大ルアジュカ山脈編
大ルアジュカ山脈編ー1
サビーナ村
ここはオルメヴィーラ領にあるたった一つの小さな村。
何の因果か、辺境の地で領主をする羽目になった俺は、この寂れた村を立て直すべく、ひとり旅に出た。
――あれから約二ヶ月。
建築家ノジカを連れてくるという当初の目的からかなり紆余曲折を経て、俺はこうして懐かしの故郷へと舞い戻った。
サビーナ村を目の前に実は自分が遠く離れた地で望郷の念に駆られていたことに今更ながら気が付いた。
それ程長い時間をサビーナ村で過ごしたというわけでもないのに実に不思議なものである。
馬車の中から遠目に見る懐かしの景色は相変わらず寂れたままなのだが、以前と比べ明らかに村全体が活気に満ち溢れていた。
通りには露天商たちの威勢の良い掛け声が飛び交い、また人々の隙間を縫って走り抜ける子供たちの楽しそうな笑い声が馬車の中まで聞こえてきた。
道を行き交う人の数は格段に増えており、俺の知らない顔もちらほらと見かけた。
「んーーーー! やっと着いたぁぁ!」
長い事、馬車の中で缶詰めにされていたノジカは、馬が足を止めるのと同時に勢いよく外に飛びだすと、凝り固まった体を気持ちよさそうに伸ばした。
ノジカの後に続いて馬車を降りた俺は彼女の真似をして、頭の上で手を組み大きく伸びをする。
「――あっ! 領主様!」
空に向けて両手を広げ軽くストレッチをしていると、俺に気づいた村人たちが周りを取り囲むように次々と走り寄ってきた。
「領主様っ! お戻りになったんですね! お帰りなさい!」
「あぁ、ただいま。みんな元気そうだな」
「はい、おかげさまで」
ドウウィンから移り住んで来た当初、みな一様に生気を失ったような顔をしていたが、今では見る影もない。
「それにしても随分と新しい住人が増えたみたいだな」
「えぇ、そうですね。今でも毎日のようにサビーナ村への移住希望者が来ていますから」
「毎日?」
「はい、毎日です。何でもこの村に移り住めば、誰でもたらふくご飯が食べられるという噂が広がっているらしいんです」
「なるほどな」
どうやら地道な宣伝が功を奏しているようだ。
まぁそれはそれで良いとして、順調に人が集まっているという事は、その分だけ色々と仕事も増えているはず。
予定していたよりだいぶ長く村を留守にしてしまったし、ラフィテアにはかなり負担を掛けてしまったに違いない。
――落ち着いたら、彼女には十分お礼をしておこう。
「ねぇねぇ」
「んぁ? どうした?」
ついいつもの癖で一人考え事をしていると、ノジカが何か異変を察知したのか、そっと声をかけてよこした。
「あれ何かな? 何かこっちに来るんだけど」
そう言って彼女が指をさした先には、両手を高く上げ奇声を発しながら迫ってくる老人の姿がそこにあった。
「おぉぉぉぉぉぉぉぅっ! りょ、領主さまぁぁぁぁぁぁ!」
唾をまき散らしながら俺の名を叫び駆け寄ってくる怪しい老人。
「な、なんじゃ、あれは?」
「ん、あぁ、この村の村長マグララだよ」
「あ、あの人が村長?」
ドワ娘とノジカは訝しげな眼差しを俺と村長の両方に向けていた。
次第に接近してくる村長は、そのスピードを少しも緩めることなく、まるで久しぶりに再会した恋人に抱きつかんばかりの勢いで俺の胸元に飛び込んできた。
「危なっ!」
俺を含め周りにいた村人たちは、躍り込んできた村長を誰も受け止めるようとはせず、一斉に身を躱した。対象物を失った村長は声を上げながら勢いそのままに、空中に弧を描き頭から地面にダイブしたのであった。
ノジカとドワ娘は目の前の出来事にしばし呆然としていたが、村長は何事もなかったようにむくっと起き上がると、嬉しそうに俺の傍へすり寄ってきた。
「領主様! お帰りなさいませ!」
「……あ、あぁ、村長。ただいま」
「このマグララ、領主様のお帰り首を長くして待っておりました」
「そ、そうか。心配かけたようで悪かったな」
「悪かった、だなんてとんでもありません。領主様がこうして無事に帰って来てくださっただけで十分です。
――ところで領主様、こちらにいる方々は……?」
「紹介がまだだったな。隣にいるのがドワーフ族のド、いやフレデリカ。んでそこにいるのが猫人族のノジカだ」
「フレデリカ様にノジカ様ですか」
「二人以外にもドワーフ族の職人が30人程この村の為に来てくれてる」
「おぉ、それはなんとお礼を申し上げればよいのか」
「そうだ、村長。急で悪いんだが一つ頼み事を聞いてもらってもいいか?」
「もちろんですとも。それでこのわたしに頼み事とは?」
「わざわざ遠い場所から来てくれたんだ。歓迎の意味も込めておいしい料理をみんなに振舞ってほしいんだ」
「なるほど、わかりました。そいう事なら手すきの者を集めて直ぐ準備いたしましょう」
「あぁ、よろしく頼むよ」
「はい、お任せください。では領主様、後程」
村長は生き生きとした笑顔で一礼すると、辺りにいた暇そうな村人たちを数人捕まえ慌ただしく駆けていった。
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