ドワーフ王国のドワ娘姫ー19
「おい、オルメヴィーラの領主、それに猫娘。姫様を連れてとっととここから離れるんだ」
「急にどうしたんだよ」
「いいから、早くしろっ!」
そう叫んだガイアの声は震えていた。
……いや、声だけじゃない。
身体中の骨ががちがちなっているかのように、ガイアの体が小刻みに震えており、それは絶えず足から頭の方へと、さらには握られていた戦斧にまで波動の様に伝わっていた。
「トールキンの馬鹿野郎。事もあろうに狂戦士の薬を使いやがった!」
「狂戦士の薬?」
「あぁ、そうだ。数百年以上前の魔族との戦いの際、追い詰められたドワーフ達が禁術によって生み出した秘薬。伝え聞いた話じゃ、あの薬を飲んだドワーフがたった一人で数百、数千もの魔族を相手にしたらしい」
「たった一人で!? う、嘘だろ?」
「さぁな。あの薬を飲んだ者はは一時的にだが魔神さえ殺すことが出来る驚異的な力を得るって話さ」
「そんなものがこの世に存在するのか?」
「あぁ、忌々しい事に実在する。俺がまだ王宮兵士長だった頃、あれを使っちまった奴を一度だけ相手にしたことがあるからな」
ガイアは自分を落ち着かせようと一度深呼吸をしてから話をつづけた。
「今から数十年前。当時俺の部隊にいた男にヒヨルドってのがいたんだ。そいつは兵士としてはお世辞にも一人前とは言えなかったが、真面目で責任感が強い良い男だった。子供が生まれてからは毎日我が子の自慢話ばかりするような優しい男さ。そんな奴がある日あの薬のせいでとんでもないバケモノになっちまった」
「バケモノ?」
「そうだ、ありゃ化け物だ。……忘れもしねぇ。あれはドワーフ族一の戦士を決める御前試合が行われた日の事だ」
「――ガイア兵士長」
「あぁ? なんだ。ヒヨルドじゃねぇか。どうした?」
「俺、ガイア兵士長のおかげで御前試合に出られるまで強くなれたと思うんです」
「はぁ、何を言ってやがる。誰が強くなったって? ヒヨルド。そういう台詞を吐くのはこの大会で優勝してからにしな」
「ははっ。相変わらずガイア兵士長は厳しいですね」
「あぁ? 何か言ったか?」
「い、いえ。なんでもありません。でも今回俺、優勝する自信があるんです。実は俺、狂戦士の薬を手に入れたんです」
「はぁ? 狂戦士の薬だぁ? なに馬鹿な事言ってやがる」
「ほ、本当なんですよ!昨日、偶然手に入れたんです」
「お前はそんな事ばかりいってやがるから、いつまでたっても強くなれねぇんだよっ! 狂戦士の薬なんてのがこの世に存在すると本気で思ってるのか? 大体そんなものの力を借りて優勝しても意味ねぇだろうが」
「そ、そうかもしれないですけど、今回は妻が子供を連れて応援しに来てくれるし、何が何でも優勝したいんです」
「だったら尚更そんなものに頼るんじゃねぇ」
「ガイア兵士長には俺の気持ちは分かりませんよ。いくら努力したって兵士長のようには強くなれないんです。
……でも、これさえあれば御前試合で優勝出来るんです」
「――それがヒヨルドの最後の言葉だった」
「それでその人はどうなった?」
「文字通りヒヨルドは狂戦士になっちまった」
「ヒヨルドは御前試合で前評判を覆し、準決勝まで勝ち進んでいった。しかし次の相手は優勝候補一角。案の定、試合は序盤からヒヨルドが劣勢だった。
対戦相手が優勢なのは誰の目にも明らか。あいつは徐々に追い詰められ、決着がつくのも時間の問題のはずだった。……だがそうはならなかった」
「狂戦士の薬」
「そうだ。あいつは自分の敗北を悟ると隠し持っていた薬を取り出し一気に飲み干しやがったんだ。それからは地獄さ。
