ドワーフ王国のドワ娘姫ー14
「――なっ!」
俺は思わず自分の目を疑った。
いや、目を疑ったのはこの場にいる全員だったに違いない。
「――おい、オルテガ」
「へ、へい」
「こいつをどこで手に入れた」
ガイアは酷く冷静に、しかし怒気をはらんだ低い声でオルテガを問いただした。
「た、たった今、酒場で手に入れたんす。こいつのおかげでいま街中大騒ぎですよっ!」
「ねぇ、ラック! なにがどうなってるの?!」
後ろから覗き込んでいたノジカもさすがに動揺を隠せずにいる。
「俺にもわからない」
俺も少なからず驚いたが一旦冷静になってもう一度記事の内容に目を通すと、そこにはフレデリカがカラドボルグに帰国途中野盗に襲われ殺された、とそう記されていた。
「ノジカ。お前もちゃんと読んで見ろよ。ここに書いてある内容は全くの出鱈目だ」
「そ、そうなの?」
「そりゃそうだろう。だって俺たちついさっきまでドワ娘と一緒にいたじゃないか」
「そ、そういえばそうだったね」
しかし、どうも腑に落ちない。
なんでこんな無茶苦茶なものを記事にしてばら撒いたんだ?
ドワ娘が姿を見せればこんな嘘すぐにバレてしまうだろうに……。
――これじゃまるで本当に
ドンッ、ドンッ、ドンッ!
突然、激しく扉をたたく音が店内に響き渡った。
「ったくうるせぇな。こんな時に一体なんなんだっ!」
ドンッ、ドンッ、ドンッ!
「いま開けるからそんなに乱暴に叩くんじゃねぇよ」
こちらの声を無視するかのように続くノックの音。
ガイアは不機嫌そうに椅子から立ち上がるとぶつくさ言いながら入り口の扉に手をかけた。
「おいっ! てめぇ、いい加減に――」
そうガイアが口にしようとしかけた刹那、フードを被った男がドサッと大きな音を立て勢いよく床に倒れ込んできた。
「お、おい! 大丈夫かっ!」
男はその場で倒れうつ伏すとくぐもったうめき声をあげるだけで、こちらの声には応答しなかった。
「ったく今日はなんて日なんだよっ! おい、オルテガ。ぼさっとしてねぇで手貸せっ! どうも怪我してるみてぇだ。まずこの邪魔くさいフードを脱がすんだ」
「へ、へいっ!」
「おい、あんた。しっかりしろっ! 大丈夫か? おい!」
「親方っ! この人って……」
言われるがままフードを脱がせていたオルテガの手が突然止まった。
「んあ、なんだ? どうしたオルテガ」
「――ドボルゴ」
その聞きなれた名前に全員の視線が一斉に倒れている男に向かった。
フードの下から現れたのはドワ娘と一緒に行動を共にしていたはずのドボルゴだった。
「ドボルゴじゃねぇかっ! おいっ! 一体何があった!」
「ぅっうっぅぅ」
全身に傷を負い変わり果てた姿となったドボルゴは呼びかけに答えることなく、ただただ小さく呻き声を上げると、そのまま意識を失ってしまった。
「くっそがっ! おい、オルメヴィーラの領主! 奥まで運ぶから、ちょっと手ぇ貸せ!」
「わかった」
「オルテガ! お前は急いでハンス先生を呼んで来いっ!」
「へ、へい!」
オルテガはそう短く返事をすると慌てた様子で夜の街へと一目散に駆けていった。
「タフィー。悪いが綺麗な布とそれから井戸から水を汲んできてくれ」
「うん、わかった」
「ボクも手伝うよ」
「ありがとう、お姉ちゃん」
二人が水汲みにいっている間、俺とガイアはドボルグの両脇を抱え、店の奥まで慎重に運ぶと、革張りの長椅子にそっと身体を寝かせた。
「しかし、一体誰がこんな酷い真似しやがった」
ドボルゴの全身の至る所にかまいたちにでも襲われたかのような細かい切り傷が無数にあり、それから胸当ての背中の部分には大きな刀傷まであった。
「ドボルゴは大丈夫なんだよね?」
「ノジカだったか? なぁに心配はいらねぇさ。確かに酷い傷だがドワーフ族ってのは頑丈なのが取り柄だ。それにこの男はそう簡単にくたばったりしねぇ」
「……なら良かった」
それを聞いて少し安心したのか、ノジカは安堵の胸を撫で下ろした。
幸いなことに致命傷はなく傷が浅かったため出血は少なかったが、怪我のせいで体全身がひどく熱を帯び、時折熱にうなされていた。
タフィーとノジカが交代で木の桶に汲まれた冷たい井戸の水で傷口を拭いていると、ややあってオルテガが街医者のハンスを連れて戻ってきた。
「――命に別状はありませんが、しばらくは安静が必要ですね」
