3-9

 俺、桜庭、織川の所属クラスがバラバラである現在とは違い、一年生時は青春部メンバー全員が同じクラスに属していた(というか、同じクラスだったからこのメンバーになったワケだが)。だから放課後に限らず、当時、それ以外の時間でも二人の放つピリピリとした空気は嫌というほど肌で感じていた。


 翌日。


 普段、教室ではそこまで会話をしない桜庭と織川。しかし、本日は挨拶どころか顔すら合わせていない。

 青春部のトップを務める篠宮天祷も異変を察知したのか、


「なあ神宮寺、二人に何があったんだ? すげぇ雰囲気が悪いんだけど?」

「昨日、練習中に言い合いになったんだよ。まあ篠宮は心配しないでくれ。俺がなんとかする」

「……そうか、ならよろしく頼む」


 今、あの二人の傍には俺が一番近い。だから俺が動かなければならないのだ。気分はいつになく重苦しいが。

 しかし昼休み、昼食の時間くらいはあの二人から解放されてもバチは当たらないだろう。さてと、弁当を持っていつもの連中に声を掛けようとした――――、その瞬間だった。


「ねぇ、ぜんじーっ」


 逆に、俺に声を掛けたのは――――織川舞夏。

 いくら女子といえど顔なじみに声を掛けられた程度、なのに嫌な予感が電流のごとく全身に走る。


「……ど、どうした? 宿題でも見せろって言うのか?」


 金髪お団子ツインテールの隠れ巨乳娘は女子としての可愛さを存分に押し出すような笑みを浮かべ、背後に手を組んで俺に注目を集めている。


「…………」


 彼女を伺うついで、やや離れた窓際近傍に立つ黒髪ロングの女をチラッと見てみる。……が、向こう側もこちらの様子をチラチラと伺っていたのか、視線が一瞬重なった。俺はすぐに目を逸らす。

 いや、逸らす前に目の前の織川が視界を邪魔するように微動し、


「――――一緒にごはん食べよ!」


 俺に向かって弁当の包みを、恋人にチョコレートを渡すシチュエーションのごとく両手で差し出したのだ。


「……一緒に? 待て、俺が女子の会合にお邪魔するってか? そんなの心臓発作起こして無理だわ。俺にとっちゃあ裸で戦場に突っ込むようなもんだ。織川も俺の性格、わかってるだろ?」


 ……いや、すっとぼけだ。織川の本音はしっかりとわかっている。その意味も。


「ううん、二人きりで食べよ! あたし、外で食べたいなっ」

「二人きり……、マジかよ……」

「あたしと一緒じゃイヤ? あたしと食べたくない?」


 グイグイ迫ってくるもので、俺は逃げるように少し顔の角度を変えた。そしたら――――、


「…………ッ!」


 桜庭の見せた、その表情――――、


「ねぇ、ど・こ見てんの? あたしを見てっ」


 だけど映像を塗り替えるように、すぐに織川が迫ってくる。


「あっ、ああ、悪かった。……つーか、二人きりだと冷やかされないか? お前だって友達の格好のネタになって困るだろ? あの神宮寺と二人きりで……ってな」

「うんん、そんなことないよ。……んー、どうしてもぜんじーが嫌なら諦めるけど?」


 織川がどうして俺と一緒に食べたいか、その理由はわかっている。わかっているからこそ、どうしていいのか迷う。いつまでも頭の隅に住みつくあの表情。……だが、


「しょうがねぇな、わかった。ま、たまには気分転換になるだろ」

「ひっどーい、気分転換って。そんなこと言うからモテないんでしょー」


 口とは裏腹に、嬉しそうに俺を見る織川。そんな表情を見て不覚にもコイツ可愛いな、と思えてしまった。いや、顔のつくり自体は十分整った愛らしい顔立ちだとは認識してるが。


 だけど。


「…………ふふっ」


 チラリとあちら側を伺いほくそ笑んだ織川を見て、すぐに女の怖さ、そしてコイツが上位層の人間だという忘れかけていた当たり前の事実を叩き込まれた俺。一瞬覚えた甘い気持ちは完膚までなきに叩き潰されてしまった。


