第9話 オルメヴィーラ領開拓編ー5




――パタタ芋を植えてからあっという間に2週間が経過した。



今日は待ちに待った初めての収穫の日である。



昨晩、俺は遠足が楽しみで興奮して眠れない子供のように一睡もできず、結局そのまま朝を迎えてしまった。









少し重くなってきた瞼をこすりながら床に敷いた布団の上で横になりシステム画面を弄っていると、この家に近づいてくる足音があることに気づいた。



その静かな足音は徐々にこの家に近づいてくると通り過ぎることなくピタリと扉の前で止まり、それから小さな息遣いが微かに聞こえてきた。



システム画面を閉じゆっくり起き上がると、凝り固まった体をほぐすように一度大きく伸びをし、それから誰がいるのか確認するようにゆっくりと扉を開けてみた。




「領主様、おはようございます!」



「おう、シーナ、おはよう」



そこには天真爛漫な笑顔のシーナが立っていた。


実はあれから毎朝シーナと村の中を散歩するのが日課となっていたのだ。




「領主様、今日はなんだかとても嬉しそう?」


「なんだ。わかるか?」


「うん、だってずっとニコニコしているんだもの」



きっと子供の成長を見守る親の気分とはこういうものなのだろう。



毎朝順調に育つ芋を見ては、今か今かと心待ちにしていたのだ。



「シーナ、今日収穫が終わったら村のみんなを集めてパタタ芋パーティーをするぞ」


「本当!?」


「あぁ、本当だ」


「わーい パーティー♪ パーティー♪ パタタ芋パーティー♪」



シーナはよほど嬉しかったのか突然謎のパタタ芋パーティーの歌を歌い始めると、その場でくるくると飛び回り始めた。



「パーティー♪ パーティー♪ パタタ芋パーティー♪」



俺もついつられて躍り上がる。


シーナの真似をして両手を広げつま先を立てぐるっと大きく一回転!


さらにもう一度大きく一回転!!



――!?



俺の身体が半回転したところで、不意に村長の顔が目に飛び込んできた。




……村長の爺がなぜか俺のすぐ後ろで一緒になって踊っている。



「――おい、なんでいるんだよ」



「これはこれは、領主様、おはようございます。



いやいや、なんだかこちらから賑やかな声が聞こえたので何事かと来てみれば、二人が楽しそうに踊っているではないですか。



なのでこのわたしも是非一緒に混ぜてもらおうかと思いましてな」



「……あ、そう」


「それで、どうして領主様はこんな朝早くから踊っていらしたのですか?」


「ん、あぁまぁ色々とな」



はぁ……。



村長のおかげでなんだか急に気持ちが覚めてしまった。



「シーナ、もう朝ごはんにしようか」


「はい、領主様」


「んじゃ、そういうことだから村長」




少し悪い気もしたが俺はシーナの手を取ると、村長をおいてさっさとその場を離れることにした。


油断してたとは言え何の気配も感じさせずに俺の背後をとるなんて、村長は一体何者なんだ?


中央の井戸の辺りでちらっと後ろを振り向くと村長は未だに一人でくるくる回りながら踊り続けていた。



 ……深く考えるのは止めておこう。







太陽が丁度天辺に差し掛かった頃、俺は村人全員をパタタ芋畑の前に集めた。



「――おほんっ! えー、今日こうして無事に収穫の日を迎えられたのは、ひとえにここにいる全員のおかげだ。俺の言葉を信じてここまでついてきてくれて本当にありがとう」

 


