エンティナ領編ー2
俺は魔導帆船を停車させるとノジカを待っている間、小気味よいリズムを奏でている一軒の真新しいお店に顔を出してみることにした。
鍛冶工房“火花散る鎚”
ここはガラドグランから一緒に来てもらったドワーフ族の鍛冶職人オラブが、数名の弟子と一緒に先日オープンさせた店だ。
なんでもオラブは“炎の金づち亭”のガイアの一番弟子で腕の方も折り紙付き、特に彫金の技術だけならその腕はドワーフ随一という噂だ。
彼の店は特に装飾品に力を入れているらしく、店内に入ると煌びやかなアクセサリーがずらっと飾られていた。もちろん包丁やハサミといった日常品から武器や農工具の類なんかも取り扱っているが、それはほんのおまけ程度であるようで、聞いた所によると既にクロマ商会との商談も済ませ、近日中には王都へ商品を納入するとの話である。
そんな真新しい店内で白いワンピースを着た少女が一人、食い入るようにガラスケースに並んだ装飾品を眺めていた。
「なんだ、シーナじゃないか」
「あっ、領主様。こんにちは」
「どうしたんだ、こんな所で? 買い物か?」
「あ、いえ、違うんです、領主様。……実は私最近このお店でアクセサリーの作り方を教わっていて、オラブさんの作った作品を見て勉強していたんです」
「へぇ、シーナがアクセサリーをね。……ちなみにどんな物を作ってるんだ?」
「まだ全然なんですけど、ペンダントにしようかなぁって」
「そっか。出来上がりが楽しみだな」
アクセサリーか。
まだ幼いとは言ってもシーナも立派な女の子だから、そう言うのに興味があっても全く不思議じゃない。
毎日ラフィテアの仕事を手伝ってくれているし、俺も可能な限り応援してやろう。
「シーナ、何か手伝う事があれば遠慮せずに言ってくれよな」
「はい、ありがとうございます、領主様。でも折角だから自分一人で頑張ってみます」
「そっか。うん、そうだな。それがいいな」
「……あの、領主様」
「ん? なんだ、シーナ」
「領主様ってペンダントって持ってたりしますか?」
「ペンダントか。……いや、ペンダントはもってないな」
「そ、そうですか。良かった」
「ん? シーナ、なにか言ったか?」
「あ、い、いえ、何でもないんです。と、ところで領主様はこのお店に何か御用なんですか?」
「俺か? いや、ふらっと覗いてみただけだよ。これからノジカと用水地を視察しに行くんだ」
「ノジカさんと二人きりで、ですか?」
「ん、まぁその予定だけど」
「へぇ、そうなんですか……」
そう口にしたシーナの顔はぱっとせず、言葉の端々になぜか若干とげとげしさを感じた。
いや俺の気のせいかもしれないが……。
「良かったらシーナも一緒に来るか?」
「いいんですか?」
「あぁ、もちろん。ただ、遊びに行くんじゃないからな」
「ちゃんとわかってます。……えへへっ」
むくれた表情を見せたかと思えば一転ニコニコ笑顔。
そう言えば俺もあっち行ったりこっち言ったりで最近あまり一緒にいれてやれなかったからな。
この笑顔を見るのも久しぶりかもしれない。
「さっ、そろそろノジカも来るだろうし、先に魔導帆船に乗って待ってようか」
「はい、領主様。――オラブさん、また明日来ますね!」
シーナが工房奥に顔を出すと、顔を赤くし汗だくのオラブがのそのそと姿を現した。
「シーナちゃん、また明日。あっ、領主様」
「オラブ。どうやらお店の方は順調みたいだな」
「はい、おかげさまで」
「シーナの事よろしく頼んだぞ」
「はい、任せてください。シーナちゃんは筋がいいから、きっと一流の鍛冶職人になれますよ」
「オラブさん、わたし鍛冶職人になっちゃうの!?」
「わっはっは。冗談冗談。けどシーナちゃんならなれると思うけどね」
「良かったな、シーナ。じゃ俺たちはこれで」
「はい、またいらしてくださいね」
「あぁ、近いうちに顔出すよ」
オラブに別れを告げ、店を出ようとすると若い男女の二人組と丁度すれ違った。
二人で指輪でも探しに来たのだろうか、店内からは浮かれた話声が聞こえてくる。
外に出ると先ほどまで雲に隠れていた太陽がくっきりと姿を現し、それまで我が物顔でのさばっていた影を隅の方まで追いやっていた。
「ノジカ、お待たせ」
「もうラック、どこ行ってたの……ってあれシーナ、どうしたの?」
「こんにちは、ノジカさん」
「いや、なにそこのお店に偶然居合わせてさ。折角だからシーナも誘ってみたんだ」
「ふーん、シーナをね。あっそ」
「なんかまずかったか?」
「べっつに。……まぁいいけど」
「じゃ、早速出掛けるとしますか」
「そうだね、日暮れ前には帰ってきたいし、さっさと出発しよう」
「そういや、この三人で出掛けるなんて珍しいな」
「確かにそうかも。もしかしたら初めてかもね。今日はフレデリカもいないみたいだしね」
「領主様、フレデリカさんはどうしたんですか?」
「あぁ、あいつはラフィテアとまたやりあってるよ」
「……あ、なるほど」
それだけ言うと二人は得心したように黙って頷いてみせた。
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