せめて青春の意義を知るまでは

 おっと、注文したメニューを店員が持ってきたようだ。枝豆に串焼き、煮物、魚の塩焼き、手羽先、揚げナスなどが次々と机に並べられる。


「うわー、なにこの茶色いの? 海音ちゃんが注文したのだよね?」


 織川が不思議がって見ているのはどて煮のことだろう。モツを赤味噌で煮込んだ料理だ。


「母親の故郷の名物でね。見た目で遠慮しがちだけど、案外ウマイぞ」


 織川と桜庭は焦げ茶のそれを箸で掴むと同時にパクリ。


「うーん、おいしいっ。これお米に合いそうっ」

「うんうん、おいしいね舞夏ちゃん。ごはん食べたくなっちゃうかも」


 篠宮は揚げナスを一口頬張り、


「ウマイな、これ。流石は榊原センセイ行きつけの店だ」


 彼はその味を堪能しつつ、今度は織川に顔を向け、


「そんなら次は舞夏か。相談ってわけじゃないけど、あのメイド喫茶の件でも振り返えろうぜ。あれも一種の人間関係の問題だろうし」


 あの出来事も、クラスメイトとの人間関係を解決するための活動と言えるかもしれない。学園祭の出し物に選んだメイド喫茶が、クラス女子内にヒビを入れかけたあの一件。織川がクラスの関係を壊さない方法を模索し、最後に解答を見つけ出した。


 織川はえへへと苦笑いで、


「そもそもホームルームの時間で反対するべきだったんだよね。票数はメイド喫茶が一番だったけど、あたしが反対理由言ってれば変わってたのかも」

「でも、それができたら苦労しないよね……。下手したら空気読めないって思われるし」


 教室がメイド喫茶ッ、メイド喫茶ッ! と盛り上がる中、『ルックスが原因で傷つく人が出るかもしれないからやめようよ~』、なんてはたして言えるだろうか? 俺にはとてもじゃないが言えん。相当な強心臓か空気読めない系の人間じゃなきゃ不可能に近い。


「う~ん、どうすればいいのかなぁ? 空気読めない発言したら叩かれちゃうし……。篠宮くん、篠宮くんならどうする?」

「俺か? そうだねぇ……。メイド喫茶以外の、クラスの連中が食いつきそうなネタを考えて言うとか? それならマイナスは言わんで済むし」

「アマトくん、その答えズルイ気がする……。メイド喫茶以上の案が思いつかなかったらどうするの?」


「神宮寺に訊いてみろよ。神宮寺の答え、俺は聞きたいね」

「挙手制なら俺は発言しんぞ。黙って周りに耳を貸すだけだ。メイド喫茶ならそれに従うまでだね」

「それ、篠宮くんよりずるーい。てゆーか、答えになってないし」

「……俺は言わんだろうし思わねぇけど、『メイド喫茶は女しか主役になれないから、男も表で活躍できるような出し物にしないか』、……そう言えばいいんじゃね?」


 この答えも完璧ではないだろうが、少なくともルックスうんぬん言うよりはマシだろう。

 それにしても、榊原はどうした? さっきからやけに黙っているような?


 チラリと、内心ビクつきながら隣を伺うと、


「……オイ、大丈夫か?」


 認めたくないが目鼻筋通った、整った顔立ちの彼女。前方の二人とは違う、確かなる大人としての顔。目尻は若干垂れ、頬も朱に染まる。色っぽさ全開の雰囲気出してやがって……。


「ねぇねぇ、じんぐうじぃ……」


 普段の凛とした振る舞いは影をひそめ、舌足らずな甘えた口調で俺にその身体を傾げると、


「さいきんさー、アイツ相手してくれないから夜のコミュニケーションがご無沙汰なんですよねー。だーかーらー、神宮寺が相手してくれると嬉しいな。イイ身体付きしてるしー。地味なクセしてすっごい鍛えてるよねー?」


 何気に俺の腕に当ててくる柔らかな胸。歳はたしか二十七、意識するなってほうが無理だ。


「やっ、やめろ……。お前教師だろ、俺は生徒だぞ……。知り合いが見てたらどうすんだ……」

「……アイツ? ひょっとして……、うっ、海音ちゃん今もカレシいたの!? この嘘つき! てか、やだ! ぜんじー離れて!」


 顔を真っ赤に沸騰させぷんすかと怒る織川。紅潮しているのは怒っているからだけではなさそうだ。

 榊原は榊原で、織川の言動を全く無視し、


「いいじゃんいいじゃーん。青春部ヒロインズに見せつけてやろうじゃん、大人の世界ってヤツ。教室じゃあ教えられない大人のステップの踏み方をね」


 ナニ言ってんだコイツ! なんて生々しい発言をするんだこの女は!?