俺は心からの感謝を言葉で伝えると体をたたむように深々と頭を下げた。



「オルメヴィーラ領主万歳!」



すると誰からともなく発せられた万歳三唱に人々は次々と口を揃え、拍手喝采が巻き起こった。



くそっ、泣きそうになるじゃないか。



俺は誤魔化すように上を向いて深呼吸すると目頭が熱くなるのを寸でのところで何とか堪えた。



「それじゃ今から収穫するぞ!」



「「「おーーー!」」」



みんなの気合の入った掛け声と共に初めての収穫作業がスタートした。




「領主様、どうやって収穫したらいいの?」



シーナは収穫が始まると同時にセドの手を引いて俺のもとに駆け寄ってきった。


セドは相変わらずシーナの服の裾を掴んで後ろでもじもじしている。



「まずはこうやって株の周りを手で丁寧に掘り起こすんだ。そしたらお芋さんが顔を出すだろ?」


俺はこぶし二つ分くらいの深さまで優しく土をどけていく。



「あっ、本当だ」



「そうしたら、株の根元をしっかり握って思いっ切り引っ張るんだ。ほら、こうやって!」



腰を落として根元を力いっぱい引っ張ると、まさに芋づる式にたくさんのパタタ芋が姿を現した。



「わぁぁぁ、領主様、凄い!」



「今度はお前たちの番だぞ。手伝ってあげるからシーナとセドもやってみるといい」



「うん、領主様。ねぇ、ほら。セドも一緒にやろう」



後ろに隠れていたセドもひょっこり顔を出すとシーナの言葉に小さくコクコクと頷いていた。






それから僅か一時間、全てのパタタ芋の収穫が完了した。



「――思っていた以上の収穫量だな」


 ざっと見ただけでも100kg以上はありそうだ。


 この作付面積でこれだけ収穫できるなら、本当に食料事情が一変しそうだ。


 とは言え毎日芋料理は勘弁したいところだけどな……。




 そんなこんなで無事収穫が終わると今度は念願のパタタ芋パーティーを開催すべく各グループに分かれて料理を作っていく。



 こういう時女性陣は非常に頼りになる。


 普段あまり料理をしない男たちは何をしたらよいのかわからず右往左往していると彼女たちはそれぞれに指示を出し手際よく準備を進めていく。



 薪集め、火おこし、水汲み、テーブルやお皿のセッティングなど雑用だけでもやる事は結構多い。男たちが四苦八苦しているとテーブルの上には次々とパタタ芋料理が所狭しに並べられていく。



 ふかし芋、焼き芋、パタタ芋サラダ、芋チップにフリッツ、更にはポタージュからパンケーキまで。


 それほど手の込んだ料理という訳ではないのだろうが、どれもこれも非常に旨そうだ。

 


 そうこうしているうちにパタタ芋パーティーの準備も終わり、皆それぞれ手にコップを持ち出来立ての料理を前に今や遅しと開催の合図を待っていた。

 

 俺はみんなに促されるように広場の中央に立つと一度軽く咳払いをしてからコップを高らかに上げた。


 「みんな、今日はありがおう。今日はいっぱい飲んで食べて明日からまた頑張ろう!


 ――乾杯っ!」



 「「「乾杯ーーーーっ!」」」



 村中に響き渡るような大きな乾杯の声と共に念願のパタタ芋パーティーはスタートした。

  


「領主様」


「ん? なんだ?」


「領主様が作ったこの料理とっても美味しいです」



 コップを片手にどの料理を食べようかと目移りしていると隣にいたシーナが俺の作った芋チップをまるで頬っぺたが落ちそうなほど美味しそうにパクついていた。


 「そいつは良かった」


 普段料理をしない俺なのだが、折角の機会なので一品だけ挑戦してみた。

とは言え小難しい料理が俺に作れるわけもないので、何か簡単なものはないかと検索して出てきたのがこの芋チップという訳だ。



 作り方は至ってシンプル。



 パタタ芋を薄く切って油で揚げるだけ。


 きつね色に揚がったらお皿に取り出し、最後に塩をぱらっと一振り。


 ただこれだけでこんなに美味しくなるのだから、この料理を考えたやつはきっと天才に違いない。


 それからしばらく目の前の料理に舌鼓を打っていると村長がえらくまじめな顔で話しかけてきた。



 「――領主様、今日はありがとうございました」



 「どうしたんだ、急に?」



 「いえ、再びこの場所でこんな楽しい時間を過ごせるなど、わたしは夢にも思っていませんでした。

これもすべて、すべて領主様のおかげです」


 「さっきも言ったが俺だけの力じゃ、こうは上手くいかなかったよ」


 「わたしは村長でありながら、今までこの村の為に何もできませんでした」


 「そんなことはないと思うぞ。村長がいなければ、とっくにこの村はなくなっていたさ」



 「そうでしょうか。いえ、そう言ってもらえただけで救われたような気がします。

――領主様、本当にありがとうございました」



 村長は今まで見せたことがないような真面目な顔で二度三度礼すると再びみんなの輪の中に戻っていった。



 村長は村長できっと色々と苦労してきたんだろうな。


 周りを見渡せばどこからともなく笑い声が聞こえてくる。


 こうして少しでもみんなが笑顔になってくれたんだから、オルメヴィーラの領主になって良かったかもな。



 俺はいつの間にか天高く昇っていた月を見て、手に持っていた酒を一気に飲み干した。


 あれだけ沢山にあった料理もすべてみんなの腹の中に納まり大盛況だったパタタ芋パーティーもそれから程なくしてお開きとなった。





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