2-8

 しかしまぁ、篠宮と一緒にメイド喫茶を訪れたのもすでに一週間前か。大きなイベントが控えているとなると、時間の経過はあっという間に感じるモンだな。


 そんなわけで――――――学園祭当日。


「それじゃ神宮寺、行こうぜ」


 飾り付けの凄まじい廊下を、俺とともに歩くのは青春部のトップの篠宮。コイツとは違うクラスに所属しているのだが、午前の間はこうして一緒に行動することになった。というのは、俺と篠宮がクラスに友達を持たないぼっち男だからではないぞ。


「もう少し気を利かせてくれると助かるんだけどな~。俺サマだけ仲間外れになるとは」


 俺、および篠宮の、クラスでの友達が出し物の手伝いの関係上、午前中は空き時間が無くなってしまったのだ。


「でも学園祭って気分になるよな、神宮寺。俺はこういう雰囲気、好きだぜ」


 賑やかな一日になるのだと改めて予感させられる。一年の教室が連なる廊下をざっと歩いてみても、オバケ屋敷、宝探し、アンケート調査という定番のネタからマジックショー、プラネタリウム、自作ゲームの発表会など手の込んだ珍しいネタまで見られた。


「一年生でこれだと、映画上映会とかやってる俺のクラスが恥ずかしく思えるわ」


 提案者の俺も、午後からは仕事をしなければならない。


「映画好きの俺からすれば、神宮寺のクラスは絶対にチェックだな。俺が採点してやるよ、お前の映画のセンス」


 カラフルな飾りつけにオバケやメイド、果てはチャイナ服のコスプレをした生徒らが廊下に集結し、地味な公立校に華を添えている。本気出せば高校生でも結構なモン作れるんだな。

「そんで篠宮、見に行きたい出し物って――……」


 と、俺が言いかけた時だった。


「キミたち、男二人だけで寂しくないのか?」


 ポンと、右肩に手が添えられたのだ。よく知る女の声とセットで。

 隣の茶髪の男と同時に立ち止まり、一緒に背後を振り返ってみれば、


「どうした、一人で。調理部の出し物とかはないのか?」


 黒に近い茶のロング、認めたくないが目鼻筋通った美人顔。着飾るのはブランド品のTシャツにジーンズ、腕輪やネックレス等の装飾品、若さも相まって大学生にしか見えない外見。本業は高校数学教師、榊原海音がそこにはいた。


「調理部の出し物は午後からだからね。それまでは私もヒマってこと。それで、お二人さんはこれからどこに行くつもり?」

「今から神宮寺と相談するところでしたよ。たぶん舞夏とかなえのトコに行くだろうけど。って、どっちもメイド喫茶かよ……つまんねー」

「それじゃ、織川のクラスからにしねぇか? こっから近いし」


 またしても男二人とメイド喫茶か……、と思ったら、


「何なら私も付き添って構わないか? 舞夏のメイド姿は見てみたいし。きっと萌えさせてくれるんだろうな」

「いいですよ。センセイと一緒ならメイド喫茶にも入りやすいし」


 榊原教諭は苦笑して、


「先週、二人であのメイド喫茶に行ったんだって? 男子高校生二人きりって……」

「いいじゃねぇか、誰と行こうが関係ねぇだろ。個人的にはカップルと行くほうがムカツクわ」


 ということで、女教師という想定していなかったお供を連れて俺たちは織川のクラスへと赴くことにした。


       ◇


「お帰りなさいませ、ご主人様!」


 俺たち三人が豪華に飾り付けされた教室前方の出入口を潜ると、早速メイドの国特有のご挨拶が耳に入った。

 入場してすぐの場所、ペコリと頭を下げていたのは…………、


「って、ぜんじー! それに篠宮くん、海音ちゃんも!?」


 偶然にも目的の人物、織川舞夏だった。メイドの衣装を着用する関係上、髪型はトレードマークの団子をほぐしたナチュラルセミショート。普段見慣れぬ髪型、不覚にもドキリとしてしまう。髪型が違うだけなのに、どうしてこうも心動かされるのだろうか?


 織川は教室奥へバッと目をやり、


「ごっ、ご主人様三名お帰りになりましたーっ」


 ぎこちない噛みかけの言い方で彼女は黄色い声を張り上げた。

 榊原が織川の背中にポンと触れ、


「男の客はご主人様、女の客はお嬢様じゃなかったかな?」


 織川はハッと口元に手を当て、


「ごめん! ご主人様二人、お嬢様一人!」


 丁寧な言葉で言い直せよ、ここは居酒屋か。


 織川は不満げに、少し不機嫌そうに膨れて、


「もうっ、あたしの仕事っぷり見られたくないんだよね。ぎこちないしヘタッピだし……」

「ほら織川、文句言ってないで俺たちを案内しろ。お前の働きっぷり、見といてやるからよ」


 何か言いたげに「む~っ」と、柔らかそうな頬にぷっくりと空気を注入したが、


「……こちらの席にどっ、どうぞ。すぐにお冷をお持ちいたり……致しますっ」


 いつもの滑らかな滑舌はどうしたんだ、と言わんばかりのカミカミ案内。さらには周りのメイドからも織川に対し、頼みなどがあれやこれや飛び交い、


「……あう~」


 席を案内し終える頃にはグルグルと目を回す始末。…………大丈夫かよ。

 だけどそんな織川の働きように俺たちは文句を付けず、そうして案内された席へと座った。メイドの織川はお冷を取りに裏方へ向かっていく。


「それにしてもお嬢様なんて言える歳か? もう少し歳を考えたらどうだ? ハハッ」

「神宮寺、宿題三倍の刑な。覚悟しとけよ」


 余計な一言は言わないに限るな、特に女教師相手には。

 お嬢様と言える歳かはさておき若さの残る二十代の女教師、懐かしむように教室全体を見回し、


「いやーいやーこの机、いかにも学園祭って感じがしていいね。私の青春時代もこんなふうに机と椅子を並べたっけ。もう十年も前になるのか……」

「センセイ、カレシと一緒に見回ったりしたんですか?」

「ああ、二年と三年の学園祭は一緒に回って……てコラッ、その件は学校ここでは内緒だって言っただろ!」


 篠宮に咎めるような視線を送る榊原。女子生徒の共感を得たいがためにカレシ不在アピールをしているこの女。ホント悪質だね、純粋な乙女心を汚い私欲のために弄ぶのは。


「……え、海音ちゃんってカレシいたの!? うそっ、高校時代は寂しい青春送ってたって言ってたじゃん!!」

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