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 ボランティアの会、と名乗り部費を頂戴しているからにはやはり、それ相応の働きは必要なのだろう。そもそも、ボランティアに報酬が発生していること自体矛盾していることなのだが。まったく、面倒な仕事を押し付けられたものだ。


 鮭の切り身をふんだんに取り入れたおにぎりをもしゃもしゃ頬張りつつ、ぼんやりと文句を脳内で吐き出しているのは孤高の高校生、神宮寺善慈。


「ほら善慈、そんな顔しないでもっと楽しく食べようよっ。せっかく僕が早起きして作ってきたんだしさっ。えっと、こっちは昆布のおにぎりが……」


 眩しい笑顔で俺におにぎりを差し出すのは、少女とも間違えてしまうほどの顔立ちをした少年、出雲柚儺いずもゆいな。首元まで掛かる銀に近い薄水色のサラサラした髪、人形と称しても構わないだろう二重の瞼のパッチリした目、ピンクのふっくらとした唇から放たれる女らしい高い声、他にも紹介してしまいたくなるくらいだがこれ以上は割愛。


「……どうしたの、善慈? そんなに僕を見て? あ、……僕、男だからね?」


「別に発情なんかしねーよ。ただまあ……、ここはプールサイドなんだから上半身裸くらいにはなってほしかったところだな」


 そう、俺たちボランティアの会は教師の榊原海音に頼まれて、この夏開かれるプールの掃除を行うことになったのだ。青空に白い雲、絶好の掃除日和だ。ただまあ、休みの日は使いたくなかったが。

 出雲は両腕で上半身を覆い、アヒルのように口元を尖らせて俺を睨みつけた。


「善慈だってシャツ着てるくせに……。そんなこと言っていいのはアマトだけだから……」


 横に目を向ける出雲に合せるように、俺も視線を若干スライドさせる。

 アマトこと篠宮天祷は海パン一丁で、出雲の左隣で黙々とおにぎりを頬張っていた。さらには頬張る動きと同時進行で、例のアレに視線を向けていたようだが……。


「篠宮、堂々とアイツらを見てるのはイイけどよ、見すぎるのは自重しとけよ」


 なにもプールを掃除するのは俺たちだけではない。榊原が呼び寄せた女子グループ三人も掃除に参加していたのだ。それも全員ビキニ姿で。

 始めは三人ともそれぞれシャツを着ていたが掃除をするにつれて濡れてしまい、俺たちのことを気にもせずにビキニ姿になったのだ。

 水に浸かる分には流石に寒いが、こうして日に当たりながら肌を露出する分には適している。こうした条件が揃ったのもビキニ姿になった一つの理由かもしれない。


「あはは、楽しそうだね」


 出雲は微笑ましく女子グループを眺めていた。俺も二人に習って視線を配らせてみる。もちろん、気づかれないように細心の注意を払って。


 一度たりとも会話をしたことのない女子だった。ま、クラスで女子と会話をした経験なんて滅多にないが。ケド、三人の名前は覚えている。なぜって? それは目立つからさ。教室の端っこで佇む俺にとっては眩しい存在ではある。

そんな中、俺は一人の女子生徒に目が付いた。


 織川おりかわ舞夏まなつ


 身長は女子高生の平均程度だろうか、金髪のお団子ツインテールが特徴的な彼女。彼女もまた楽しそうに水を掛け合ったりで、輪には溶け込んでいたのだが…………。


「結構デカいな…………」


 恥ずかしながら、ゴクリと唾を飲み込んで思わず見入ってしまった。およそ距離は二十メートル、だがそれでも分かる、大きく実った二つのスイカが。ああ、これも男の性なのか。俺のキャラ的には格好付けて風景でも眺めていたいところだが、強烈な磁場が働いているのか俺のS極しせんN極むねに引き寄せられてしまう。


