の金づち亭に到着したのは、すでに太陽が山の稜線の向こう側へ落ちた後だった。
カラドボルグでは夜の訪れとともに舗道沿いに設置された石灯篭に明かりが灯される。
火種の入ったランプを抱え次々と灯篭に火を灯していく子供のドワーフの背を見ながら、馬車は湖の畔の道をゆっくり駆けてゆく。
湖を一周するように造られた道の周辺には多くの店が軒を連ね、特に酒場は大いに賑わいを見せている。
日が落ちてから街中で殆どドワーフの姿を見ないと思ったら、どうやら仕事を終えた者の多くが馴染みの店でグラス片手に一杯やっているらしい。
馬車が店の前を通る度に店内からは彼らの陽気な歌と豪快な笑い声が漏れ聞こえてくる。
そんな華やかな中心街を抜けた先に目的の店はあった。
”炎の金づち亭”
そうでかでかと掲げられた看板には3本の金づちがクロスするように描かれ、上部の一番目立つ場所に店名が記されていた。
どっしりとした石造りの建物。
屋根の上には大きな煙突が二本そびえ立ち、月光に照らされた白い煙が今も、もくもくと立ち昇っている。
いかにも鍛冶屋らしい、どこか風格さえ感じられる店構えだ。
一歩馬車から降りると店内からは規則正しいリズムで金属を叩く音が聞こえてきた。
カラン、カラーン。
優しい金属の鐘の音が客の来店を告げる。
「いらっしゃいませ!」
店内に足を踏み入れた俺たちを元気な声で出迎えてくれたのはドワ娘と同い年くらいのドワーフ族の少女だった。
赤い大きめのリボンに、ひざ下までの長さがある赤いかぼちゃパンツ。それから古めかしい革製のポシェットを肩から斜めに下げいかにも鍛冶屋の娘といった出で立ちである。
店内には武器や防具、それから精巧な細工の施されたアクセサリー、さらには純白を基調とし惜しげもなく金を使い彩った調度品、そんな名品の数々が至る所に飾られており、この工房の技術の高さをうかがわせる。
ノジカはテーブルに並べられた色とりどりの宝飾品を見つけると、それを手に取りうっとりとした表情で眺めている。
「なにかお探しものですか?」
店内を見回しているとドワーフの少女が屈託のない笑顔を浮かべ声を掛けてきた。
「いや、実はここで待ち合わせしてたんだけど、どうもまだ来てないみたいだな」
もう一度店内を見渡してみるが、やはりあの二人の姿はない。
確かに炎の金づち亭って言っていたよな。
まさか、俺たちを待ちきれなくて自分たちだけで王城に乗り込んだんじゃないだろうな。
いや、まさかな……。
念の為、ドワ娘とドボルゴがここに来ていないか少女に訊ねてみたが答えはノーだった。
「二人ともどうしちゃったんだろ」
「わからない。けど、もしかしたら何かあったのかもしれない」
「ど、どうするの?」
どうするもなにも見知らぬ異国で二人を捜し歩くわけにもいかないし、もうしばらくここで待ってみるしかないだろう。
……いや、ちょっと待てよ。
わざわざなんでこの店で落ち合うことにしたんだっけ?
――そうだ。
炎の金づち亭の店主がドワーフ王の古くからの友人だと言っていたじゃないか。
もしかしたらそのドワーフに聞けば、なにか心当たりがあるかもしれない。
「なぁ、この店の――」
俺がドワーフの少女に店主を呼んでもらおうと声を掛けた丁度その時、真黒な金づちを担いだ老齢のドワーフがのそのそと店の奥から現れた。
「タフィー、どうかしたのか?」
「あっ、ガイアお爺ちゃん」
「ん? なんだ。なにやら騒がしいと思ったら、……人間か」
ガイアは俺たちを見るなり訝しげな顔で睨みつけてきた。
「ここにはお前たち人間に売る物などなにもないぞ」
「俺たち別に買い物しに来たんじゃないんだ」
「あぁ? じゃ一体何しに来たってんだ」
「なんかね。誰かとここで待ち合わせしているんだって」
「はぁ? 待ち合わせだ? 何ふざけたことを抜かしてやがる。ここはそういう場所じゃねぇんだよ。そういうのは他所でやってくれ」
「ちょっと話だけでも聞いてくれないか」
「なんで見ず知らずの人間の話を俺が聞かなきゃならねぇ。いいからとっとと出ていけっ!」
ガイアはタフィーの腕を掴んで自分の後ろに引き寄せると、今にも金づちを振り下ろしそうな剣幕でじわじわと詰め寄ってきた。
どうやらここは一旦、引いた方が良さそうだ。
しかしドボルゴもそうだったが、ドワーフってのは皆こんな感じなのか?
目の前のこの頑固そうなドワーフに話を聞いてもらわなきゃならないのかと考えるとひどく億劫になる。
早々に諦め店から出ようとすると、今まで一言も話さず黙っていたクロマが俺とガイアの間にぬっと割って入ってきた。
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