第8話 オルメヴィーラ領開拓編ー4





中央広場には高さ3メートル程はあろうかという立派な石碑がある。


なんでもかつてこの地を荒らしまわっていた魔族との戦いに勝利したときに建てられた記念碑らしい。



俺はそんな街のシンボルたる記念碑の上によじ登ると、道行く人々に大声で呼びかけた。



――すぅぅぅぅ。



よしっ。



「みんな! 急いでいる所悪いんだが少し俺の話を聞いてくれると助かる。俺はオルメヴィーラ領地の新しい領主になったラックという者だ。


 今、俺はオルメヴィーラ領地のサビーナ村で働く人材を募集している。住む場所、それから毎日の食事は俺が必ず保証する。


 約束が守られなければすぐにでも村を出て行ってもらって構わない!だが、もしドウウィンで希望もなく日々を過ごしている人がいたら俺に力を貸してほしい!」



 突然始まった謎の演説に通りすがりの人々は何事かと一瞬視線を走らせるが、関わり合いになるのが嫌なのかまるで無視でも決め込んでいるかのように、歩みの速度を落とすことなく前を通り過ぎていく。



 時折投げかけられる声も、酒に酔っぱらった男のヤジくらいだ。


 こんな詐欺みたいなうまい話に乗っかってくる奴なんて早々いないのは初めから想定済み。



 冷たい視線や罵声などお構いなしに俺は話を続けた。



「俺はオルメヴィーラを豊かな領地に変える!だから、どうか俺に力を貸してくれ。


年齢、性別は一切問わない。もし希望者がいれば今日の夕方街の入り口に集まってほしい!」






 まぁ、こんなもんか。



 あれから一時間程休まず呼びかけ続けたが、これといって手ごたえを感じることはなかった。


 まぁ、俺が逆の立場だったら変な宗教の勧誘かと思って絶対近づかないからな。




 夕刻まであと小一時間。


 出来る限りの事はやったし、あとは神様にでも祈って待つか。



 



