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 プール掃除は二日前の土曜日だったか、アレのおかげで部費が増やされることになった。ボランティアとは無償奉仕のことだが、どうやら篠宮に言わせれば利益が出ない範囲では報酬を貰うのは有りだということらしい。


「『――この世界を支配する害虫生物ハックマンと呼ばれる生命体を産み出したのは一人の少女だった。彼女は複数の男を愉しみ、そして――……』神宮寺も見てみないか、この映画?」

「悪いが、男二人で映画を見るような趣味はねぇよ」


 篠宮は教室の奥で、レンタルビデオ店で借りてきた、今から見るための数枚のDVDを選んでいた。

 桜庭は椅子に座り恋愛小説を読んでいた。


 桜庭には本が似合いそう、だからこうして部室の隅に佇んで読書をする光景は趣があると俺は思ったのだが。だが本人いわく、普段は家庭用、または携帯ゲーム機ばっかり弄ってるそうで読書なんて習慣はないらしい。ただこの部においては知的な面を強調したい、そういうキャラでいたいと桜庭は言っていた。だからこうして本を読んでいるそうだ。


 残りの部員の出雲は俺と一緒に宿題。意味不明な古文に頭を悩ませていた俺たちだが、


「――――こんにちはー、ボランティアの会に相談したいことがあって来ました!」


 突如ドアを引いて元気よく声を出してやってきたのは、金髪のお団子ツインテールが特徴的な織川舞夏。突然の訪問なモンでビックリした。


 ブレザーは着用せずに白のブラウスで、それもリボンは外して胸元のボタンを一つ空けるという、これまた大胆さを漂わせる格好だ。スクールバッグにはジャラジャラと、カバンの中身を吸いっとったように重そうなアクセサリを携えていた。


「もう少し人目を気にする身だしなみをしろよ……、特に女子は……」

「ふふっ、善慈とかなえちゃんの身だしなみは完璧だもんね」


 ニヤケながら取り出したDVDをノートパソコンにセットしようとしていた篠宮は、ゲンナリした様子で肩を落とした。桜庭かなえは気にせず小説に目を向けている。


「一応問おう、相談内容を。この部長直々にな」


 織川はほんのりと顔を赤らめて、両手の指をもじもじと動かし、


「その、お礼をしてあげたい男の子がいて……。どうやって想いを……あ、いやいや! お礼の気持ちを伝えられたらいいかなーって……」


 お礼という建前を使ってはいるが、本音は好きな男に告白だということはすぐに分かる。この女心に鈍い俺でも。

 くだらねー理由だな。……なんて言ったら泣いてしまいそうだが。


「くだらねー相談内容だな。帰ってどうぞ」


 言いがったぞ、篠宮は……。

 織川は身を乗り出して、


「くっ、くだらなくなんかないもんっ! そのっ、大事なことなんだよっ! 他の女の子たちは男の子と付き合ってるから……。あたしだって青春したいもん!」


 とうとう男に告白をするということも隠さなくなった織川。


「分かった、印象的な告白方法をこの篠宮サマがアドバイスをしてあげよう」

「あ、ちょっと待って! 今からメモを取るから!」


 織川はそう言って、鞄を開いてゴソゴソと中身を捌くる。どうでもいいことだが、同い年の女子の鞄の中身が気になった俺はチラリと盗み見、赤い数学の本が目に付いた。


「(あれ……、俺らが使ってるのって黄色の……)」


 見えたものをそっと出雲に耳打ちした。


「(……超難しい赤なんて使うわけないじゃん……。黄色でも難しいのに……)」


 まあいいとしよう。ここでは関係ないことだ。

 織川がハート型のメモ用紙とピンクの可愛らしいペンを構える。


「校舎を派手に燃やすんだよ。瓦礫が吹き飛ぶくらいに爆発炎上させてな。で、それを背景にして『お前のことが好きだ』、そうやってクールに言ってやればいい」


 織川は呆れたように肩を落とし、


「爆発音であたしの告白聞こえなくなっちゃうよぉ……。もっと他には!」

「いや、ツッコむとこそこかよ」


 思わず口に出してしまった俺。織川は俺に顔を向け、


「神宮寺くんには何か案がある? あったら教えて教えて! 出雲くんも!」

「うん、分かった。僕も善慈も一生懸命考えてみるよ」


 安心スマイルで織川をおもてなしする出雲。

 いや、一生懸命考えるつったって、


「つってもなぁ、今まで告白なんか一度もしたことがねぇんだ。そんな俺からアドバイスできることは限られてるぞ。つーか、お前の方が経験あるだろ、なんだかそれっぽい雰囲気だし」

