ドワーフ王国のドワ娘姫ー26
どうやら俺が意識を失っている間に色々と事態は進展していたようだ。
まずトールキンに関してだが、実のところ奴の生死はまだハッキリと確認されたわけではない。
ただ、あの巨大な剣の塊の下敷きになったのだ。
いくら何でも生きているとは考えづらい。
それに、地中深くまで突き刺さったアレをどかして調べるとなると、かなりの労力と時間を要するだろう。
しばらくの間はファムスル城入り口に2本の剣が鎮座することは間違いなさそうだ。
それにしても両腕を失った二人の女神像の姿が酷く痛々しい。
ごめんなさい。女神様
さて次に幽閉されていたナウグリム王の件なのだが、執務室にいたトールキンの側近を捕らえ尋問したところ、何の抵抗もなくあっさり居場所を吐いたらしい。
それから間もなく数名の兵士を引き連れたドワ娘によってナウグリム王は助け出された。
ナウグリム王は手足を拘束され自由を奪われていたものの、怪我などはなく、元気な様子だったという。
今は念のため自分の部屋に戻って休んでいるようなのだが、近々公務に復帰するとの事。
もう少し休んでいればと思うのだが、ナウグリム王が幽閉されていた事すら知らない者がほとんどなので混乱を広げない為にもそうはいかなかったらしい。
結局、トールキンの起こした謀反はごく一部を除き、その事実を知らされないまま、
幕引きへと向かっていった。
ただ狂戦士によって残された爪痕はファムスル城に深く刻まれた。
それから数日後――
今回の件にかかわった者たちが謁見の間に集められていた。
驚いたことに大怪我を負っていたはずのガイアとドボルゴ、両名の姿もあった。
「フレデリカから話は聞いている。今回の件、そなたらには大分迷惑をかけたようだな」
ナウグリム王はゆっくりと視線を巡らせた後、椅子に座ったまま深く頭を下げた。
「あぁ、全くだ。ナウグリム、お前がしっかりしてねぇからこういう事になるんだぞ」
「ガ、ガイア殿! 陛下にむかって何という口の利き方」
「よいのだ、ドボルゴ」
「し、しかし陛下!」
「ガイアの言う通りだ。今回の件はすべてわたしが至らなさが招いた事。
皆の者、すまなかった」
「ふん、まぁ済んだことはしょうがねぇ。それより、ナウグリム。
お前、トールキンの奴が狂戦士の薬を使ったのを聞いているな?」
「うむ。部下から報告は受けている」
ナウグリム王は苦虫を噛み潰したような苦々しい表情を見せて頷いた。
「あの薬、奴は一体どこで手に入れた?」
「それに関しては、トールキンの近辺を急ぎ調べさせている」
トールキンの側近にも尋問しているらしいが、薬については一切知らない、の一点張りなのだとか。
「もしあんなものが出回れば、この国が、いや世界中がどうなるか分かっているだろうな?」
「もちろんだ」
「わかっているならそれでいい。まぁ、なんにしてもだ。もう二度とアレの相手をするのは御免だからな。命がいくらあっても足りやしねぇ」
「ガ、ガイア殿」
「んあ? ドボルゴ。なんか文句でもあるのか?」
「い、いえ、そういう訳では……」
「今回はたまたま助かったが、こいつらがいなかったら全員あの世に行っていたんだぞ」
「そ、それは、そうかもしれませんが」
「おい、ナウグリム! この人族の坊主にちゃんと礼を言っておくんだな。
ナウグリム、それからフレデリカ王女、ひいてはドワーフ一族の恩人なんだからな」
ガイアは言うだけ言うと、ぶすっとした表情で腕を組んで口を閉じた。
いくらドワーフ王の古い馴染みとはいえ、よくもあれだけ遠慮なくずけずけ言えるもんだ。
あのドボルゴがたじろぐのも頷ける。
まぁ、でもそういう忌憚のない意見が言える人が隣いるっていうのは、ナウグリム王にとってもいい事なのかもしれない。
「――そなたがオルメヴィーラの領主か?」