       ◆


 女子と二人きりで昼食、かつて俺の思い描いていた理想の高校生活の一ページ。互いの弁当のおかずをあーんしながら交換しあったり、女子の作ってくれた弁当に舌鼓を打ったり。言うならば、大抵の男女が夢見る『青春』そのもの。


 つまり俺はそのような状況に直面しているわけだが、残念ながら喜び百パーセントという気持ちにはなれなかった。罪悪感ともよべそうなものが心の隅に粘着する。


「織川って結構食うよな。弁当に菓子パンとは」


 俺と織川は中庭などの目立つ場所はやめ、どちらかと言えば影の差すような校舎隅を選んだ。誰も通らないコンクリートの階段に座る俺たち。

 外で食べる人間はまあまあ見かけるとはいえ、校舎の隅は流石に人が少ない。だから余計に二人きりという印象が強くなる。


「食べ盛りだからいいじゃん。あたし、今日だって二限の後もおにぎり食べたし」


 だから胸に余計な栄養が溜まるんじゃ…………。


 俺の脳内情報が伝わってしまったのか、織川はサッと身体を捩り、


「ぜんじーのえっち、食べる量と胸の大きさは関係ないもんね、ばかっ。それよりもぜんじーの食べる量が少なくない? お弁当一つだけ?」

「運動部に入ってねぇからな、余計な栄養は取らないに限る。中学の時は野球やってたからメチャクチャ食ってたけど」

「そういえば中学時代は野球部だったんだよね? あっ、てことは坊主頭だったの? うわー、信じられないかも」


「違うんだなぁ、俺はボウズにしなかったんだよ。髪の長さは今と変わらん。野球帽被った時にはみ出る髪に憧れてたんだよ。なんかエースって感じがしていいだろ?」

「キモロン毛じゃん、それ……。てゆーか、ぜんじーが野球帽被ると不審者にしか……。篠宮くんばりにお洒落に目覚めたらいいのに」


 余計なお世話だ。……でも、野球帽と不審者って相性いいよな? 休日に外出する際は基本的に野球帽を被る俺は、ひょっとしたら周りからあらぬ目を向けられているのかもしれない。

 隣の織川は膝に乗せた弁当箱のふたを開け、


「おかず一個交換しない? あたし、そのから揚げがいいな。ぜんじーはこのかぼちゃの煮つけ食べて」

「詐欺トレードには乗らねぇよ。やっぱベターなのは卵焼きだろ。卵焼き選手のトレードだ」


 ということで互いの卵焼き同士を交換、そして同時に一口パクリと頬張る。


「むっ、甘くておいしい!」

「牛乳が隠し味らしい。織川のは醤油ベースか、こっちも悪くないな」


 白米と一緒ならば織川の卵焼きのほうが嬉しいと思う。

 しばらくもぐもぐと咀嚼し、俺は白米を一口。静かな空気が流れる。


「ねぇ、ぜんじー」


 その均衡は織川によって破られた。


「あん?」


 織川は愛らしさ満天の顔で、俺の顔をマジマジと捉え、


「ぜんじーはあたしの味方でいてくれるよね?」

「敵である理由はないな。味方なんじゃねぇの?」


 我ながら素っ気ない言い方だな。


「そっか。じゃあね、あたしだけの味方になってくれる?」


 なかなか際どい質問だ。……脳裏にはあの女が思い浮かぶ。


「俺は誰かだけの味方になるワケにゃぁいかねぇんだ。必要としてくれるヤツがいる限り、俺は味方になってやるよ」

「……ふーん、恥ずかしいセリフ」


 静かに目線を落とした織川。それでも、俺は織川舞夏だけの味方だとは言えなかった。


 織川はハッと顔を上げ、


「ごめんね、雰囲気重くしちゃって……。ごはんは楽しく食べないとおいしくないもんねっ」


 その後三十分程度だろうか、織川と世間話でもしながら食事を取ったのだった。

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