3-10
織川と二人きりの時間が終わり、俺は教室へと戻って席に着いた。教室内では先に戻っていた織川が友達連中に、俺と食事を取った件を早速ネタにされていたが。
まあいい。俺は時計を確認し時間に余裕があることを知ると、バッグから出した英語の教材を開いてやり残した部分を取り掛かることにする。俺の出席番号と本日の日付が運命的にも合致しているので、一発目に当てられそうな部分の復習も兼ねながら取り組むことにしよう。
ペンケースからシャープを取り出そうとした瞬間、
「こっち来て」
切なげな声とともにグイっと制服の肩部分が引っ張られた。その声は……、そう思いつつ振り向いてみると、
「……桜庭か。なんだ、用か?」
そこに立っていたのは黒髪ロングのスタイル抜群美少女、桜庭かなえ。
彼女は寂しそうに目を細め、俺の制服の端を指でちょこんと摘まみ、
「……ハナシしたいから付いてきて」
「スマン、英語の宿題がまだなんだよ。それに今日は復習しないとマズイ。ソースは本日の日付と俺の出席番号」
「私と一緒は嫌なの? 宿題とどっちが大事なの?」
「…………、指されて答えられんかったら立たされるんだよな。目立ちたくねぇし、まあ宿題を優先させて――……」
「……………………」
「……わかった、できれば簡潔に頼む。宿題教えてくれるなら長くてもいい」
織川によるガン見を潜り抜けるように廊下を出て、そうして桜庭に付いていくこと数分、やって来たのは青春部の部室だった。
「ここに座って」
桜庭が指摘したのは俺がいつも座る窓側の席。言われたとおり腰掛けると、桜庭は俺の隣の席へと座ったのだ。距離、かなり近い。
「善慈くん、さっきは二人でどんなことしてたの?」
いきなり答えにくい質問だな。
「織川とか? 別に特別なことはしてないような……」
ムッと眉をひそめた桜庭、グイグイと俺に詰め寄り、
「女の子と二人きりでごはん食べるの、いつから特別じゃないって言えるようになったの?」
「あぁっ、そんなに怒るなって。……なんだ、アイツに嫉妬してるのか?」
いつからダブルヒロインに板挟みになる男になったんだよ、俺は。
嫉妬なんかしてるわけないでしょ、勘違いしないでよね、とでも冷たい口調で放たれる未来が容易に浮かばれる。だが、
「正直、そうかも。一緒にお昼食べるのが特別じゃない、って認識できるくらい近いんだってことが」
「……そっ、そうか」
たしかに織川とではなく桜庭と一緒だったら、というシチュエーションを考えると、やはり変な気というか、あらぬ考えで頭がいっぱいになっていたのかもしれない。だけど、女子からしてみれば後者のほうが光栄ではないか?
「ねぇ、一つ訊いてもいい?」
あろうことか、桜庭は俺の肩へちょこんと傾げ、きめの細かい黒髪ごと頭を乗せたのだ。
「ちょ、おい!」
零距離、甘い女子の香りが鼻孔を擽った。神宮寺善慈にとっては刺激の強すぎる香り。
「善慈くんは私の味方でいてくれる?」
……どっかで聞いたようなセリフだな。
「俺ごときが味方になってもいいのか? 桜庭なら一人でも大丈夫そうだろ」
「……そんなことないから。……で、味方になってくれるの? なってくれないの?」
今度は言葉の端を少し強めた桜庭。
「なってほしかったらなってやるよ。こんな俺でいいんならな、喜んで」
とは言ってやるものの、それでもまだ満足しない様子。
「なら、私だけの味方になってくれる?」
「………………ッ」
ピクリと揺れた俺の肩、同時に心も脆さを見せるようにグラついた。
「その前に一つ、訊いていいか? 桜庭は俺の味方なのか?」
「……それは善慈くんの答え次第。……それで、答えは?」
「……、味方になってほしいなら誰だって味方してやるよ。だからおり……おっ、俺は味方になってほしいヤツ全員のヒーローだってこった」
危ないッ、危うく禁止用語を口に出しかけた。自分でも納得のキモ恥ずかしいセリフで誤魔化したから大丈夫だとは思うが。
「あっそ、みっともないセリフ気持ち悪い」
と、苦言は呈しつつも、さっき見せた寂しさの翳る表情は消えていた。緊張ともよべそうな強張りは解けたようだ。桜庭は椅子に置いた俺の左手を手に取り、確かめるように指先に力を込めてきた。
「…………やった」
「そんじゃ、こんなもんか? それなら味方になってやる代金だ、英語の宿題見せてくれ」
「えー、宿題くらい自分でやろうよ。……ま、今日は特別に見せてあげてもいいけど?」
そうして他愛もない会話をしながら、俺と桜庭かなえは教室へと戻っていった。
「………………」
――――ああ、わかってるさ。
織川舞夏が俺を食事に誘ったのだって、別にこの俺とラブコメに興じたいとかそんな感情があってではなく、一人でも多くの味方を付けようという思惑があったから。
桜庭かなえが俺を部室に呼んだのだって、西尾先輩、岡崎先輩が織川寄りに付いたのだと感じ、俺までもが織川に引き込まれたらどうしようか、それを不安に思ったから。孤立が怖く、誰でもいいから一人でも多くの人間を自分側へ誘い込みたいという思惑があったから。
だから別に、神宮寺善慈なんかじゃなくてもいいんだろうな。
織川と桜庭が俺に味方にいてほしいのだって、放課後アイツらの傍に一番近いのが俺だから。もし篠宮天祷がキーボード弾けて俺が弾けない立場なら、この昼休み、縋るように頼られたのは篠宮になるだろう。
なにも俺が二人にとっての特別な存在ではない。たまたま近くにいる存在が俺だから。
だから二人に頼られて、自分が彼女らにとって特別な存在だと一瞬でも考えたこの俺は、バカで自分知らずの勘違い野郎なのだと、自ら釘を刺すことにした。
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