 俺は記念碑の上からさっと飛び降りると、時間まで情報収集がてら街の中を散策して回った。






 鍛冶工房を出ると、外は既に陽が傾き始め西の空は赤く染まり始めていた。



 期待半分、不安半分。



 いや、正直不安の方がかなり大きい。



 次の角を曲がれば、もう街の入り口が見える。





 ――頼む、頼むぞ。





 俺は深呼吸をすると冷静さを装い、街の入り口に向かって歩みを進めた。





 結果から言って俺の心配はまったくの杞憂で終わった。



 ドウウィンの入り口広場に集まったのは総勢30名。



 数名程度集まってくれれば御の字だと思っていたので、完全に嬉しい誤算だ。




 一人ひとり名前と顔を確認していると、弟の手を握った十代前半くらいの女の子が話しかけてきた。



「……あの、サビーナの村に行けば、毎日ご飯が食べられるって本当でしょうか?」



「君、名前は?」


「私はシーナです。この子は弟のセドっていいます」



 弟のセドは極度の人見知りなのかシーナの後ろに隠れてじーっとこちらを観察している。



 「そうか、シーナに、セドか。ご飯の話は本当だ。


その代わりちゃんと仕事はしてもらうけどな」



 俺はほっとした顔の二人の頭を安心させるように優しく撫でてやった。



 「みんな、わざわざ集まってくれて本当にありがとう。オルメヴィーラの領主のラックだ。


これから色々あると思うが、よろしく頼む」



 「「よろしくお願いします」」



 俺が声を掛けると皆一様に頷いてはいたが、希望に満ちた目をしていたのは極少数、大多数は未だ半信半疑な目を向けていた。



 そりゃ信頼を得るには時間がかかるよな。




 ――さて、それよりもだ。



 この人数、どう考えても馬車一台じゃ乗り切れないな。



 交代で歩いていくことも考えたが馬車で3日間の距離は流石にきつい。



 結局もう二台馬車を借りて、すし詰め状態でドウウィンの街を後にした。









 移住者を連れて無事サビーナ村に戻ると村長が満面の笑顔で出迎えてくれた。




 「おかえりなさいませ、領主様」


 「あぁ、ただいま」


 「……はて、こちらの方々は?」


 「この村に移住してくれる者達だ」


 「なんと! この村にこんなに大勢来てくれるとは信じられん」


 「――ところで村長。この村の空き家に移住者達を住まわせても構わないか?」


 「えぇ、それはもちろんです」


 「そうか、それは助かる。それじゃ村の人たちに手分けしてもらって、それぞれ家に案内してやってくれ」


 「わかりました」



 「そうだ、村長。お願いしてあった物は用意出来たか?」



 「はい、それならもう用意できています。しかし領主様。この卵の殻やら灰、それにこの家畜の糞などはなにに使うのですか?」



 「作物がよく育つように農地に散布するんだ。家畜のフンは木の葉っぱなんかと混ぜて発酵させ肥料を作る。


 それから卵の殻や灰は土壌をアルカリ性に、って小難しい話をしてもわからないよな」



 「はぁ、領主様は色々と物知りなのですな。まさかこんなものが役に立つとは……」



 俺の知識は完全にネットからなのだが、尊敬のまなざしで見られるのは実に良い気分だ。



 「それで領主様はここの畑でなにを育てるおつもりなのですか?わたしたちもこれまで色々と試してきましたが、どれもこれも失敗ばかりで……」



 「色々と植えてみたいが、まず初めはこのパタタ芋だ」




 パタタ芋はジャガイモによく似た作物だ。


 パタタ芋は病気に強く育ちも早い。多少雨が降らなくてもちゃんと育つし収穫量も多い。

更には収穫した後、保存がきくのも大きい。




 なぜ俺がこんな芋を持っているかというとアザーワールド・オンラインではダンジョン攻略の傍ら菜園で色々な植物を育て、販売していたからだ。



 そのおかげで様々な農作物を今もストックしている。


 システム画面のアイテム一覧からパタタ芋を選択すると、この世界でもちゃんと芋を取り出せた。




 ――本当にどうなっているのやら。




 試しに茹でて食べてみたのだが、これが結構いける。


 まさかゲーム内で育てた芋を自分で食べる日が来るとは夢にも思わなかったけどな。




 次の日、村人全員を集めて畑一面にパタタ芋を植えることにした。


 調べてわかったことだが、一般的な芋は実をつけ収穫出来るまでには半年くらいはかかるらしい。流石に俺も神様じゃないから、植物の成長スピードまではどうこうできない。



 それまではクロマ商会から届く食料で食いつないでいかなければならない。


 俺は袋に残った手持ちの金貨を数えながら、どうやってこの先やりくりしていくか頭を悩ませていた。





 翌朝、朝早くに目が覚めてしまった俺は昨日作付けしたばかりの畑が気になり、散歩がてら様子を見に行くことにした。



 とはいえ、昨日の今日だ。


 特に何の変化もないだろう。


 俺は大きく伸びをすると朝の爽やかな空気を肺一杯に取り込んだ。


 「領主様、おはようございます」


 「ん? あぁ、おはよう、シーナ。随分と早起きなんだな」



 「私、なんだか初めての場所でドキドキしちゃってあまり眠れなかったんです」


 「そうか。まぁ、じきに慣れる。


 ――そうだ。折角だから俺と一緒に朝の散歩にでも行くか?」



 「いいんですか?」


 「あぁ、もちろん」


 「朝早く起きると良い事があるんですね」


 「そうかもな。


 ――では参りましょうか、シーナお嬢様」



 俺は腰をかがめ、女性をダンスに誘うようにそっと手を差し出すと彼女は嬉しそうに手を握った。



 「ねぇ、領主様、そこの畑が昨日みんなでお芋さんを植えた場所?」


 「ん、あぁそうだな。昨日はシーナとセドが頑張ってくれたから夕方までになんとか終わったよ、ありがとうな」


 「えへへっ、どういたしまして。


 ――あれ? 領主様」



 「ん? どうしたシーナ」


 「もうお芋さんの芽が出てるんです」


 「あははは、……そんな馬鹿な」



 昨日の今日だぞ、いくらなんでも……、





 って本当だ。



 

 種芋を植えた畑から元気な芽がいくつも顔を覗かせている。



 ここは間違いなく昨日のパタタ芋を植えた畑だよな。



 まさかもう芋から芽が出たのか?



 いやいや、いくらなんでも早すぎるだろ。



 俺はシステム画面を開いてパタタ芋についてを検索してみた。




 パタタ芋:アザーワールド・オンラインで広く一般的に普及している芋。



 ジャガイモによく似た食味で、色々な料理用途に使える。


 生命力が非常に強く、少しの水があればほとんどの地域で栽培可能。適度な肥料を与えれば、半月で収穫も可能。




 半月!?


 半月って事はたった2週間で収穫出来るってことか!?


 まぁたしかにゲーム内じゃ植えた次の日には収穫出来ていたからな。


 にわかには信じられない話だが、これが本当なら食糧事情はすぐにでも解決するぞ。




 「領主様、なんだか嬉しそうね」



 手を繋いでいたシーナは正面に回り込むと、手を後ろに組み無邪気な笑顔で俺の顔を覗き込んでいた。


 「あぁ、そうだな。すごく良い事があったんだ。



 これで色々な問題が一気に解決できそうだ。



 これもきっとシーナがオルメヴィーラ領に来てくれたおかげだ」



 俺は嬉しさのあまりシーナを抱きかかえるとそのまま村中を駆け回った。







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