狂ったように暴れだしたヒヨルドは、目の前にいた対戦相手を一瞬で屠り、そして完全に自我を失うと、御前試合を見に来ていた観客たちを無差別に襲い始めやがった。
止めに入った兵士は次々に殺され、ドワーフ族の中でも指折りの戦士達が束になっても、まるで相手にならなかった。
……数十人、いや数百人。とにかく数えきれないほどのドワーフが犠牲になっちまった」
「そんな化け物みたいな相手をどうやって止めたんだ?」
「誰にも止められなかった」
ガイアは悲壮な面持ちで目を瞑ると一度だけ大きく横に首を振った。
「俺は必死になってあいつに呼びかけたが、いくら叫ぼうが俺の声はヒヨルドの耳には届かなかった。
いや、俺だけじゃねぇ。
誰の声もあいつには届かなかった。
……結局、ヒヨルドの奴は数刻ものあいだ力尽きるまでひたすらに暴れ続け、そして死んじまった」
そんな事件がこのファムスル城であったなんて……。
俺たちは今からそんな化け物を相手にしなきゃならないのかよ。
「ガイア。わらわはそのような話、今初めて聞いたぞ」
治療を受けていたドワ娘はおもむろに立ち上がるとこちらに歩み寄ってきた。
「おいドワ娘。動いて平気なのか?」
「なに、このくらい問題ない」
ドワ娘は俺たちに心配かけまいとしてか作り笑顔を浮かべたが、もちろん彼女の言葉をそのまま鵜呑みには出来ない。
ドワ娘の自由を奪っていた鎖はドボルゴによって切断されたとはいえ、彼女の両腕、両足にはいまだに拘束具が付いたまま。
ノジカに肩を貸してもらってようやく歩けるといった感じだ。
薬のおかげで傷口は癒えたようだが、衣服には痛々しいまでに血の跡が残ってる。
「……あれは姫様がお生まれになる前の話ですからな」
「ドボルゴも知っておったのか?」
「この国の年寄で、あの悲劇を知らぬ者などおりません」
「ガイア、その話トールキンは知っているのか?」
「あぁ、もちろんだ。知っているも何も奴はその場にいたからな」
「つまりすべて承知の上って事か」
「ねぇねぇ、あの人様子が変だよ!」
俺の袖をぐいぐいと引っ張ったノジカは振るえる手でトールキンを指さした。
「あ、あぁあぁぁぁあああああぁああっぁっぁ!」
薬を飲みほしたトールキンは声にもならない獣の様な叫び声を上げ、もがき苦しみ始めた。
「どうやら、始まったみたいだな」
耳を覆いたくなるような奇声が響く中、トールキンの身体から白い蒸気のようなものがもくもくと大量に立ち上り、この狭い空間はうっすらと霧がかかったように視界が悪くなっていく。
なにが原因かははっきりわからないが、どうやらトールキンの身体が空気中の水分を蒸発させるほどの熱を帯びているようだ。
「おい、お前ら。早く姫様を連れて逃げるんだ!」
「ガイアはどうするんだよ!」
「誰があいつを食い止めるんだ。全員で逃げるわけにはいかねぇだろうが!」
「ねぇ、なんかさっきより大きくなってない?」
確かに言われてみれば、瞬きするごとにトールキンの身体は一回り、二回りと巨大になっていく。
急激に膨張していく身体にトールキンの身に着けていた衣服は破け去り、さらには皮膚の伸縮が限界に達したのか、ぶちぶちと嫌な音を立てて裂傷が広がり、全身から大量の血が噴き出していた。
しかし、それも一時のことで、いつの間にか傷口は塞がり、辺りに広がっていた蒸気も次第に収まっていった。
「どんな因果か、またこいつを相手にすることになるとはな」
俺たちの目の前にいたトールキンにいまや原型など微塵もなく、目の前にいたのは只の
「化け物」
だった。
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