ドワーフ王国のドワ娘姫ー28





 「そ、そなた。その手に嵌められているのは王家の指輪ではあるまいな!?」






 なぜかナウグリム王の言葉の端々に動揺が感じられる。






 王はその場で立ち上がり一歩足を踏み出すと唇を半開きにし、目を盛んにしばたたかせ、震えるその手で指輪を指さしていた。






 「えっ、あぁ、これの事ですか? 確かドワ、いや、フレデリカ王女がそんな事言っていたような」








 ドワ娘の顔を窺うと、なにやら不敵な笑みを浮かべている。








 「その指輪、ドワーフ族にとって大切なもの。そなたはその指輪を身に着ける事が何を意味するのかわかっておるのか?」






 意味、意味って……え?






 非常に、非常に嫌な予感がする。






 「元々フレデリカ王女に返すつもりでしたので、それ程大切なものなら今すぐにでもお返しします」






 ――あれ?






 慌てて指輪を外そうとするが、いくら引っ張ってみてもびくともしない。






 俺の顔からは笑顔が消え、全身に尋常じゃない程の脂汗が滲んでいく。






 「ちょ、ちょっと待ってください」






 あ、あれ、おかしいぞ。本当に全然抜けない。抜ける気配すらない。




 まるで指輪そのものが身体の一部にでもなってしまったかのようだ。






 「……無駄だ。その指輪そう易々とは外れぬぞ」




 「え?」






  俺は王の言葉の意味を理解できずに、しばらくの間、頭の中で反芻させた。






  外れない?






 「ど、どういうことですか!?」






 「やはり、知らぬようだな」






 ナウグリム王は深くため息をつくと、隣に立っていたドワ娘に睨むような鋭い視線を送った。


 




 「フレデリカ、お前、一体どういうつもりなのだ?」






 彼女とぼけた表情を浮かべると、ゆっくりとくちびるを開いた。






 「どうもこうも、そういう事です。父上」






 俺を置き去りにして二人の中で話が進んでいく。






 「あの、できれば俺にもわかるように説明してほしいのですが……」






 ナウグリム王は二度目のため息をついた後、額に手を当て2度,3度と頭を横に振った。




 「ドワーフ族は古来しきたりとして伴侶となる相手に女性が指輪を送るのじゃ」






 ん? ハンリョ? はんりょ? ……伴侶って言ったか?






 「そして指輪を受け取った男はその返事の代わりに、左手にその指輪を身に着けるのだ」




 


 「ちょっと待ってくれ。えーっと、つまりは俺がフレデリカ王女の婚約者になったってことか?」






 「そういう事だ」






 「ちょ、ちょっと待ってくれ! そんな話今初めて聞いたぞ!」






 「で、あろうな」






 「返す! いますぐこの指輪返す!」




 




  目一杯力を込めて、引き抜こうとするが、全くもって外れない。




 くそっ! 駄目だ。このままだと俺の指がもげてしまう。






 「これどうやったら取れるんだ!?」






 「その指輪、一度を嵌めたら指を落とすか、そなたが不貞をするか、もしくは死ぬまで外れはせん」






 ……おいおいおい。死ぬまで外れないって、婚約指輪じゃなくて呪いの指輪かよ。






 「それにドワーフ族にとって指輪の儀は神聖なものであり絶対。知らなかったとはいえそなたは王家の指輪を受け取ったのだ。当然外すことなど許されない」






 ……まじか。






 俺は助け舟を求めるように振り返ると、ノジカは呆れ顔、ドボルゴは恨めしい目でこちらを睨み、そしてガイアはニヤニヤと意地悪気な笑いを浮かべていた。






 








 


 「お前、一体何を考えてるんだよ」




 


 「ん? 指輪の事を言っておるのか?」




 「あぁ、そうだよ。こうして無事ガラドグランを出発できたからいいものの、これから先どうするつもりなんだ?」






 あれから俺は断固としてドワ娘との婚約を拒否した。






 本来そんな事はドワーフ族の中では許されないのだろうが、事情を知らない、しかも他種族の領主という事もあり、結婚までしばらく猶予をもらうという折衷案がとられることになった。






 俺としては早々にオルメヴィーラ領に戻って婚約など有耶無耶にしたいところだったが、これからガラドグランと交易をしていくとなると、そうは問屋が卸さないだろう。








 それから領地に帰る馬車の中で幾度となく俺とドワ娘の押し問答が繰り返されていた。






 「まさか本当に俺と結婚するつもりじゃないだろうな」






 「もちろん、そのつもりじゃ」






 「あのなぁ」






 「なんじゃ、お主は不満なのか?」






 「当たり前だろうが」






 「なぜじゃ。こんな可愛くてロリっ娘なわらわを嫁に貰えて何が不満なのじゃ。






 ドワーフ族の寿命は人族と違って長い。少なくともお主が死ぬまでは美少女のままのわらわをずっと愛でられるのだぞ?」






 あのな、俺にそういう趣味ないっての。それに自分の事を可愛いとかロリっ娘とか言うんじゃない!






 「お前はそれで本当にいいのかよ」


 




 「当然じゃ。わらわ自身が決めたことになぜ不平があると思うのじゃ」






 なぜそんな自信満々にそう言えるのか不思議で仕方ない。






 「……言っておくが、俺はお前と結婚するつもりはないからな」






 「お主やはりなかなか強情じゃな。まっ、そこが良いところではあるんじゃがの。なに、そのうちお主もわらわと結婚したいと思うようになるじゃろう。それまで気長に待つとしようかの」






 「気長にってな……」






 やれやれ、どうにかしてこの指輪を外す方法を考えなければ、本当にいつかドワーフ族の娘婿になってしまいそうだ。






 「だいたい、お前、あんな事があったばかりなのに国元を離れて大丈夫なのか?」






 「父上も健在じゃし、なにも問題ない」






 いやいや、仮にも一国の王女なのだから、問題あるだろう。


 


 ナウグリム王だって終始反対していただろうが。






 「ドワーフ王国王女フレデリカ・ヴィオヲール。不束者ではありますが、どうかこれからよろしくお願い致します」






 ドワ娘は本気とも冗談ともつかぬようにそう言ってから頭を上げにんまりと笑って見せた








 こうして俺は猫人族のノジカ、ドワーフ族の職人、そしてドワーフ族の王女フレデリカを連れオルメヴィーラ領に帰郷することとなった。










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