「はい。オルメヴィーラ領主ラックと申します。この度はナウグリム王に拝謁でき大変光栄に思います」
ナウグリム王はその場で立ち上がると、今一度深々と頭を下げた。
「そなたの尽力がなければ、わたしやフレデリカ、そして多くの民の命が危険にさらされていた事だろう。ドワーフ族を代表して礼を言う。本当にありがとう」
「頭をお上げください、ナウグリム陛下。今回の事は決して俺一人だけでは成しえなかったことです。ここにいる全員の力があったからこそだと思います」
「もちろんそれは分かっている。分かった上で、そなたに感謝しているのだ」
こう真正面から感謝の気持ちをぶつけられることに慣れていないのか、どうもこそばゆくて仕方がない。
「此度の件に関し、このナウグリム、できうる限りの褒美をそなたに与えると約束しよう」
「良かったね」
隣に並んで立っていたノジカが肘でわき腹を軽くトントンと突いてきた。
「あぁ、ノジカのおかげだ」
「それで、そなたは褒美に何を望むのだ? 遠慮なくなんなりと申すがよい」
「ではお言葉に甘えて陛下にいくつかお願いがございます」
「うむ、申してみるがよい」
「はい。一つは、ドワーフを数名、技術指導員としてオルメヴィーラ領地でしばらく働いてもらいたいのです」
「技術指導員とな?」
どうやら俺の口にした褒美がナウグリム王の想像していたものと大分違っていたようで、不思議そうに首を傾げていた。
「はい。俺の治める領地オルメヴィーラには寂れた小さな村がたった一つあるだけです。最近になってようやくその村に移住者が増えてきたのですが、村を大きくしていこうにも、俺達には知識や経験それから技術が全くありません」
知識に関しては調べればどうにかなるかもしれないが、技術や経験に関しては少しずつ培われるもので如何せんどうにもならない。
「それでわれらドワーフの力を借りたいと?」
「はい、そういう事です」
「なるほど。そのようなことでよいなら安い用だ。数名と言わず一個小隊連れて行くがよい」
「一個小隊!? そ、そんなにいいのですか?」
「あぁ、無論だ」
一個小隊と言えば数にして30人程。
それだけ来てくれれば、こちらとしては大いに助かる
「わが娘、フレデリカの命の恩人に報いるのにたった数名では申し訳が立たないからな」
「ありがとうございます、ナウグリム陛下」
「この程度感謝されるまでもない。それで、他に望みはないのか? 遠慮なく申すがよい」
「……それでは、あともう一つだけ」
「なんだ?」
「この国とオルメヴィーラ領で交易を行ってもよろしいでしょうか?」
「……交易か」
ナウグリム王は眉間に皺を寄せてどうしたものかと唸った。考えあぐねるように視線を左に向けるが、そこにはもう誰も立っていなかった。
少し寂しそうな表情を一瞬浮かべた後、最後は視線をこちらへまっすぐ向けた。
「わかった。交易の件、わたしが許可しよう」
「ありがとうございます」
俺は左手を胸に当て、ナウグリム王に向かって恭しく頭を下げた。
他国との交流を望んでいたナウグリム王だが、いきなりすべての門戸を開くのでは
トールキンのように反発する者も多く出てくるだろう。
例え最初は小さな交易だったとしても、そこには少なからず人と人の交流が生まれる。
そうすれば、いつかはドワーフ王が望むような、ドワーフ族と多種族が共存する開かれた王国になっていくだろう。
どうやらこれで一件落着といきそうだ。
俺は下げていた頭をゆっくり上げていく。
するとなにやらナウグリム王の視線が俺の左手に注視されていることに気が付いた。
凝視している先を追っていくと、そこにはドワ娘から預かった王家の指輪がキラリと輝いていた。
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