鬼才建築家ノジカ編ー10
「なんかバーデンに悪い事したかな?」
御者席の隣に腰かけたノジカが俺にそう尋ねてきた。
「別にノジカが気にすることじゃないだろ? それにちゃんと正式な賭けで勝ったんだ。誰にも文句言われる筋合いはないさ」
「それはそうなんだけどさ。ちょっとだけ悪い気がしちゃって……」
「まぁ、そんなに気になるなら、自分でお金を貯めてあとでちゃんと返しに行けばいいんじゃないのか?」
「……うん、そうだね。そうするよ」
どうやらそのことで少しもやもやしていたみたいだが、ようやく自分の中で気持ちの整理が出来たらしい。
ノジカは俺の肩にもたれかかると、すっきりとした表情で離れ行くゴトーの街を見つめていた。
「――俺の勝ちだ」
バーデンは拳を握りしめたまま膝から崩れ落ち、しばらくの間動けず虚脱状態になっていた。
「バーデン、ちゃんと俺との約束は守ってもらうからな」
「こ、こんな勝負、む、無効だ! 誰もこんな勝負認めねぇぞ!」
「おいおい、領主様のご子息様がこの大観衆の前で今更よくそんな事が言えたもんだな」
「う、うるせぇ! お前この俺様によくもとんだ赤恥をかかせやがってっ! このままで済むと思うなよ!」
おーおー、負け犬がよく吼えるもんだ。いや負け犬だからよく吼えるのか。
「お前がどこの誰だろうが、俺には知ったこっちゃなし関係ない。
この勝負で勝ったのは俺だ。お前が一番よく知っているんじゃないのか?
――ゴトーじゃ賭けに勝つことがすべてだってな」
「そ、それは……」
「勝者が絶対。敗者がなにを言おうとただの戯言。
俺はそう聞いていたけどな。つまりお前が言っているのはすべて戯言だ」
「くっ!」
どうやら俺の言葉が奴の急所に深く鋭く突き刺さったらしい。
反論すら口にできず、バーデンは歯のこすれる音が聞こえるほど強く食いしばり、喉の奥から小さな唸り声を絞り出していた。
「てめぇ、今に見てろよ! 親父に頼んで辺境のオルメヴィーラ領なんか今すぐにでもぶっ潰してやる」
はぁぁ。とうとう親父の名前を出してきたよ。
まったくいい歳こいて、本当にどうしようもないやつだ。
やれやれ。ここは一つ軽いお仕置きが必要そうだな。
「なぁバーデン。そう言えばこの街でイカサマをしたやつは直ちに絞首刑送りらしいな」
「……な、なにが言いたい」
「いや、別になんでもないけどな」
俺はそう言ってテーブルの上に置いてあるカードを手に取り、光に当てわざとらしくチェックする素振りをしてみせた。
するとバーデンは矢のような速さで俺の持っていたカードを奪い取るとテーブルにあった全てのカードを急いで懐に仕舞い込んだ。
「なにをそんなに慌てているんだ?」
「べ、べつに慌ててなんかいねぇさ」
「ならそのカードちゃんと見せてくれよ」
獲物を前にした獣の様な鋭い眼光で一歩詰め寄ると、バーデンはじりじりと後退りしていく。
俺は逃さまいとその分だけさらに一歩足を前に進める。
いつの間にかバーデンの広い額にはねとっとした油の様な汗がじくじくと吹き出していた。
「――く、くそっ!
オ、オルメヴィーラ領主。て、てめぇの顔は絶対忘れねぇぞ」
これ以上誤魔化しきれないと思ったのか、それとも俺の雰囲気に気圧されたのか、バーデンは小悪党がいかにも言いそうな捨て台詞を吐くと、傍にいたキップルを連れて一目散に会場を後にした。
……全くやれやれだな。
その台詞、バーデンじゃなく、せめて可愛い娘に言われたかったな。
俺は軽くため息をつくと手に持っていた一枚のカードをズボンのポケットにしまい込んだ。
――とまぁそんなこんなで無事バーデンとの賭けに勝った俺は今朝がたゴトーを出発し、ノジカと一緒にオルメヴィーラ領に向けて馬車を走らせている。
「それはそうと本当に良かったの?」
「ん? 何がだ?」
「ゴトーだよ。折角バーデンとの賭けに勝ったのに、全部放棄しちゃんだもん」
そうなのだ。俺はゴトーを出発する前、バーデンの言うゴトーのすべてとやらをリオレアに丸投げしてきたのだ。
「別に最初からそのつもりだったからいいんだよ」
「じゃ、なんでバーデンを挑発してゴトーなんか賭けさせたの?」
「そりゃ、ノジカ、お前一人の為にオルメヴィーラ領を賭けたら不審がられると思ったからだよ。けど、まぁ、まさかバーデンがゴトーの街を賭けに出してくるとは思ってもみなかったけどな」
「にしてもラックは凄いよね。何の迷いもなくオルメヴィーラを賭けちゃうんだから。まぁボクは嬉しかったけど」
「そうか?」
「そうだよ! ……ねぇ、もし賭けに負けてたらどうするつもりだったの?」
賭けに負けてたらか。
「そんなこと微塵も考えてもいなかったな」
至極真面目に答えたつもりなのだが、ノジカは大きな口を開け呆れたようにため息をついた。
「ラックはきっと大物になれるね」
「そりゃ、どうも」
俺は握ていた手綱を強く引き絞ると、馬車は徐々にその速度を上げていき、
そして、二人の視界からゴトーの街並みが消えていった。
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