ドワーフ王国のドワ娘姫ー2
アザーワールド・オンラインでドワーフ族といえば屈強な戦士が多く、また高度な鍛冶や石工、工芸技能などをもつ優れた匠として広く知られている。
しかし、彼らはあまり他種族との交流を好まず、普段国から外に出ることはあまりない。
その為、人族などの他種族が暮らしている街で見かけることはほとんどなかった。
そんな人前にあまり姿を見せないドワーフ族が、しかも自称お姫様がお供を一人連れ俺の前にこうして立っている。
「お前がドワーフ族のお姫様?」
「いかにも」
フレデリカはそう一言泰然とした様子で答えたが、どうもにわかには信じられない。
確かにこの状況で平然と構えているその態度にはどこか貫禄のようなものさえ感じられるのだが、いかんせん見た目はただのツインテールの小柄な少女だ。
眉をひそめた俺の疑わしそうな目つきに気づいたドボルゴが俺とフレデリカの間に割り込むようにして詰め寄ってきた。
「貴様、まさか姫様を疑っているのではあるまいなっ!」
「か、顔が近いっ! ……あのな。"このドワ娘はお姫様だ"なんていきなり言われて"はい、そうですか"なんて素直に信じられるわけないだろ? ノジカもそう思うだろ?」
俺はドボルゴの顔圧から逃れる様に後ろを振り向きノジカに同意を求めた。
「うーん、まぁ確かにそうかもね」
「だろ? 別に俺たちは……ん?」
振り返るとドボルゴは俯き、身体をわなわなと小刻みに震わせていた。
「どうかしたのか?」
異変を感じドボルゴの顔を恐る恐る覗き込むと、なぜか今にも火を噴きだしそうな赤鬼のような表情に変わっていた。
「――貴様っ! よ、よくもひ、姫様をド、ドワ娘呼ばわりしてくれたなっ! このドボルゴ、二度とその様な口がきけぬよう貴様の首ぶった切ってくれるわっ!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「うるさいっ! 謝罪なら地獄でするんだな!」
ドボルゴが憤怒の形相で背負っていた大斧に手をかけようとしたその時、朗らかなフレデリカの笑い声が男の動き止めた。
ドワ娘、いやフレデリカが口元に手を当てがい、肩を揺らして笑っている。
「あははっ。爺、それくらいにしておくのじゃ」
「し、しかし姫様。こやつ姫様に対して失礼な……」
「わらわは気にしておらぬよ。
――ラック、お主なかなか面白い男じゃの」
「よく言われるよ」
「そのドワーフにも物おじせぬ態度。さすがオルメヴィーラの領主だけの事はある。爺もそう思うじゃろ?」
「は、はぁ……」
ドボルゴは眉間にしわを寄せ返答に困った様子だったが、しぶしぶといった感じでフレデリカに同意していた。
「お主はわらわが本当にドワーフ王国の姫かどうかまだ信じておらぬのだろう?」
「そうだな。まっ、半々ってところか」
「本当に正直な奴じゃな」
ドワ娘はなぜか嬉しそうに目を細め笑っている。
「そんな正直者の領主殿にわらわから一つ頼みがあるのだが聞いてもらえまいか?」
「頼み事?」
「うむ、そうじゃ。われらをドワーフ王国まで送り届けてはくれまいか?」
「どうして俺たちが……」
「王国まで来れば、わらわの言っていることが本当かどうかわかるじゃろ?」
「まぁ、そりゃそうだけどさ」
「それにわれらが乗ってきた馬車はこの通り無残な有様。わらわには他に帰る手立てがないのじゃ」
確かにこの馬車を直すのはほぼ不可能だろう。
一から新しく作ったほうが手っ取り早いくらいだ。
「もちろん、無事送り届けてくれれば、それなりの礼はするつもりじゃ。
――どうかな、領主殿」
やれやれ、こういう展開になったか。
しばらくサビーナを留守にしているから出来れば早く帰りたかったが、この二人をここにこのまま置いて、はい、さようならっていうわけにもいかないか。
いつさっきのやつらが再び襲ってくるとも限らないしな。
俺が思い悩んでいると後ろで話を聞いていたノジカが袖をちょんちょんと引っ張り耳打ちをしてきた。
「ねぇねぇ、折角だからドワーフ王国まで二人を送り届けてあげようよ」
「でもなぁ、これ以上帰るのが遅れるとラフィテアに怒られそうだしな……」
「怒られるって、ラックは領主様なんだよね?」
ノジカの頭の上に疑問符がくるくると飛び交っている。
「ん? あぁそうだよ」
「オルメヴィーラで一番偉いのに帰るのがちょっと遅れたくらいでそんなに怒られるの?」
「お、怒られないと思う」
うん、まぁ多分大丈夫のはずだ。
とはいえ、仕事を全部ラフィテアに押し付けてきたからなぁ。
……ちょっとだけ帰るのが怖くなってきた。
「なら、乗せてあげようよ」
「なんだ、やけに乗り気だな。ノジカそんなにドワーフ王国に行きたいのか?」
「そりゃそうだよ。ボクも一応建築家の端くれだからね。ドワーフの建築や石工なんかの技術に興味があるんだ。それにラックにとっても寄り道するだけの価値はあると思うよ?」
「どういうことだ?」
「ボクの仕事って主に街や家の設計や監理なんだよね。だからボクがサビーナに行っても、指示通りの仕事が出来る職人がいないと何も出来ないんだよね」
「――つまり、ドワーフを勧誘してサビーナに連れて行こうってのか?」
「さすがラック、察しがいいね」
確かにサビーナにドワーフ達が来てくれれば、建築だけじゃなく、鍛冶、彫金、石工なんかの技術指導も頼めるだろう。
これから先の事を考えるとこの自称お姫様に貸しを作っておくのは悪くないかもしれない。
――悪いな、ラフィテア。
お土産沢山買っていくから、もうしばらく一人で頑張ってくれ。
俺はラフィテアの顔を思い浮かべながら心の中でぱちんと両手を合わせ頭を下げた。
「――わかった。ドワ娘、お前たちをドワーフ王国まで送り届けるよ」
「おぉ、まことか! 懐の深い領主殿のご厚意に感謝するのじゃ」
「その代わりお礼はちゃんとしてもらうけどな」
「わかっておる。例え口約束だったとしてもドワーフ族は決して約束を違えることはせぬから安心するがよい」
「そうか。それを聞いて安心した」
「ふんっ、礼が目当てとは。だから人族は好かないのだ」
ドボルゴが後ろでぶつくさと不満を口にしているが、ここはいちいち気にしないことにする。
「んじゃ、追手が来る前にさっさと目的の場所に向かうとしますか」
「うむ、そうじゃな。爺、そのような顔をしてないで早く馬車に乗るのじゃ」
「は、はい。姫様」
ドボルゴは俺たちを警戒するように一瞥すると、ドワ娘の後に続いて馬車に乗り込んだ。
こうしてドワーフ族二人に、猫人族とオルメヴィーラ領主というかなり奇妙な組み合わせの4人を乗せた馬車が、ドワーフ王国に向けて走り出した。
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