第10話 オルメヴィーラ領開拓編ー6




あの楽しかったパタタ芋パーティーからもう数か月が経過しようとしていた。



サビーナ村は俺が初めて足を踏み入れた時とはまるで雲泥の差と言えるほど活気に満ち溢れていた。


あれだけ荒涼としていた畑にはいくつもの作物が植えられ、太陽の恵みをいっぱいに浴びた葉は生命力が溢れんばかりにその身を大きく広げている。収穫時期を迎えた熟れた赤い実は枝が頭を垂れる程たわわに実り、子供たちが大人と一緒に大きな籠を抱え収穫に勤しんでいた。




「あっ、領主様、おはようございます!」


「おはよう。今日も朝から精が出るな」


「へへへっ。そうだ、見てくださいよ、領主様。もうそろそろ葡萄が収穫出来そうなんです」



「こりゃ立派に育ったもんだな」


「はい。これもみんな領主様のおかげ様です。収穫が終わったら真っ先に領主様の所に持っていきますね」


「ありがとう。なんだか悪いな」



「良かったですね、領主様」


「そうだな。あとで一緒に食べようか、シーナ」


「いいんですか?」


「もちろんだ」




俺は隣を並んで歩いていたシーナの頭を優しく撫でてやる。


あれから日課の早朝散歩は毎日欠かしていない。



あの頃と変わった事と言えば、村人の誰もが俺を見かけると笑顔で挨拶をしてくれるようになったこと、さらにセドも散歩のメンバーに加わったことだろうか。



「りょ、領主様、あれは、なんですか?」


最近になってようやくセドからも話しかけてくれるようになった。


「あれか。あれは小麦っていうんだ」



歩いていると熟した麦の香ばしい匂いが風に乗って流れてくる。

収穫時期を迎えた小麦は太陽の光が当たるときらきら輝き、田園一面はまるで黄金色の海の様に揺らめいていた。



「小麦が取れれば色々な料理が作れる。美味しいパンだって作れるようになるぞ」


「本当!? 僕、パン大好き」


「そうか。それじゃ今度はセドの為にパン祭りをやらなくちゃな」


「う、うん!」


セドはよほど嬉しかったのか、俺の手を両手で掴むと左右に大きく振り、まるで太陽のように顔をほころばせていた。






――あれから農作物の収穫量は順調に増えている。


 毎日徐々にではあるが作付け面積を増やしながら、新しい作物を次々と植えている。



 米、麦、芋、大豆、トウモロコシ、キャベツ、大根、トマト、スイカに葡萄、それからえーっとなんだったっけかな。


 とまぁ、兎に角、数えきれないほど沢山だ。



 さすがにパタタ芋ほど短期間では収穫出来ないが、それでも通常では考えられないほどのスピードで作物が育っている。



「まさか、こんな短期間で村がこれほど豊かになるなんて、まるで夢のようです。わたしが言った通りやはり領主様は我らの救世主様じゃ!」



「村長、もうそれはいいから」



「――領主様!」


「ん?どうした?」


村長と立ち話をしていると先ほど葡萄を持ってきてくれると言っていた男が駆け寄ってきた。


「あの、領主様。移住希望者が村の入り口で領主様をお待ちです」


「ん? あぁ、そうか。わかった。いますぐ行くよ。シーナ、セド、悪いけど今日の散歩はここまでだ」



「「はい、領主様」」



実は徐々にではあるがサビーナ村への移住希望者が増えてきているのである。



特に宣伝や勧誘などしていないのに、どうやってか噂を聞き付けた人々が仕事や食料を求め、既に今月に入ってから20人以上がこの村に移り住んでいる。



人が着実に増えてきたのはいい事なんだが、それに伴って様々な問題も増えてきた。


さしあたって今すぐ問題になりそうなのは住居だ。


今までは空き家をうまく活用していたが、そろそろそれも限界だ。


これ以上人が増えるようなら新しい家を建設していかなければならない。




それから農地ももっと広げていかなければダメだろうし、安定して供給できる農業用水も必要になってくる。


今のところは雨が定期的に降ってくれてはいるが、また以前のような大干ばつにあうとも限らない。



人が増えることで出来ることも多くなったが、それ以上に必要なものも増えてくる。



流石にこれ以上規模が大きくなっていくと、とてもじゃないが俺一人だけでは対応しきれないな。



うーむ。さて、どうしたもかな……。





「――という訳でみんなに集まってもらったんだが、誰か俺の秘書兼右腕として仕事を手伝ってくれる奴はいないか?」



集まった村人たちは俺の言葉に黙ったまま、お互いの顔を見合わせていた。


やれやれ。学校のクラス委員長を決めるときの先生の気持ちが初めて分かったよ。


まっ、俺自身が自ら火中の栗を拾うような人間じゃないから何も言えないけどな。



 数十秒間沈黙が続いたが、それを打ち破るように一人の男が自信満々の顔で、すっと静かに手を上げた。



「――仕方ありませんな。


領主様もお困りのようですし、このわたしがお手伝い致しましょう」




静寂の中、いの一番に手を挙げたのは村長だった。




「えっと、そうだな。うーん、あぁ村長は、大丈夫かな」


「ど、どうしてですか!?」


「それはあれだ。村長には村全体の事を見てもらわなきゃならないし、できれば他の人の方がいいかな」


「……そうですか、領主様がそうおっしゃるなら仕方ありませんな」



村長は少ししょんぼりした様子であげていた手をスルスルと降ろした。




ふぅ。素直に諦めてくれて助かった。



あの爺さんと毎日朝から晩までずっと一緒にいたら頭がおかしくなって逃げ出してしまいそうだからな。



とは言え他に誰か頼める人もいなそうだし、さて困った。



俺が顎に手を当てその場でぐるぐると回りながら頭を悩ませていると、見るに見かねたのか一人の女性がゆっくりと手を挙げた。



「私でよければお手伝い致しましょうか?」




アザーワールド・オンラインにはいくつもの種族が存在していて、エルフ族はプレーヤーに人気のある種族の一つである。

実際ゲームプレーヤーの5人に1人はキャラメイクでエルフ族を選択しているくらいだ。



エルフ族というと神聖な森の奥でひっそりと暮らしているイメージだが、王都やドウウィンの街でも人間に交じって普通に生活をしている。


「確か君の名前は――」


「ラフィテアと申します」


軽く一礼した彼女の耳にはエルフ族特有の尖った耳がぴんと立っていて、長く艶のある黄金色の髪を後ろで束ね、細く縁の黒いメガネをかけていた。


愛想は、まぁお世辞にもあるとは言えないが、知性的でなかなかの美人と言って間違いないだろう。


 「本当にいいのか?」


「はい。以前エンティナ領主の元で似たような仕事をしていましたから」



「そうか、それは心強いな。――これからよろしく頼むよ、ラフィテア」


「はい、こちらこそよろしくお願いします」



人材確保に苦戦するかと思いきやこうして無事美人のエルフ秘書をゲットすることが出来たのであった。



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