第19話 鬼才建築家ノジカ編ー6
ゴトーには巨大な地下空間がある。
これは人工的に作られたものではなく、気が遠くなるほどの長い年月をかけ岩盤が地下水に浸食され生まれたものらしい。
最初にここを発見した人物が、なぜこんな場所にギャンブル場を建設しようと思ったのかはわからないが、今では日夜大勢の人で盛り上がっている。
乳白色の石壁に囲まれた地下空間は、壁から流れ落ちる水滴に松明の灯りがきらきらと反射し、幻想的な雰囲気を作り出している。
驚くべきことにこの地下空間にはコロッセオ風の巨大なスタジアムまで存在していた。
「ねぇ、こんな場所に来てどうするの?」
俺の横にいるのは猫耳が目立たないようにフードを被り変装したノジカだ。
彼女は要塞じみたこの巨大な建築物を見上げ、その現実離れした光景に圧倒されている。
あの地下牢にノジカ一人を置いていくわけにもいかず、俺は得意の盗賊スキルを駆使し、牢屋から彼女を連れ出してきた。
「これだよ、これ」
俺は手に持っていた一枚の紙をノジカに手渡した。
「なにこれ。……ラウンダーズの参加用紙?」
「そうだ。今日ここで4年に一度この街の頂点を決める大会ラウンダーズが開催される」
ラウンダーズってのはどうやらこの地下空間を発見した人物の名前らしい。
つまりここにギャンブル場を造った人物であり、ゴトーをギャンブルの街として世に知らしめた人物に他ならない。
「頂点って、まさかこれに出場するつもり?」
「そのまさかだよ」
なんでもこの大会に出場し優勝すれば、一般人が決してお目にかかることの出来ない程の莫大な金を手に入る。
もちろん、賞金も魅力的ではあるが俺の狙いは別にある。
実は優勝決定戦の相手が前年の優勝者、つまり、ツールナスタ領の領主ルコールドの息子バーデンなのである。
どうやってバーデンと接触しようかと考えていたのだが、直接屋敷に乗り込んでいったところで、俺がまともに相手にされるとは到底思えない。
だが、決勝戦の相手、しかも大観衆の目の前でなら話は別だろう。
前回大会の優勝者、そして決勝舞台、しかも領主の息子。これ以上のお膳立てはない。
ボルテージ最高潮の観衆を前に俺からの勝負に逃げるわけにはいかないはずだ。
「それでその会場がこのスタジアムってわけだ」
「なるほどね。だからこんなに人が集まっているんだね。もしかしなくてもこれ全部参加者だよね」
「十中八九そうだろうな」
まだ大会開始まで数刻あるというのに既に会場入り口には大勢の出場希望者が長蛇の列を作っていた。
「ノジカはどうする?」
「どうするって?」
「お前も参加するかってこと」
「当然参加するよ」
「観客席で見ていてもいいんだぞ」
「冗談でしょ? これはボク自身の問題なんだ。ラックばかりに任せっきりなんて出来ないよ」
「そりゃ、立派な心掛けだな。ちなみにこの大会の参加料、金貨10枚だぞ」
「うっ」
金額を聞いた途端、ノジカは急に口籠ってしまった。
やはり、手持ちがないようだ。
「あの領主様。……お金、貸していただけますでしょうか?」
「別にいいけど、あとでちゃんと返して貰うからな」
「……はい」
ノジカと二人行列に並ぶこと数十分、手続きも完了しようやく会場内に入ることが出来た。
ざっと見たところ会場内には参加者が少なくとも数千人。
観客席の人数を合わせると既に2万人以上がこの会場内にいることになる。
「なんだかボク圧倒されちゃいそう」
これだけの人数を見るのはこの世界に来て初めてかもしれない。
どうやらノジカも同じようで俺の腕にしがみつくと驚きで目を見張っていた。
開催時間が近づくにつれ観客席も埋まり、場内の熱が徐々に高まっていった。
「――えー、皆さま、長い事お待たせして申し訳ございませんでした」
突然、この雑多な音が溢れる会場内に男の声が凛と響いた。
手を後ろに組んだ男がマイクも持たず壇上に1人立っていた。
きっと何かの魔法を使用しているのだろうが、俺にもよくは分からない。
男の声が耳に届くと先ほどまで騒いでいた人々も波が引くように一気に静まり返る。
「わたくし今回ラウンダーズの司会進行役を務めさせていただくキップルと申します。
以後お見知りおきを」
キップルが深く一礼すると会場からはパラパラと渇いた拍手が聞こえてきた。
「ラウンダーズ開催にあたり本来でしたらツールナスタ領の領主ルコールド様から一言頂くのですが、どうやらそのような雰囲気でもなさそうですので、さっそく最初のゲームを始めていきたいと思います。
それでは皆さま、こちらをご注目ーーー!」
キップルが両手を広げ大袈裟に指し示した巨大なスクリーンには何とも良く見慣れた言葉が魔法で映し出されていた。
じゃんけん。
「皆様には上位進出を賭け、わたくしとじゃんけんで勝負していただきまーーーす!」
……は? じゃんけん?
じゃんけんってあのじゃんけんのことだよな。
きっと俺だけでなくこの会場にいるすべての人の頭に疑問符が浮かんだに違いない。
「ふざけんじゃねぇぞ。俺たちをなめてるのか!」
「ガキのお遊びじゃねぇんだぞ!」
次々と参加者たちから会場内に罵声が飛び交う。
この大会の為に遠方から遥々やってきて金貨10枚も払い、じゃんけん大会じゃそりゃいくらなんでも手抜きが過ぎるだろ。
「はいはい、文句のある人はとっととこの会場から出ていってくださいね。この糞野郎ども!」
騒いでいた参加者たちは一様にその目をきょとんとさせたが、キップルはまるでそんなことなど意に介さず笑顔のまま話を続けていく。
「主催者からまずは人数を絞れとのお達しが来ております。これだけの大人数、ご理解ください。さぁ、時間もないことですし、問答無用で始めたいと思います」
反論すら許さない、丁寧ではあるがまるで感情の無いキップル言葉に参加者たちは直ぐに諦め次々と口を閉じていった。
「あっ、そうでした。ここで一つルールの説明がございます。じゃんけんのルールは皆さんもご存じだと思いますが、今回は引き分けの場合も負けとさせていただきます」
引き分けも負けか。なかなか厳しいな。
つまり勝ち残れるのは1/3の確率ってことか。
「これだけの人数がいますから、5回戦ほど勝負して勝ち残った人たちだけが次のステージに進めることとしましょうか」
一回勝負するごとに2/3が脱落する。
5回連続で勝つとなると生き残れるのはせいぜい20~30名そこらってとこか。
「それでは一回戦目行きますよ!
そーれ、最初はグー、じゃんけん、ポン!」
会場のあちこちからじゃんけんの結果に一喜一憂する声が飛び交っている。
キップルの手は固く握られていた。
「よ、よかった」
ノジカは突き上げた拳をゆっくり降ろすと俺の隣で安堵の表情を浮かべている。
「はい、負け犬どもは早々に立ち去ってくださいね。わかっているとは思いますが不正は厳禁ですよ! 発覚次第殺しますよ」
たった一回の勝負でかなりの人数が減ったが、それでもざっと二千人以上はいるだろうか。
「ひーふーみー。おやおや、思った以上に残ってますね。……まっ、いいでしょう。
では、盛り上がってきたところで、第二回戦と参りましょう!
最初は――」
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