ドワーフ王国のドワ娘姫

ドワーフ王国のドワ娘姫ー1





「ねぇ、まだサビーナに着かないの?」








ノジカは馬車の荷台で退屈そうに寝転んでいる。




ゴトーを出発してから既に二日が経っていた。






「まだ半分も来てないぞ。俺がゴトーに着くまでに一週間はかかったからな」






「えーー! まだそんなにかかるの? ボク、一体どこまで連れていかれちゃうんだろ。知らない土地に無理やり連れていかれて、きっと端金で売られちゃんだね。しくしく」




「俺は奴隷商人か! ったく誰かが聞いてたら誤解するだろうが」






「大丈夫だよ。こんな田舎の道、滅多に誰も通らないよ。……それにしても平和だね。何か面白い事でも起きないかなぁ」






「面白いってあのな、そういうフラグを立てるような事言うんじゃ――」






「しっ! ちょっと静かにして」








ノジカは突然俺の唇に人差し指を押し当て言葉を遮った。




彼女は急に真剣な表情をすると目を閉じ猫耳をぴんと立て周囲の様子を窺っている。








馬車の足音だけが響く中、二人が沈黙をまもったのはわずか数秒足らずだった。






「――誰かの悲鳴が聞こえる」






彼女は独り言のようにぼそりと呟いた。




俺も神経を集中し耳を澄ましたが、聞こえるのは馬の蹄と車輪の音だけ。








 「……俺にはなにも聞こえないぞ?」






 「猫人族はとっても耳がいいんだ」






 「場所は近くなのか?」






 「うん、ここからそれほど遠くないと思う。――ねぇ、ラック、どうする?」






 どうするって聞かれてもな。






 言葉では俺に判断をゆだねているが、どう見てもノジカは助けに行く気満々の顔をしている。






 「どうするも何も悲鳴が聞こえたのに、気が付かなかったフリは出来ないだろ?」






 「さすが領主様!」






 「それで、どっちの方角だ?」




 「あっち!」








 ノジカが身を乗り出し指さしたのはサビーナ村とは明後日の方角だった。
















 一台の馬車がまともに舗装されていない悪路を、黄色い土煙を上げながら猛スピードで走っている。






 この離れた距離からでもガタガタと荒っぽい音が聞こえそうなほど車体は不安定に揺れ、今にも横転しそうである。






 こんな長閑な景色の中そんなに急いでどこに行くんだろうと首を傾げてしまいそうだが、すぐに答えが判明する。






 土煙の中から馬車の後を追うようにもう一台馬車が現れたのだ。






 後ろから急接近してきた馬車は物凄い速度で迫ると横から何度も勢いよく車体をぶつけ、前の馬車を転倒させようとしていた。






 なるほど。






 どうやらノジカの察知した悲鳴は襲われている馬車から聞こえてきたものだろう。






「ノジカ、しっかり掴まってろよ!」




「うん」






 俺は手綱を強く握ると、馬の尻を鞭で思いっきり引っ叩いた。












 二台の馬車はしばらく小競り合いを繰り広げていたが、前を走っていた馬車は本道を外れ押し出されるように脇にある林道に突っ込んでいった。






 襲撃していた連中もまた逃がさまいと直ぐに後を追って林の中に消えていった。






 その直後――






 まるで森に落ちた雷が木々を真っ二つに切り裂いたかと思われるほどの激しい音が辺りに響き渡った。








 木の枝に止まり羽を休めていた小鳥たちは、けたたましい声をあげ一斉に空へ飛び立っていく。






 「ラック!」






 ノジカは俺の腕にしがみつくと心配そうな目つきで俺の顔を覗き込む。






 「わかってる! 喋ると舌を噛むから口を閉じてろよ」






 ノジカは黙ってうなずくと、二人を乗せた馬車は速度を落とすことなく後を追って林道へ突入した。














 ――目の前には巨木に激突し無残にも大破した馬車の姿があった。






 車輪は歪み、車軸は真ん中で見事に折れ曲がり、車体も原型を留めないほど壊れてしまっている。






 そしてそれを囲むように頭から足の先まで薄汚れた布で身を隠した得体のしれない人影が3つ。




 手には短刀が握られている。






 どうもただの野盗とは違うようだ。






 馬車を飛び降りた俺は腰にぶら下がった剣に手を当て、ノジカを後ろに下がらせる。






 「おいっ! そんな物騒なものチラつかせて、こんなところで何やってるんだ」






 「…………」




 俺の質問に誰一人として口を開こうしない。






 これは久しぶりに一戦交えることになりそうだな。






 気が付けば剣を握っている手が緊張で汗ばんでいる。






 「なんとか言ったらどうだ」






 林の中で俺の声だけが再び静かに木霊する。








 俺が慎重に相手との間合いをはかっているとリーダー格らしき人物が突然持っていた短刀を鞘に収め、他の二人に目配せを交わした後、三人は何を言うでもなくあっさりそのまま引き下がって行ってしまった。