一通り治療を終えたハンスは持ってきた木製の箱を開けると道具を片付け始めた。
「先生、いきなり呼び出して悪かったな」
「気にしないでください。これも医者の務めですから。念の為、わたしが調合した薬を置いていきますから、もし熱が引かないようなら飲ませてあげてください」
治療道具が入った箱とは別に持っていた麻布のカバンから数種類の薬を取り出すとタフィーに手渡した。
「ありがとうございます」
「分かっていると思いますが、傷が完全に癒えるまではくれぐれも無理はさせないように」
ハンスは念を押すようにそう言い残すと荷物をまとめ、足早に炎の金づち亭を後にした。
「ねぇ、ラック」
「ん?」
「フレデリカ、大丈夫かな」
ドボルゴの額の上の濡れた布を交換していたノジカが独り言のような小さな声で呟いた。
「そんなに心配しなくても、あいつなら今頃どこかでぴんぴんしてるさ」
「……そう、だよね」
とは言ったもののドワ娘の身にも危険が及んでいてもおかしくはない。普通に考えればドボルゴはトールキンの手の者に襲われた可能性が非常に高い。
俺たちを襲った奴らが後から追ってきたのかもしれない。
もし仮にそうだとしたら最悪あの記事に書いてあったことは……、いやいや。
いまは憶測だけで考えるのは止めよう。
次々と浮かんでくる悲観的な考えを振り落とす様にゆっくりと首を振った。
ここであれこれ考えていても答えは出ない。
どっちにしてもドボルゴの回復を待って話を聞くしかないか。
何をするにしてもまずはそれから、だな。
それからしばらくはノジカとタフィーが付きっきりで看病していたのだが、ハンスが置いていった薬が効いたのだろう、ドボルゴは寝息を立ててぐっすり眠っていた。
「――お前ら、今晩泊まる場所はあるのか?」
「いや、まだ何も」
「そうか。なら二階の空き部屋を使うといい。――おい、タフィー。部屋の用意をしてやりな」
「はーい」
「いいのか?」
「ふんっ! 俺達は受けた恩義は必ず返す。それがドワーフ族だ」
ガイアはぶっきら棒にそう答えると、金槌を片手に工房へと戻っていった。
俺たちはガイアの言葉に甘え炎の金づち亭で一晩明かすことにしたが、結局その日フレデリカが炎の金づち亭に姿を現すことはなく、ガラドグランの夜は更けていった。
翌朝、深い眠りの海を彷徨っていた俺は、船の警笛の様なタフィーの甲高い声で目を覚ました。
「――まだ傷口が塞がってないんだから、起き上がっちゃダメだよっ!」
「うるさい! ワシはこのような場所で寝ているわけにはいかんのだ!」
欠伸を噛み殺し寝ぼけ眼を擦りながら部屋の扉を開けると、そこにはベッドから起き上がろうとするドボルゴを必死で諫めているタフィーの姿があった。
「タフィー、こんな朝早くからどうしたんだ?」
「あっ! ラックさん。丁度いい所に。ドボルゴさん、まだ怪我が治っていないのに姫様を助けに行くって聞かないんです」
「ふんっ! この程度の傷、唾でもつけておけば治るわ!」
「おいおい、少しは落ち着けよ。いくらドワーフだってその傷で無理をしたら今度こそどうなるかわからないぞ」
「このドボルゴ。姫様の為なら自分の命など微塵も惜しくないわ」
やれやれどうしてこうドワーフ族の男ってのは頑固の塊みないなんだ。
「あのな、その怪我で何が出来るんだ。あんたひとりで本当に助けられると思っているのか?」
「くっ!」
ドボルゴは言拳を固く握りしめたまま言葉を詰まらせると、何も言い返せずに沈黙した。
「居ても立っても居られない気持ちは分かるけど、ドワ娘を助けるために少しでも身体を休ませるのが先決だと思うぞ」
「そうだよ。ハンス先生も傷が治るまでは安静にしてなさいって言っていたんだから」
「し、しかし!」
「ドワ娘の事を心配しているのはなにもあんただけじゃないんだ。
俺もノジカもタフィーも心配してる、それにガイアも」
「うぬぅぅ」
「ドワ娘を助けるためにみんなの力が必要だ。それはあんたの力もだ、ドボルゴ。
だから今は大人しく休んでいてくれないか」
ドボルゴはしばらく目を瞑って何度か深呼吸をした後、握った拳から力を抜きゆっくりとベッドに横たわった。
「――姫様を救えんかったら、貴様を一生恨むからな」
そう言うとドボルゴはこちらに背中を向け布団に潜り込んだ。
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