「俺には見せないんですか?」

「見なくていいわっ。つーか止めろ部長!」


 対面に目をやれば、柔らかそうな頬をぷっくりと限界まで膨らませ、不機嫌そうな目つきで俺たちを凝視する織川。対照的に、ご愁傷様とでも言いたげに苦笑いで目を逸らす桜庭。


 「仕方ねぇな」、篠宮が助け舟を出してあげますよとでも言わんばかりに、口元をニヤリと緩めてボソっとそう言うと、


「まーセンセイ、残念ですけど神宮寺の対象年齢にセンセイは入ってないんですよ。なんでも中学生以下じゃないとマズイらしくて」

「篠宮テメェ、何言ってんだ!? ンなワケあるか! もっと上手い助け舟があるだろ!」

「なぬっ!? それは教師としてほっとけん! 年上の良さを私が植え付けてやらねば!」

「落ち着け、榊原! 明日絶対に後悔することになるぞ!」


 俺は桜庭と織川に視線で助けを叫んだが、


「善慈くん、年下相手にはやたらイキイキしてるもんね、特に女の子に対しては。前々から目つき怪しいと思ってたし」

「ハッ! まさか同級生の女の子苦手だったのって……。ぜーんじーっ」


 桜庭はわざとらしく驚いたフリを、織川はじーっと目を細めて俺を睨み続ける。


「ちょ、お前ら! 変な誤解してんじゃねぇよ!」


       ◇◆◇


 人間関係とは、やはり面倒で細かい部分に気を配らなければならないモンらしい。たとえばあのラブコメという名の三角関係修羅場劇の件だとか、メイド喫茶の件だとか、桜庭かなえと織川舞夏によるケンカの件だとか。人間関係により生じる問題は時に人の心を傷つけてしまうモノ。恋愛関係、クラスメイト関係、友達関係、……形は違えどな。


 だけど。


 この青春部という、人間関係により生じた問題を解決する部に所属しておよそ一年、俺は一つ気づいたことがある。それは、充実した高校生活を送るためにも何かしらの人間関係をつくる必要があるということだ。


 浅間葵のように失恋する反面、西尾絵美と岡崎巧のように素敵な関係をつくることもあるし、織川舞夏のようにクラスメイトと共に一つの目標に向かって何かを成し遂げるという達成感を味わえるし、青春部ヒロインズのように本当にわかりあえる友達を獲得することもある。彼ら、彼女らを見ていると、人間関係は充実した高校生活を送るために大事なのだろう。


 それは――――俺だって同じだ。


 口にはしないが、今こうして篠宮天祷、桜庭かなえ、織川舞夏、それに榊原海音と過ごす日々、楽しいし一生忘れないと思う。


 つまり俺が言いたいのは、充実した高校生活を送るためには、数は少なくてもいいから誰かと関係を構築してみろってことだ。ぼっち生活も周りの目さえ気にしなければ最高に気楽だが、楽しいとはなかなか思わないはずだ。そして人間関係を構築する過程で、構築した後で困ることがあるのなら、ぜひとも俺たち青春部を頼ってほしい。そのために俺たちは活動している。


 それを踏まえて、結局俺が何を思っているのかと言えば……。


 人間関係は青春と言えるし、青春は人間関係というカテゴリーを含む。それはこの一年を通してわかったのだが……。はて、自分が実践できているかどうかはまだわからん。青春部としての活動も、俺にとっては十分青春とよべるはずなのだが、何となく物足りなさはある。それは俺のワガママってより、貪欲な気持ちが芽生えたからに他ならない、そう捉えたい。最終目的は……やっぱ恋愛か? ……ふんっ、高望みしすぎだな。まあでも、貪欲な気持ちは枯らさずに青春の本質を探っていきたいね、たとえ俺の存在が地味であっても。



 せめて青春の意義を知るまでは、俺はこの青春部で人と人とが紡ぐ関係を見ていきたいと思う。

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