ドワーフ王国のドワ娘姫ー4
センティネル渓谷は両面が深く切り立った深成岩の頂に囲まれ、目を凝らしてもその頂上が確認出来ないほど高い。
それは渓谷の縁から流れ落ちてくる瀑布の水が地上にたどり着く前に全て空中で霧散してしまう程だ。
正確にはわからないが、裕に3000m以上あるかもしれない。
そんな広大な渓谷の谷底を4人を乗せた馬車が土煙を上げ駆け抜けていく。
「この渓谷を抜ければ、もうすぐドワーフ王国じゃ」
「そりゃ嬉しいご報告だが、その前にあいつらに追いつかれそうだ」
後ろを振り向くと黒塗りの馬車が諦める気配なく執拗に追いかけてくる。
「いい子だから、もう少しだけ頑張ってくれよ」
今まで散々無理をさせ馬を走らせてきたが、流石にもう限界が近い。
2頭の馬体はびっしょり汗に濡れ、うっすら湯気が立ち、息も絶え絶えながら懸命に足を動かしている。
「おい、ドワ娘。この渓谷はあとどのくらい続くんだ?」
「まだまだほんの入り口じゃ」
ってことは遅かれ早かれ奴らと一戦交えなきゃならないってことか。
「――ラック、右に避けてっ!」
「くっ!」
突然の警告に俺は咄嗟に手綱を引き進路を強引に変える。
馬車を強襲した火炎弾は物凄いスピードで馬車の脇を通り過ぎると、勢い衰えることなくで岩肌にぶつかり轟音を上げ爆発する。
その衝撃で無数の小石が飛び散り、岩壁の一部が大きな岩となって崩れ落ちた。
ふぅぅぅ。
肝が冷えるとは正にこの事だな。
あの魔法。連発してこないところを見るとリキャストタイムがかなり必要なのだろう。
それが唯一の救いと言えば救いなのだが、もし狭い場所で使われたら躱しようがない。
このままじゃ、近いうちにみんな黒焦げだ。
「誰か魔法使えないのか?」
俺はノジカに視線をやると彼女は一瞬目をぱちくりさせてからぶんぶんと首を大きく横に振った。
ドボルゴは……。
ふむ、何も言わないところを見ると魔法は得意ではないようだ。
そういえばアザー・ワールドオンラインでもドワーフ族は魔法が苦手な種族だったけ。
さて困ったな。
この現状をどうやって打開しようか考えあぐねていると、思いもよらぬ所から手が上がった。
「魔法ならわらわが使えるぞ」
「本当か!?」
「うむ。われらドワーフ族の女性は男に比べ体格や力は劣るが、その分魔法を得意とするものが多いのじゃ」
ドワ娘は鼻の穴が広がる程、得意満面な様子で懐から愛用のタクトを取り出してみせた。
「それでドワ娘はどの属性魔法が使えるんだ?」
「わらわが得意とするのはもちろん土魔法じゃ」
「土魔法か」
いかにもドワーフって感じだな。
「ただ、正直わらわは攻撃系の魔法は苦手じゃ。ゆえにこの状況で役に立てるかどうか……」
「どんな魔法が使えるのか知らないけど、要は使い方次第だと思うぞ」
「使い方?」
「あぁ、そうだ。攻撃魔法だけが攻撃する手段じゃないって事さ。
例えばそうだな……。なぁ、ドワ娘。お前____魔法なんてのは使えるか?」
「もちろんじゃ。詠唱に少しばかり時間は必要じゃが、その程度の魔法ならわらわにかかれば造作もない」
「そりゃ助かる。さすがドワーフ族のお姫様だけはあるな」
「そ、そうかの」
ドワ娘は褒められたのが照れ臭いのか顔を背けて鼻を掻いている。
さて、となると後は仕掛ける場所が問題だな。
「なぁ、二人はこの渓谷に詳しいのか?」
「当たり前だ。ドワーフ族にとってここは庭みたいなものだからな」
「ならこの先に、馬車がすれ違えないくらい狭い道はあったりするか?」
「そうだな……」
ドボルゴは目を閉じて長く伸びた白い髭を弄りながら、渓谷の風景を記憶から掘り起こそうとしていた。
「――貴様が言っているのとは少し違うかもしれんが、中央の巨大な岩を挟んで二手に分かれる道ならある。
……確かそれほど広い道ではなかったはずだぞ」
「二手に分かれる道か。ここからどのくらい掛かる?」
「その場所なら、ここからもう目と鼻の先だ」
ドボルゴが指をさす先に巨大な岩が道を塞ぐ壁のようにそびえ立っていた。
離れた場所から望むと一瞬そこで行き止まりかと勘違いしそうだが、近づくにつれ巨大な岩塊の外周にそって左右に道があるのが視認できた。
仕掛けるならこのタイミングしかないか。
「――みんな聞いてくれ。
このままじゃ遅かれ早かれこの馬車ごとあの魔法で黒焦げにされるのは目に見えてる」
「そ、そんなぁ」
「だからそうなる前にこっちから打って出る」
打って出る。その言葉を口にした刹那、その場にいる全員の緊張感が一段と高まった。
「で、でも、打って出るってどうやって?」
「そりゃもちろんドワ娘の魔法で、だ」
俺は作戦の概要を手短に伝える。
「――この作戦の成否はドワ娘、お前にかかってる」
「わかっておる。なに心配するな。大船に乗ったつもりでわらわに任せるのじゃ」
さすがドワーフ王の一人娘だな。
こんな状況でも物おじすることなく堂々と振舞っている。
「それからノジカ、お前には俺の代わりにこの手綱を頼む」
「え? え? ボクが!? ラックはどうするの?」
「魔法の詠唱には時間が掛かるからな。俺は少しの間だけでもあいつらの足止めをする」
「そ、そんなの危険だよ!」
「そりゃそうだけど、誰かがやらなきゃ――」
「……ならその役目、このドボルゴがやろう」
ドボルゴは背にした戦斧を握りしめ、覚悟を決めたように静かに口を開いた。
「ドボルゴ、お前にはお姫様を守る役目があるだろ」
「ふんっ、貴様に言われるまでもないわ。だがこれはもともとワシらの問題。
お前たち人族に任せて後ろで指をくわえて見ているなどドワーフ族の名折れだ」
「……わかっていると思うが、命の保証は出来ないぞ」
「お前みたいなひょろひょろの若造にこのワシが心配されるとはな。
ドワーフ族は頑丈なのが取り柄だ。そう簡単にくたばったりはせん!」
ドワーフってのは頑丈な上に相当な頑固者なのか?
こりゃ一度言い出したら絶対後には引かなそうだ。
「……わかったよ。
ドボルゴ、あいつらの足止めは頼む」
「任せておけ」
ドボルゴはのそっと立ち上がると、戦斧を手に取り荷台外周の囲いに足を掛けた。
「オルメヴィーラの領主。
――姫様の事、頼んだぞ」
「わかってる」
ドボルゴは俺の言葉に満足したのかそれ以上は何も言わず、追ってくる賊を睨みつけためらうことなく地面に飛び降りた。
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