 「ふぅ」






 剣から手を離すと緊張感から解放され自然と安堵のため息が漏れた。






 てっきり襲ってくるかと身構えていたが、何もせず引き下がってくれてよかった。








 「あれ、何だったんだろうね?」






 「わからない。ただ、野盗の類ではなさそうだったけどな」






 「そっか。まぁボクたちがあれこれ考えてもわからないよね」






 「そうだな。それより逃げたあいつらのことを考えるよりもまずはこっちが先だな」






 振り返って視線を壊れた馬車に戻すと、そこには斧を構えた老齢の男が俺たちを威嚇していた。






 背丈は俺の胸の高さくらいでとても矮躯だが、非常に屈強な体つきをしていて、白く豊かな髭が非常に印象的な男だった。






 なるほど、ドワーフ族か。






 「貴様ら、これ以上近づくでない!」






 「ちょっと落ち着いてくれ。俺たちは通りがかりに悲鳴が聞こえたから様子を見に来ただけなんだ」






 「ふんっ! 人間共がわざわざそんな事をするものか。そうやってわしらを油断させて亡き者にしようという魂胆だろ。






 このドボルグ、いくら年老いたとはいえそこまで耄碌しておらんぞ!」








 ……ダメだ、こりゃ。






 気が立っているせいか俺の言葉なんてこれっぽっちも聞く耳を持ってない。






 まぁ、こんな目にあった直後にいきなり見ず知らずの人間の言葉を信じろって言う方が無理か。








 「――爺、その辺にしたらどうじゃ?」






 興奮冷めやらぬドワーフを前にどうしようか悩んでいると男の背後から光沢のある銀色の髪をツインテールに結った小柄なドワーフの娘がすっと現れた。






 男のドワーフ程ではないにせよ、服の上からでもわかるほど筋肉質で腕力や生命力に溢れているのがわかる。






 「前に出ては危のうございます。このドボルゴが命を懸けて守りますゆえ、どうかお下がりください」






 「爺、大丈夫じゃ。この人間からは敵意を感じん。わらわを襲ったものたちとは関係ないじゃろ」






 「し、しかし……」






 「爺。この者達が助けに現れなかったら、わらわ達が今頃どうなっていたか」






 「それは、確かにそうかもしれませんが……」






 「わらわはこれでも人を見る目はあるつもりじゃ。それともなにか? 爺はわらわの目が節穴だと思っておるのか?」






 「そんなっ! とんでもございません。その凛とした美しい目はまさに心眼。




その事は他の誰よりも存じ上げているつもりです」






 「なら何の問題もないのではないか?」






 「……は、はい。仰る通りです」




 あれだけ気が立っていた老齢のドワーフも飼いならされた犬の様にすっかり大人しくなってしまっていた。






 「――折角助けてもらったのに、爺が失礼な態度を」






 「いや、別に気にしていないさ。それにあの状況じゃ誰だって警戒するのは当たり前だろ?」






 「そちらの猫人も気を悪くしないでもらえると助かる」






 「ね、猫人ってボクの事!? まっ、まぁいいか。えっと、ボクも全然気にしてないよ」






 「そうか。二人とも感謝するぞ。




 それはそうと――、お主たちは一体どこの誰なんじゃ?」






銀髪のドワーフの少女は制止する老齢のドワーフを押し退けると1歩前に歩み寄り奇妙な二人組に好奇心の目を向けていた。






 そう言えば、まだ名乗ってなかったな。






「俺はラック。オルメヴィーラ領の領主をやっている。




 んで、こいつは――」




 「ボクは猫人族のノジカだよ。職業は建築家」






 「ふむ。オルメヴィーラ領主に猫人族の建築家とは面白い組み合わせじゃな」






 なにがそんなに面白いのか分からないが、少女は興味深そうに俺たちを交互に見やっている。






「俺から言わせればあんた達の方が余っ程興味深いけどな」






 「何故じゃ」






 「なぜってそりゃあんな怪しげな連中に襲われている時点で誰だってそう思うだろ? あんたたちこそ一体何者なんだ?」






 「――どうしてお前たち人間族にわしらの事を話さねばならん!」






 それまで少女の後ろで黙って威嚇し続けていた老齢のドワーフがいきなり話に割って入り食ってかかってきた。






 どうしてってそりゃねぇ。






 「ドボルゴ。ドワーフ族の顔に泥を塗るつもりか。お互い名乗るのが礼儀であろう?」






 「し、しかし、姫様――」






 姫様?






 いま、姫様って言ったか?






 「わらわが良いと言っているのだ。これ以上恥をかかせるな」






 「も、申し訳ございません」






 どうも彼女には頭が上がらないようで、ドボルゴは片膝をつき地面にめり込みそうな勢いで頭を下げた。






 「ラックにノジカ、失礼したな。






  ――わらわの名前はフレデリカ。






 ドワーフ王ナウグリムの一人娘、フレデリカ・ヴィオヲールじゃ」












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