鬼才建築家ノジカ編
第14話 鬼才建築家ノジカ編ー1
俺は男と対峙していた。
目の前に座っている男は怒り狂った獣の様な目で俺を睨めつけていた。
「な、なんだとてめぇ! 俺様がビビってるだと?」
「そりゃ、そうだろ。俺はオルメヴィーラ領地を賭けたんだ。
だったらお前もそれに見合ったものを賭けないと条件が釣り合わないだろう?」
男は眉間に深い皺をよせ、興奮した猪の様に鼻を鳴らした。
「ふんっ、いいだろう。お前の安い挑発に乗ってやる。どうせ勝つのは俺様なんだからな」
「それでお前は一体何を賭けるんだ?」
「俺様が賭けるのは……そうだな。この街、そうギャンブルの街ゴトーのすべてだ」
「わかった、それでいいだろう」
お互いが条件を呑んで賭けが成立すると、固唾をのんで行方を見守っていた観客たちは、それまでの静寂をかき消すように興奮を爆発せた。
大きな盛り上がりの中、俺は両手を口の前で組むと、相手に気づかれないようにニヤリと笑みを浮かべた。
馬車に揺られること一週間、やっとのことで俺は目的地に到着した。
そう。ここはツールナスタ領にあるギャンブルの街ゴトー。
ギャンブルの街という名称は誰かが名付けた訳ではなく、いつの間にか世間の人々にそう呼ばれ、今ではゴトー=ギャンブルの街と広く認知されている。
娯楽の少なかったこの国にギャンブルという新しく生まれたエンターテイメントに人々が夢中になるのは至極当然であった。
ゴトーがギャンブルの街と呼ばれてから数世紀、この街ではギャンブルは生活の一部になり、一般市民から大貴族までもが銀貨・金貨を握りしめ、毎夜その結果に一喜一憂する。
たった一晩で一生遊んで暮らせるほどの大金を得ただとか、数時間で全財産を失ったなどという話は、もうこの辺りでは耳にたこができるほどよく聞く。
人々の夢と希望、そして欲望のすべて叶えて、そして奪い去る街。
それがゴトーである。
俺がゴトーに到着したのは、とっぷり日も暮れ月が夜空の天辺を目指し山間から顔を覗かせていた頃である。
サビーナならとっくに村人全員が家に帰って夕飯の支度をしている時間だが、さすがは眠らない街ゴトー。
無数の街灯が立ち並ぶ街は昼間の様に煌々と照らされ、行き交う人々は露天でのちょっとした買い物でさえ値段交渉の為に賭けに興じ、酒場ではエール片手に飲み代の支払いを賭けゲームに勤しんでいる。
――さて、無事到着したのはいいが、この街にノジカはいるだろうか。
一週間もかけてここまで来たのに、今になってそこを心配しているのだから我ながら笑ってしまう。
「何はともあれ、まずは腹ごしらえだな。それからついでに情報収集も」
俺は乗ってきた馬車を馬房に預けると道端に転がっている酔っ払いをしり目に、大通りに面した一軒の酒場の暖簾をくぐった。
店に入ると中は満席とはいかないまでも、テーブル席は殆ど埋まっており仕方なく正面の空いていたカウンター席に腰を下ろした。
「――注文は?」
この店のマスターだろうか。
俺が席に座るとカウンターに立っていた武骨で不愛想な男がグラス片手に話しかけてきた。
「あー、そうだな。エールを一杯、それから後ろの連中が食べている燻製肉の盛り合わせ、それにパンとスープも頼む」
「――わかった。少し待ってろ」
ぶっきらぼうな口調でそう言うと男は注文票に殴り書きするとのそのそと店の奥に消えていった。
やれやれ、こっちはこれでも一応客だぞ。もう少し愛想よく出来ないものかね。
シーナのあの純粋無垢な笑顔を見せてやりたい。
料理が来るまでの間、暇つぶしにメニューを見ていたのだが、さっきからずっと値踏みするような視線が自分の上に注がれているし、周りにいるのはもっさい男ばかり。
やれやれ、完全に入る店を間違ったな。
――とは言え、石の壁で覆われた店内は静かで落ち着いていて悪くない。
テーブルごとに天井からワイヤーで吊るされたキャンドルがぶら下がっていて、その小さな炎の薄明かりの下で客同士が酒を飲みながら賭け事に興じている。
さて定石通り酒場に入ってみたのはいいが、誰にノジカの事を聞くかな。
大抵こういう場合は酒場のマスターが情報を握っているもんだけど、果たして漫画や小説のようにうまくいくのだろうか。
カウンターで一人料理を待ちながら頭を捻っていると片手にグラスをもった男が隣に座り話しかけてきた。
「よう、あんた、この街初めてだろう?」
「……どうしてわかる」
「よそ者は顔を見ればすぐわかるさ。
それであんた、この街に何しに来たんだ?」
「俺は――」
「あぁ、みなまで言うな。わかる、わかるぞぉ。
あ、あんた、このゴトーで人生一発大逆転を狙ってるんだろ? なぁ、そうだろ、そうだろ!
このリオレア様はなんでもお見通しなんだっ! この街にくる奴は大半がそうだからなっ」
「いや、あのな、俺はただ人を探しに来ただけだ。それに正直ギャンブルにはこれっぽっちも興味がなくてね」
「はぁ? 人探しぃ?」
「あぁ、ノジカってやつを探してるんだがあんた知らないか?」
「ノジカ、ノジカねぇ」
男は持っていたグラスをキャンドルの灯りにかざすと、ペン回しの様に器用にくるくると回し、何やら記憶を辿っているようだった。
話しかけて邪魔するのも悪かったので、しばらく黙って待っていると先ほど注文した品物が店の奥から運ばれてきた。
「――エールと燻製の盛り合わせだ。パンとスープはもう少し待て」
武骨な男は皿をカウンターの上に置くと無表情のまま、また店の奥に戻っていった。
「……ダメだ、どこかで聞いたことがある名前だと思ったんだが思い出せねぇ」
リオレアはいらいらした様子で頭を掻くと残っていた酒を一気に飲み干した。
「おい、誰かノジカって奴知らねぇか?」
なんだか変な奴に絡まれたと思っていたが、意外と面倒見のいい奴なのかもしれない。
リオレアの声は店内にいる客全員の耳に届いたはずだが、これといって特に誰からも返答はなかった。
「残念。誰も知らねぇってよ」
「そうか、まぁそう簡単に見つかるとは思っていないけどな」
「そう言えば、まだあんたの名前聞いてなかったな」
「俺はオルメヴィーラ領出身のラックだ。
そっちは? ってさっき自分でリオレアって名乗ってたな」
俺は運ばれてきたばかりのキンキンに冷えたエールをリオレアの前に置いた。
「よかったらこれ飲んでくれ。聞いてくれた礼だ」
「いいのか? 悪ぃな」
そう言いつつもリオレアは一切遠慮するそぶりも見せずエールに口をつけると、なみなみと入っていたエールが瞬く間にリオレアの喉を通り過ぎていく。
上手そうに飲むやつだな。ん?
ふと気配を感じ、後ろに目をやるとリオレアの背後にフードを被った男が立っていた。
「……そいつの事なら知ってるぜ」
「――ぶっ!?」
突然後ろから声を掛けられ驚いたリオレアは口いっぱいに含んでいたエールを思わず吹き出してしまった。
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