0-3
「それにしても善慈から言い出すとはね、ケーキ作りなんて」
出雲が購入してきた材料を確認しながら呟いた。
「別に俺だろうが誰だろうがいいじゃねえか。ほらっ、菱野の茶道部が終わるまであと一時間を切る、さっさと作業に取り掛からねぇと」
まさか俺の案があんなにあっさり決まるとは思ってもみなかった。しかしまぁ、我ながら面倒な提案をしてしまったものだ、ケーキ作りなんていつ以来だろうか? 小学生の時、楽しそうにケーキ作りをする男女どもを傍から見ていただけの頃を思い出す。
それで、今日の主役は織川舞夏だ。俺たちボランティアの会は補助に徹するだけ。それに料理の好きそうな、お菓子作りの好きそうな女子ならそこまで助けは求められないだろう。
場所は部室から調理室に移した。幸い本日は調理部の活動はなく、すんなりと場所の許可が下りた。板チョコ、生クリーム、スポンジの購入は織川と出雲が十五分ほどで済ませ、いざ調理開始となる。
「あ、出雲……。イチゴは買ってこなかったの?」
桜庭が不満そうに漏らしたが、出雲は資金不足という理由を付けて彼女の質問を躱す。
「時間がないからな、簡単な工程で済ますぞ。まずはお湯を沸騰させて、板チョコを湯煎で溶かす。そこに生クリームを加えて、丁寧に混ぜ合わせればチョコクリームの完成。時間が余れば荒めに砕いた板チョコを加えてやれば、より良い食感が生まれるかもな」
そう説明していくのは何と篠宮だった。お菓子作りからかけ離れているような人種だとは思っていたが、まさかそんな趣味があるとは……。
「別に趣味じゃねーよ。俺の両親がそういう人間なんだよ。父親はホテルで専属のパティシエ、母親は俺んちで和菓子屋を営んでる。この前も和菓子と抹茶、持ってきただろ?」
そういえばそうだった。だが父親の職業は聞いていなかったな。頼もしい、ケーキ作りにはもってこいのサラブレットだ。
と、呑気に篠宮に感心していると、
「……うわっ! お水こぼしちゃった!」
この悲鳴は織川から。どうやら湯煎のために沸かす水を鍋から零したようだ。飛び散った水は織川の腕や胸元に掛かり……。
「あーあ、下着が透けちゃったね。男子は期待して見たいだろうけど、なるべく視線は逸らすように」
後ろで小説を開きかけていた桜庭は織川のミスを確認すると、ハンドタオルで織川の濡れた服を拭く。
「あっ、ありがと…………」
織川は両腕を軽く挙げ、水分を拭い取る行程を桜庭に任せる。…………なんつーか、刺激が強い。星型模様の下着は透け、その上を擦るように水分を拭い取るせいか、織川の豊満な胸は桜庭の手に合わせるように形を変える。見ているだけだが、柔らかくはあるけれどもその弾力は強く、桜庭の白い指を押しのけるようだった。
「ちょっとぉ神宮寺くん……見ちゃダメだよぉ、えっち……」
「スッ、スマン!」
怒鳴り散らすのではなく、頬を赤らめて弱弱しく苦言を呈する織川の反応は何というか、反則的であった。俺はただひたすら謝るだけ。
なら他の男どもはどうかと思って二人を伺えば、出雲は織川の代わりにお湯を沸かし、篠宮は購入した物の封を開け中身を興味深そうに確認していたのだった。
「もう少し紳士になりなよっ。気色悪い目で見られたら嫌がるでしょ?」
俺に文句を吐きながらも板チョコを袋に入れて細かく割り、ボウルに放り込んでいく出雲。その手際の良さには思わず唸りたくなってしまうほど。おいおい、織川の仕事はどうするんだ? そう尋ねてみれば、
「僕、お菓子作り好きなんだっ。だから僕も参加していい? ケーキ作りって一見簡単そうに見えるけど、意外と難しいんだよ? 僕が手伝えば時間の短縮にも繋がるからさっ」
いつも以上に活き活きする出雲。その笑顔が眩しい。たしかに時間短縮は大事な事柄だ。呑気ではいるが、時間までに間に合わせなければならない。
そういうことで俺たちは本格的にケーキ作りに取り掛かった。
◇
女子ならばお菓子作りが得意、なんてのは固定観念だということがよーく分かるような気がしたぞ、今回でな。
沸騰したお湯で火傷しそうにはなるわ、包丁の持ち方は危なっかしいわ、チョコと生クリームが均等に混ぜきらないわで予想以上に時間が掛かってしまった。出雲の手伝い、篠宮の助言(口ばっかりで、滅多に手は貸さなかった。まあ、例のごとく傍から眺めていただけの俺よりかは遥かに戦力だが)により、見事に時間内に完成した。ケーキを六等分し、告白用の二ピースは特別にラッピング(なぜか調理とは異なり、この作業は織川一人で綺麗に行えた)。
「おーいかなえ、ケーキの試食会だぞ」
始めは小説を傍に置き興味がありそうにケーキ作りを見ていた桜庭だが、途中で飽きてしまったのか、彼女は椅子に座って机に突っ伏して寝ていた。篠宮が起こしに掛かる。
「それではボランティアの会のお仕事が上手くいくことを願って―――いただきます!」
「………………洋画研究部だぞ」
出雲の一言で、織川を除く四人が完成したケーキにありつくことになった。
スポンジにチョコクリームが塗られ、その上に板チョコの欠片が乗っているような、シンプルなケーキだ。小腹が空いた時間に食べるには丁度いい大きさかもしれない。
「はむっ、……おいしいっ!」
大きく口を開け、パクリとケーキを頬張る出雲。
そして俺も出雲に習いフォークでケーキを一刺し、口に運ぼうとする。……のだが、
「……………………」
「おいおい織川さんよ……、そうやってジロジロ見られると、すごく食べにくいんだが」
何でそうやって俺のケーキを見るのだろうか? 味が気になるとしても、ほとんどの作業が織川のものではなく出雲のものだし。いや、好きな男に渡すモンなら不味いケーキは渡せないか。織川はそれを心配して……。
「……お腹すいた」
「後で菱野と食べろよ……。より空腹で食えば、もっとウマくなるだろうに」
「……むぅぅ…………はぐっ!」
「うわっ、ちょ! 何食ってんだコイツ!」
織川はフォークから口を放し満足げに、
「うーん、おいひ~」
両手で頬を覆い、幸せそうにもぐもぐと咀嚼をする織川。頬にはクリームが付いていた。
「……まったく、なんで俺から何だよ……」
文句を垂れつつも再びフォークでケーキを切り取り、今度こそ確実に自分の口に運ぶ。
まあ、本当においしそうに咀嚼する織川も見ていると怒る気も起きないが。
すでに食べ終えたのか、篠宮はおもむろに立ち上がり、そして、
「菱野の茶道部が終わるまでおよそ十分、そろそろ教室に行った方がいいんじゃないか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます