エンティナ領編ー4
「なぁ、ちょっといいか?」
「へ? わたしですか? ちょっとお待ちください」
両手を回しても届かないくらい太く束ねられた藁を肩に担いでいた青年はそれを荷台に勢いよく投げ込むと、何事かと慌ててこちらまで走り寄ってきた。
「領主様、何か御用でしょうか?」
「仕事中呼び止めて悪かったな。ちょっと二、三、話を聞きたいことがあるんだ」
「わたしにですか?」
「そうだ」
「わたしに答えられることでしたらいいのですが……」
「別にそんな難しい事を聞こうってわけじゃないさ」
「はぁ」
「お前、名前は?」
「マルコと申します。ドウウィン出身のマルコ・ローポーです」
ドウウィン出身か、それは丁度いい。
「なぁ、マルコ。マルコはいつオルメヴィーラ領に移住してきたんだ?」
「え? あぁ、そうですね。……ここに来てもう一ヶ月になるかもしれません」
「一ヶ月か。割と最近なんだな。で、どうだ、ここの生活は?」
「皆いい人ばかりでお陰様で楽しく過ごせてます。勿論大変な事もありますけど、住む場所もあって着る物もある。毎日飯もたらふく食べられますし、働いた分だけちゃんと給金も頂ける。これ以上望んだら罰が当たりますよ」
「そりゃ良かった」
「これも全部、領主様のおかげだと皆感謝しています」
「そうか。……ところでマルコはどうしてドウウィンの街から移住してきたんだ?」
「あそこは我々みたいな一般市民が真っ当な生活を送れる街ではなくなってしまったんです。ドウウィンはもうダメかもしれません」
「もうダメ? もうダメというのはどういう意味だ」
男は数秒黙った後、上を見上げ何かを思い出したのか深い失望、落胆のこもった溜め息を吐き、それからゆっくりと重い口を開いた。
「領主様もご存じだとは思いますが、この王国は長年にわたる魔族との戦いで疲弊しています。戦地に駆り出された兵士や冒険者が再び街に戻ってくる事は殆どなく、残されたのは年寄りと幼子ばかり。働き手は年々減る一方ですし、食料や医薬品は品薄状態が続いて値段はもう青天井」
「それは大変だな。でも、それは今に始まったことじゃないだろ?」
「えぇ、それはそうなんですが、追い打ちをかけるようにエンティナ領の領地税がここの所立て続けに上がっておりまして……」
「それで生活が立ち行かなくなってここに来たのか?」
「はい。その税金も最初は微々たるものだったのですが、月を追うごとにその額が増え、その日を過ごす身銭さえ困るようになってしまったのです」
「そんな事していたら領民の反感を買うだけだろうに」
「はい。生活に困った一部の者たちが抗議の声を上げ、陳情書をもって領主様の元へ伺ったのですが一切相手にもされず門前払いされ、終いには領主に逆らったとして
反逆罪で投獄される者まで現れたのです」
「無茶苦茶な話だな」
「それでも皆なんとか生活を切り詰め生活していたのですが、どうしても立ち行かなくなった領民たちが領主様からお金を借りるようになったのです」
「エンティナ領主から?」
「はい」
エンティナの領主はそんな事までしているのか。
「借金をしてそれでも何とか生活できる様になったのですが、毎月来る法外な利子と借金の返済。当然皆次第に返せなくなり、延滞した者たちは有無を言わさず男女子供問わず次々と奴隷商人に連れていかれたのです」
「なんて酷い」
「住人が減り税収が減るたびに領地税は上がり続けています。あの街はもう死を待つだけです」
マルコは諦めたように首を横に振った。
元凶は魔族との戦いのせいであるとはいえ、ドウウィンの街の人々の生活が苦しくなったのはこの領地に移住者が殺到したことが原因の一つとも言えなくもない。
領民が増えることは嬉しいけど、正直複雑な気分だ。
それにしてもその領主をなぜ王国は放置しているのだ。
「……でも、領主様」
「ん?」
「わたしはオルメヴィーラ領に来れて幸せです。今度休みを頂いたらドウウィンに行って知り合いを誘ってみようと思います。よろしいでしょうか、領主様?」
「あぁ、もちろんだ」
「ありがとうございます。……しかし、こんなわたしのつまらない話でよかったのですか?」
「つまらなくなんかないさ。マルコ、助かったよ」
「そうですか。お役に立てたようで良かったです。では、わたしはそろそろ仕事に戻ますね」
「手を止めさせて悪かったな。ところでマルコはドウウィンで何の仕事をしたいたんだ?」
「お恥ずかしながら子供たちに勉強を教えていました」
マルコは帽子を脱ぎ恐縮そうにペコペコと頭を下げると、再び大きな藁を担ぎ疲れた様子も見せず次々と荷台へ運んでいった。
「――なんだか大変なことになっているみたいだね」
「そうだな。俺が口出しすることじゃないのかもしれないけど、領民が困窮しているのに次々と税金を課して法外な金利で金を貸し付ける。あまつさえ払えなくなったら奴隷商人に連れて行かせるなんて領主のやる事か?」
きっとシーナやセドの様な年端のいかない子供たちも奴隷商人に連れていかれてしまっているのだろう。
「領主様……」
隣で話を聞いていたシーナはかつての自分の境遇を思い出したのか、心配した様子でこちらを見つめ俺の手をぎゅっと握りしめた。
「そんな悲しそうな顔をするな、シーナ。ドウウィンの実情を知ってしまった以上無視するっていう訳にもいかないし、オルメヴィーラ領の領主として何とかするさ」
「何とかするって簡単に言うけど、どうするつもりなの? ……まさか、エンティナ領に乗り込むつもりじゃないよね?」
「まさか。領地税が高くて領民が困窮してるっていう理由だけでエンティナ領に乗り込んだら大変な事になるぞ」
「なら、どうするのさ?」
「取り敢えずマルコの話が本当かドウウィンを調べる。もし今の話が本当なら希望者を全員この領地に連れてくる」
「ぜ、全員!?」
「そうだ」
「そんな事してエンティナの領主が黙っているとは思えないんだけど……」
「だろうな」
「だろうなって、あのね……。エンティナ領の領主が怒ってここに攻め込んできたらどうするのさ」
「お互い王国から領地を預かっている身。この状況下で隣接する領地同士の些細ないざこざで兵を動かすなんて馬鹿なことはしないだろ」
「本当にそうかなぁ」
「心配性だな、ノジカは」
「ボクが心配性なんじゃなくてラックが楽観的なだけだと思うよ」
「そうかもしれないな。まっ、この事は追々みんなと相談してみるさ。よく考えてみれば俺エンティナ領主の事何にも知らないからな」
「はぁ、よくそれで何とかするって言えるよね」
「ノジカさん、領主様は言ったことは必ず守ってくれます」
「……なんだかまた色々と大変なことになりそう。ボク本当にとんでもない領主様についてきちゃったのかも」
「ノジカ、頼りにしているぞ」
「はーい」
帰りの道中、行きとは打って変わって魔導帆船の船内は静まり返っていた。
久しぶりに外出にはしゃぎ疲れたシーナは帆船が動き出すと直ぐにすぅすぅと寝息を立て、隣に座っていたノジカも日頃の仕事の疲れからか程なく眠りに落ちた。
二人の足元置かれた大きな籠には色とりどりの果物が入っており、船内には何とも言えない甘い香りが眠気を誘うように漂っていた。
俺は二人の安心しきった寝顔を後目に欠伸をかみ殺すと操縦桿を握り直し帰宅の途に就いた。
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