ドワーフ王国のドワ娘姫ー20





「もうぉぉぉぉッ! だから嫌だって言ったんだよ!」








ドワ娘を背負って走っている俺の後ろを涙目になったノジカが必死になってついてくる。






「あんまり喋ってると舌噛むぞ!」






そう注意しつつ、ちらっと後ろを振り向くと例の化け物が辺りにいるドワーフたちを薙ぎ払ないながら後を追ってきていた。






「なんで、ずっとボク達を追ってくるの!」






「知るか! 俺が聞きたいくらいだ!」






まぁ、トールキンの目的は元々フレデリカことドワ娘の命だったわけで、




自我を失った今でも本能的に背中のこいつを狙っているのだろう。








俺はずり落ちてくるドワ娘をひょいと背負い直すと、ファムスル城をわき目も振らず、ただひたすらに駆け下りていった。






「ね、ねぇ、ガイアとドボルゴ大丈夫かな?」






ノジカの問いかけに何と答えたらいいか迷ったが、ドワ娘が「心配するな」と声を掛けていた。






















「おい、いいか。何があっても決して立ち止まらず、走って逃げるんだぞ」






「わかった」






「何を言っておる。二人とも一緒に逃げるのじゃ」






「……姫様、たとえ姫様のご命令であっても、そればかりは聞けません」






「なぜじゃ!」






「姫様をお守りするのがわたしの使命ですから」




「おい、早く姫様を連れていくんだ! もう時間がないぞ!」






「おい、ドワ娘、早く俺の背中に乗るんだ」






「嫌じゃ! 二人をここにおいては行けん!」






「――いい加減にしろ!」




「えっ!?」




「二人の気持ちを無駄にするんじゃない!」






「……フレデリカ」




「大丈夫じゃ、ノジカ。悪かったな、わがままを言って」






ドワ娘はガイアとドボルゴの背中を交互に見た後、おずおずと俺の背中におぶさった。




「姫様、どうかご無事で」






「お主たちもな。……絶対死んではならんぞ」






「んじゃドボルゴ。俺達二人であのクソ野郎をぶっ飛ばすとするか」






「えぇ、そうですな」






「お前たち用意はいいな?」






「あぁ、大丈夫だ」






ガイアは俺の返事を聞くと満足気に頷いた。




そして一瞬の間をおいてから、ガイアは気合を入れるように大声を張り上げた。








「走れぇぇぇぇぇぇぇっ!」










ガイアの叫び声と同時に全員が一斉に動き出した。








それは狂戦士も同じだった。






異形となったトールキンは俺たちが走り去るのを見るや否や、雄叫びを上げながら、猛烈な勢いで突進してきた。








「おいおいおいっ! トールキン! てめぇの相手はこの俺だろうがよ! 元王宮兵士長を無視するとはいい度胸じゃねぇかよ!」






ガイアはトールキンの行く手を塞ぐように立ちふさがると、渾身の力で突進してきたトールキンの土手っ腹に巨斧を振り降ろした。












――常人が相手なら、いやたとえ魔物であっても、今の一撃ですべての決着がついていただろう。










「なっ!?」








しかしガイアの放った一太刀はトールキンにかすり傷さえを負わせることは出来ず、鼓膜を引き裂く様な激しい金属音を立て弾き返されてしまった。








「ガイア殿っ!」








ドボルゴが名前を呼んだ刹那、トールキンの強烈な殴打がガイアを捉えていた。








ドボルゴの声に反射的に反応したガイアは咄嗟に斧で身を守ったが、如何せん、あまりの強い衝撃に身体ごと後方に吹き飛び、激しい音をたて壁に打ち付けられてしまった。








強硬な岩壁は土埃を上げ、がらがらと音を立て崩れていく。










「ガイアァァァァァ!」








俺は背中から聞こえてくる悲痛な叫び声に耳をふさぎ無情にもその場を後にした。






















あれから既に30分ほどが経過し、なんとか今はトールキンから逃げおおせている。






確かにあの二人の事も心配だが、今はそれよりこの状況からどう脱するかを考えなければならない。








幸いなことにここはドワーフ族が使うために作られた坑道。




比較的小柄な人間の俺たちでさえやっとの事で通れるような場所も数多くある。






それ故、巨大化したトールキンが追ってくるには、この頑強な岩の壁を破壊せねばならず移動速度は多少なりとも落ちるのだ。








とは言え、後ろから岩壁を砕く音が徐々に近づいてくるのを感じる度に、寿命が縮まる思いがしてならない。








さて、どうする、どうする。






このまま逃げ続けるのか?




 いや逃げ切れるのか?




いつ相手が力尽きるともわからないのにか?






なら真っ向から相手をするか?




いやいや、ドワーフ族の元王宮兵士長が相手にならないんだ。




今の俺じゃ、自殺しに行くようなもんだ。






ノジカは戦闘の役に立たないし、ドワ娘も万全の状態じゃない。








何か良い手はないか……。






ここに来るまでになにがあった?








なにか、なにか方法があるはずだ。






 よく考えろ。




ここは何処だ。










猫人族を連れ、ドワーフの姫君を背負った俺は焦燥感に駆られながら、必死に頭をフル回転させ、この命がけの鬼ごっこをなんとか終わらせようとしていた。




















「そこをどいてくれっーーーー!」






 俺は気が付くと城中に聞こえんばかりの叫喚をあげていた。




ゲラゲラ笑いながら道を塞ぐように前を並んで歩いていたドワーフたちは、必死の形相で突っ込んでくる俺を寸でのところで交わすと何事かと呆気に取られている。








呆然としている兵士たちにドワ娘は背中にしがみついたまま後ろを振り向き、必死に声を張り上げた。








「お、お前たち、早く逃げるのじゃ!」






「――ひ、姫様!?」






死んだと聞かされていたドワーフ族の王女が怪我を負い人間の男に背負われ、目の前をあっという間に駆け抜けていく。






この国の住人ならその光景を見て驚かない者はいないだろう。






彼らはまるで状況が呑み込めずといった様子で、お互いの顔を見合わせきょとんとしていた。






「……おい。ありゃ姫様だよな?」






「あ、あぁ。ありゃ姫様に間違いねぇ」






「み、見間違いじゃねぇよな?」






「あぁ。……あぁっ! 見間違いじゃ――」






フレデリカの生存という驚きの知らせに混乱していた彼らにドワ娘の声は全く届いていなかった。






そして二人の会話は突如そこで途切れ終わった。








王女の無事に喜ぶドワーフ達の声は化け物によって一瞬で絶叫に取って代わり、坑道を血で赤く染めた。












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