「うわーヒドイ! 人を見た目だけで判断してはイケません! 先生に習わなかったの!?」

「習うも何も、俺は教師の言うことなんか大して信じてねぇんだよ。きっかけは小五の時の担任、俺たちに偉そうに正論を吐いていたが不倫してた。それに、生徒が怖くて奴隷状態になってた教師もいるしな」


 と俺が吐けば、織川はうわーっとドン引きして、


「神宮寺くんが言うような先生もいると思うけど、あたしが尊敬できるような先生だってしっかりといるのに。例えば……海音ちゃん……、えっと、榊原先生とか?」


 そりゃあオメデタイことだ。まあ、時には意見が食い違うことも出てくる。

 その時、篠宮は俺と織川の会話に入ってくるようにゆっくりと口を開いた。


「あんまりなー、恋愛相談は受け付けたくないんだよ。不純異性交遊の片棒を担ぎました、ってなったらどうする? うん、部費が降りなくなる。すなわち、映画のレンタルができなくなる。この一連の流れ、お分かり?」

「ちょっとアマト! 部費を勝手に使ったの!?」

「…………あー、いや、なんでもないです……」


 出雲が篠宮の顔を睨みつけるが、しょんぼりとする織川のことが気になってか、篠宮は出雲の視線を掻い潜り彼女の元にそっと掛けよる。


「まあボランティアの会、もとい洋画研究部が受け持つ相談は、恋愛相談とはちょっと違うんだな、これがまた。告白程度の内容なら友達にでも相談すりゃあいい。ま、そっちの方が俺らより詳しいだろうし」

「あ。洋画研究部って、アマトが勝手に言ってることだけどね」


 篠宮は織川の肩を軽く叩き、そして席に戻ってノートパソコンに手を掛ける。

 織川はポツリと、寂しそうな顔でその場に立ち尽くしていた。普段の明るい振る舞いからは考えられない雰囲気を醸し出す。


「……なあ、篠宮? せっかくここまで足を運んできてくれたんだからさぁ、相談程度は乗ってあげないか? 一応は、告白も人間関係の相談の一つだろ?」


 篠宮は面倒そうに顔をしかめたが、


「…………人間関係? いや、そうか……、ふんっ、人間関係ねぇ…………」


 ぶつぶつと一人、そう呟いたのちに、


「分かったよ、織川の相談に乗ってやるさ。ただし、俺のアドバイスなんて大したモンじゃないから注意しろよ?」


 一転して織川の顔が明るくなる。ウキウキと気分を高揚させた。


「まあアレだ、織川の好きなヤツは検討が付いてる。――菱野高丞ひしのこうすけだろ?」

「えっ、どうして知ってるの!? あたし、篠宮くんとはほとんど会話したことないのに!?」

「で、何と本日は菱野クンの誕生日なんだ。『誕生日』、ここから考えてみてはいかがかな?」


 何だコイツ……ストーカーかよ……。織川の気になる人物を言い当てたばかりか、菱野の誕生日を知っているとは。


「アマトはね、よく人の会話を盗み聞きするんだよ? それに、誰が誰に、どういった視線を向けてるなんてのもよく観察してたり」


 出雲が俺の疑問を表情で把握したのか、そう説明を加えた。

 織川はうーんと首を捻り、


「……誕生日かぁ……。やっぱりプレゼント? いやでも……こーちゃんが欲しいものって何だろう?」

「好きなものを知らないとは……、本当に告白する気でいるのか?」

「むぅ……、そんないきなり誕生日ですっ、って言われて困ってるだけだから!」


 そもそも好きな男の誕生日を知らなかったのはどうなのだろうか?


「まぁ、誕生日つったら…………」

「ラブレターを送ってみたらどうかな?」


 出雲が提案した。


「……それはちょっと……。あたし、凝った文章書くのニガテだし……。って、ラブレターと誕生日は関係ないよね?」

「う~ん、別に僕は誕生日がどうとか拘らなくてもいい気がするけど?」

「ふん、イーさんよ。誕生日っていうイベントを使わない手はないだろ? 誕生日って特別な日に特別なことをすれば、それだけで思い出は強くなる。だろ?」


 この篠宮の意見にはもっともだと思う(ちなみにイーさんとは出雲のことだ)。

 誕生日、そう言われて思いつくのはまずプレゼントか……。いや、それは織川の発想であり、俺が第一に思い浮かんだのはその細分化したものとでも言えるべきものだった。


「誕生日となりゃぁ、まずは『ケーキ』だと俺は思ったけどな。どうだ、祝いのケーキ作ってみればいいんじゃないか?」

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