「……んもう、下品だよ。カッコつけて青空でも見上げてればいいのに」


 たしかに、ほどほどにしないと明日以降、俺の教室内での存在が保障されかねない。机だって消えてるかもしれない。

 だが俺はそれ以外に気になることが一つあった。


「篠宮、お前まだ見てるのか? よくもまぁ堂々と。そんなに水着女子が好きなのか?」


 篠宮は懲りもせずに、黄色い声を上げて水遊びをする女子たちに視線で追っていたのだ。


「――――ふんっ、こりゃあまた一波乱がありそうだぜ」

「波乱? それどういう――……」


 俺の言葉は思わぬ形で遮られる。


「ちょっと! さっきからあたしたちを変な目で見てるよねぇ!?」


 それは女の声。篠宮へ向けた視線を声の方に向ければ――――織川舞夏だった。

 織川は腰に手を当て、前屈みで俺に視線を合わせるように、ムスっと口を尖らせ怒鳴るように言った。


「ちょっ、おいっ、前屈みになるなって……。視線が……そのっ」


 当然のことながら動けば揺れるモノはあるワケだ。愛くるしい顔からは想像できないような大きめの胸が、謎の魅惑を醸し出す隙間が、脳にダブルパンチを食らわせるように視界を占領する。

 織川は何のこと? と首を捻ったが、俺のしどろもどろな対応から理解できたのか、みるみるうちに顔が赤くなり、


「キャッ! 見ちゃダメ!」


 うぅ、と蚊の鳴くような声で、両腕で胸を隠しその場に縮こまる織川舞夏。と、そこに、


「まっなつぅー、何やってんのー? ってうわ、神宮寺じゃんかよ……。コイツと関わるなんてロクなことないし。ヘーキで女の子泣かせるようなヤツなんだし。ほらっ、行くよ舞夏」


 まるで汚物を見るような鋭い目つきで俺を蔑むのは、実質クラスの女子リーダー、高坂こうさか玖瑠未くるみ。背は女子の平均身長からは高めで、ピンク髪のロングを首元で、銀のアクセを用いて留めていた。体型は織川とは対照的で、熱した鉄を叩いて伸ばした理論が通用しそうだ。

 織川はゆったり立ち上がり、俺のことをチラチラと見やりながら、


「……でっ、でも……、あの生徒会長は…………」

「えー、生徒会長がどうとか関係ないしー。コイツが女の子を泣かせたのは事実。てか、神宮寺と絡むのはよそう、ってこないだ話したところじゃんかよー。さっ、あずみが待ってるよ」


 高坂サマは正統派(?)青髪ロングの片瀬あずみを指差し、そう告げた。


「……うっ、うん……そだね。行こっか!」


 こうして二人は去って行った。俺のことをボロクソに言って。


「――――出産シーン」


 は? 今なんて? 篠宮は突然そのように言い放った。


「ソイツの出産シーンを頭に思い浮かべれば、欲情なんてすることはまずないぞ。三日前に見た映画で、何の気が狂ったのかは知らんが、突然出産シーンを挟んできやがった。どうしてカットしなかったのか、ブログで文句を書きまくったぞ、俺は」


 篠宮は熱く語り始める。映画、特に洋画になると篠宮は熱くなる傾向になることは知っているが……。


「こらアマト! 生命を冒涜するようなことは言っちゃダメだよ!」


 しっかりと訂正をする出雲に、話を逸らして適当にお茶を濁そうとする篠宮。


「本当に災難だね、善慈くんは。あんな生徒会長に関わったせいで」


 またまた女の声、今度は背後からだった。思わず振り返ると、


「「お――――っ」」


 思わず漏れた感嘆。篠宮と被ったのはアレだが……。

 桜庭かなえ。抜群の顔立ちに抜群のプロポーション、着用するのはスクール水着ではなく爽やかな青を基調としたビキニ。桜庭は俺たちに見せびらかせるようにロングの黒髪をフワリと掻き上げた。


「おおっ、似合ってるぞ。そのプロポーション、まさにハリウッド界の――……」

「はいはい、映画のお話しはここまで。話し出すと長くなっちゃうんだから……」

「あれー、出雲? 出雲は褒めてくれないの? 遠慮せずに見てもいいんだよ?」


 そっぽを向いて知らんぷりをする出雲に対し、桜庭は彼の柔らかそうな頬を指で掴んで顔の形を変えて弄ぶ。


「…………なんか感想を言うと、かなえちゃんにイジられそうだからヤダ……」


 とまあ、賑やかに俺たちはプール掃除を過ごした。けれども一つ気になることがある。それは篠宮の意味深な言葉、


『――――ふんっ、こりゃあまた一波乱がありそうだぜ』


 あの後、織川や高坂と絡んだせいで詳細を訊きそびれてしまったが大丈夫なんだろうか? 

 まったく、事件だとしたら勘弁願う。なるべく穏便に過ごしたい性分なもんでなぁ、俺は。ま、問題解決のためにこの部に入った俺が言うのもなんだがな。

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