エンティナ領編
エンティナ領編ー1
ドワーフ達を引き連れオルメヴィーラ領に戻って来てから、既に三ヵ月余りが経過しようとしていた。
本格的な冬の訪れを目前に、サビーナ村の街づくりは急ピッチで進められている。
村内にあった農地は一部を残しすべて整地され、今は住居が次々と建設されていている。
中央にある温泉井戸から放射状に大きな道路が整備され、その通り沿いに宿屋、雑貨屋、それから鍛冶屋に酒場と商店が立ちならび、建設が間に合っていない店などは道端に屋台店を開き商売に勤しんでいた。
大ルアジュカ山脈から地下水を苦労して引いてきたおかげか村の井戸の水量も格段に増え、急遽街中に水路を通すことになり此方も目下工事の真っ最中である。
作業量に対して相変わらず人手不足は続いているが、サビーナ村への移住希望者は増え続けているため、何とか計画通りに開発は進んでいる。
ここ最近大通りを歩いていると木材や鉱石を積んだ荷台が頻繁に行き来している。
今ではもう見慣れた光景なのだが、実はこの荷台を動かしているのは馬ではない。
そう、それはこの魔鉱石である。
「――り、領主様、じ、実は領主様にお見せしたいものがありまして……」
そう言ってドワーフのザックがおずおずと差し出したのは青く輝く透き通った手のひら大の鉱石だった
「綺麗な鉱石だな。水晶か? いや違うな」
「す、水晶ではありません。た、確かにそう見えなくもないですが、これはもっと面白いものです、はい」
「面白いもの?」
「は、はい。こ、これは正真正銘本物の魔鉱石です」
「まこうせき? ……まこうせきってなんだ?」
「魔鉱石。まぁ、おぬしが知らないのも無理からぬ話じゃ。魔鉱石とは字のごとく魔力を秘めた鉱石の事じゃ。かなり希少性の高い鉱物じゃからの……。一般人が目にすることはまずないじゃろ」
「そんなに貴重なものなのか?」
「そうじゃ。魔鉱石ヴェンダーナイト。自然界に存在する魔素が長い年月をかけ集まって結晶化したものじゃ。ほれ、おぬしの身に着けている指輪にも極小さなものじゃが埋め込まれておる」
目を凝らして見れば、確かにそれらしい鉱物が埋め込まれている。
「それでこの魔鉱石ってのは、なにか特別な石なのか?」
「特別も特別。ヴェンダーナイトはいわば魔素の塊。魔素とは魔法の源となる力。この魔鉱石に魔法の刻印を描くことで、一つの魔法を鉱石の魔力が尽きるまで永続的に使用することが出来るのじゃ」
「魔法を永続的に? それってかなり凄い事なんじゃないのか?」
「そうじゃ。正直わらわもこれだけ大きいヴェンダーナイトを見るのは生まれて初めてじゃ」
「……ザック。この魔鉱石一体どこで手に入れたんだ? いや、何となく出所は分かるんだけど」
「り、領主様のご推察の通りルアジュカ鉱山を採掘中に偶然ヴェンダーナイトの鉱脈を発見しまして、取り急ぎご報告しに来た次第で」
」
「なぁ、ドワ娘。これ売ったら一体いくらになるんだろうな」
「さぁ、どうじゃろうな。殆ど市場に出ないからの。値段が付かない程の高値になるのはまず間違いないじゃろうな」
そんな貴重な鉱石の鉱脈があの山脈に埋もれていたとは……。
「これ下手をすると争いの火種になるんじゃないか?」
「かもしれんな」
魔鉱石ヴェンダーナイトか。
思わぬプレゼントだな。
さて、これをどうする。
資金の足しに売ってもいいんだが、それはそれで何か勿体ない気もする。
何か上手くこれを有効活用する手立てはないもんか……。
魔素が尽きるまで魔法が永続的に使用できるんだろ?
永続的に……か。
……そうだ! 良いことを思いついたぞ。
――そうして生み出されたのが魔鉱石ヴェンダーナイトを動力にしたこの魔導帆船である。
魔鉱石を使った蒸気機関や電動モーターなんてことも考えたが、技術面、コストそれから製作時間も考慮し却下した。
簡単に作れて、尚且つ今ある馬車を活用できるよう構造は出来る限り単純化した。
帆船の様に車体の中央に帆を立て魔鉱石に風魔法の刻印を施し、風の力を推進力に変えることでたとえ風が吹いていなくても自走できる陸上の船。
この魔導帆船の利点はいくつかあるが、まず一つに馬を必要としない為、餌や水、休ませる時間を考えなくてよくなり、基本的に昼夜問わず荷物を運ぶことが可能になった。
さらに馬では運ぶことが難しかった重い荷物を運べるようになり、荷台を連結させることで大量の物資を一度に運搬出来るようにもなったのだ。
アイテムボックスを使用しない大ルアジュカ山脈からの木材や鉱物の運搬作業にずっと頭を悩ませていたのだが、ヴェンダーナイト鉱脈のおかげで期せずしてこの問題が一気に解決されたのである。
……さて、一通り街中も見回ったことだし、今日は久しぶりに農地の方に顔を出してみるか。
最近の俺の仕事はと言うともっぱら書類に目を通し判子を押すこと。もちろんそれだけではないのだが、大方の仕事は周りの優秀すぎる人材達がそつなくこなしてしまう。
何か手を出そうものなら――
「領主様はゆっくり座っていてください」
と、すぐ椅子に戻されてしまう。
そんな訳で手持ち無沙汰になるとひょいっとその場を抜け出し工事の進み具合を確認したり、特別に拵えてもらった俺専用の魔導帆船に乗り込み木材班のギムリ達の元へ差し入れがてら様子を見に行ったりしている。
「あれ? ラック。今日もどこかにお出掛け?」
車庫から魔導帆船を引っ張り出しマストに帆を張っていると、零れ落ちそうなほどの大量のわら半紙を抱きかかえたノジカが脇を偶然通りがかった。
「ん? あぁ、ノジカか。まぁそんな所。今日はちょっと用水地の方を見て回ろうかと思ってさ」
「そうなんだ。ラックも忙しそうだね」
「まぁな。良かったらノジカも一緒に行くか?」
「え、いいの!? ……あー、でもどうしようかな」
「なんだ、このあと用事でもあるのか?」
「急ぎの用事はないけど、誰かさんのおかげで毎日忙しいからさ」
「誰かさんね、一体どこの誰の事だろうな」
「ふーん。ねぇ、そこの領主様。どの口がそんな事言っているのかな」
「ごめん、ごめん。ノジカにはいつも感謝してるよ」
「ならいいけど」
「それで、どうする?」
「うーん、折角のお誘いだし、偶には一緒にお出掛けしようかな。ここの所ずっと作業場こもりっぱなしだったからね」
「わかった。じゃ、村の入り口で待ってるから準備出来たら声かけてくれよ」
「うん、この資料片づけたらすぐ向かうね」
ノジカは両手いっぱいの資料を落とさないように顎で押さえつけながら、片手でなんとかドアを開けるといそいそと建物の中に吸い込まれていった。
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