2-7

「でも神宮寺、ここはメイド喫茶だ。顔で判断するのは当たり前のことなんだよ」

「まぁ、一理ある。客は相応の対価を払ってるしな」


 メニューの値段が高めに設定されているのも、別に食材の高級路線に走っているからではなく、メイドへのサービス料が含まれてのことだろう。要はプロ、相応の金額で相応のサービスを提供してもらうワケだ。


 しばし篠宮とメイド喫茶について会話していると、


「おっ、やって来たぜ、狙いどおりのメイド様がな」


 篠宮の示す視線の先を見ようとした瞬間、


「――――もぐもぐ、お待たせしましたご主人様。オムライスといちごパフェになります」


 コトンと、注文したメニューを机の上に順に置いていく清楚な黒髪のメイド。そうして置き終え、盆を胸元に抱え何も言わずメイドは後ろを振り返った。


「おい、待て」


 後姿を見せたメイド、背中中段にまで掛かるきめの細かい髪をピクリと揺らした。

 こちらに身体を向き直したメイドに、俺はメニュー冊子を開いて見せ、


「冊子の写真といちごの数が違うんだが? 注文したヤツ、二個少ないぞ」


 ピクッと肩を揺らしたご主人の使い、頬に垂れる一筋の汗。視線もあさっての方を向く。

 だけど開き直ったように平常心を取り繕い、


「いいじゃん、一個か二個食べても。大して変わんないでしょ?」

「変わってるから気づいたんだろ。つーか客の注文したメニュー、運ぶ途中で食うヤツがいるか?」


 桜庭は文句を放ちながらも、物欲しそうにいちごパフェに見惚れている。


「かなえ、ケチャップで何か描いてくれよ。運んできたメイドが描くんだろ?」

「……うっ、ケチャップくらい自分で出してよ。わざわざ私にやらせなくても……。あれ、恥ずかしいし……」


 業務までも放棄しようとするポンコツメイド。


「かなえ、メイド姿似合ってる。紺と白を基調にした服だから黒髪が似合うね。大胆にヘアバンドを外したのもグッジョブ」


 篠宮チェックに合わせ、改めて彼女のメイド姿を拝んでみる。頭には普段の日替わりヘアバンドではなくフリルの付いた白のカチューシャを、身に纏うのは紺色を基調したワンピースとフリルの付いた白のエプロンの衣装という、極めてオーソドックスなメイド服だ。


「……あんまりジロジロしないで。メイド服なんて着たくないし……」


 恥ずかしそうにもじもじする桜庭、こんな姿は滅多にお目に掛かれない。はて、水着姿ではノリノリだったのにメイド服ではこの有り様なのはどうしてか?


「いや、だってさ……、メイドって奴隷じゃん? この私が奴隷なんか……。出し物だってお姫様喫茶やりたかったのに、もうっ」


 そこかよ、恥ずかしがってるポイントは。

 考え込むようにムスっと腕を組み、いちごパフェを凝視した桜庭、


「……んじゃ、アマトくん、善慈くん。そのパフェ二口食べさせてくれたら要求に応えてあげてもいいけど?」


 どうしてメイドが上から目線になるんだよ。


「だっていちご食べたいもん! いちごいちごいちごぉっ」


 仕舞には物欲しそうに目を潤ませ、駄々を捏ねるようにポンポンと太ももを拳で叩く桜庭。


「あー愚図るな、みっともねぇ」


 スーパーのレジ前で泣き叫ぶガキか。ったく、高校生にもなって……。


 大好物で桜庭が釣れると考案した篠宮でさえも、そんな桜庭のワガママを見て「……えぇ」と引き気味の様子であった。


 だけど、これはチャンスでもあると思った俺。ニヤリと気味の悪い嫌な笑みが出る。


「それじゃあ桜庭、――――そこにおすわりしろよ。おすわりしてワンと鳴けば一口食べさせてやる。ケチャップでメイドらしく文字を描けばもう一口許してやる」


 桜庭の足元を強調してそう言ってやった。篠宮は「まさか」とでも言いたげに苦笑い。


「ごっ、ご主人様ぁ? 少々お調子に乗りすぎじゃないですかぁ? ふっ、ふふふふふふふふ…………」


 女神とよんでも差し支えない顔を歪ませて、ピクピクと眉の端と唇を震わせるメイド様。

 ヤバイッ、流石に一線を越えてしまったか? ――――だけれども、


「…………いちごぉ………………」


 ボソッと切なげに呟くと、考え込むように数秒間パフェに視線を向け続け、やがて――――、


「おっ、おい、かなえ…………」


 篠宮の言葉届かず、メイドは俺の指示どおり膝を折り『おすわりの格好』を見せた。そして、


「…………わん」


 ポツリと、半分涙目で呟いたのだった。

 ……本当に言いやがった、マジでやりやがった……。恐るべし、大好物への愛!


「かっ、かなえ! やらなくても食べさせてやったんだぞ! コラ神宮寺、性格悪すぎだろ!」


 桜庭は顔を紅潮させ、視線だけで命を奪えそうなほどの鋭い目つきで俺を睨み、


「うううううううううっ!! 誰かに言ったら殺してやる!!」


 普段のお姉さま振る舞いはどこへやら、奥歯をキツク食いしばりのろのろと立ち上がった。

 だけど両手でグラスを手に取ると、抱えていたであろう真っ赤な怒りが嘘のように消え、


「…………やった、いちご……」


 キラキラと無垢な目を輝かせてパフェを眺め、スプーンを手に取り大きく口を開け、二回口へと運んだ。おかげでパフェの半分が消えてしまった。


「~~~~~っ!!」


 絶頂を迎えたような表情で何度も咀嚼をすると、桜庭はグラスの代わりにケチャップ容器を躊躇うことなく両手で掴み、蓋を開け、


「――――おいしくな~れ、にゃんにゃんっ」


 とてつもない破壊力を秘めた甘い声とともに、ケチャップで文字を描いていった。

 先ほどまでの恥ずかしさは完全に消え失せ、ルンルン気分な軽い足取りで桜庭は去っていったのであった。


 ちなみにオムライスには『アマト』という文字とハート模様はあれど、俺の名は無し。


「桜庭のキャラが崩壊してんな……。……あー、そういやぁ篠宮、代金はどうするんだ? ワリカンか?」

「部の活動だから部費で払う予定だよ。何やかんやでお前ら部費使わないし、こうやって使っていかないとな」

「じゃあ、パフェは桜庭も食べる権利があるってことだよな?」


 ハッ、と驚きの声をあげる篠宮、すぐに人差し指を唇の前に添え、


「…………しー、このことは黙っておこう。男同士の秘密だ」


 男同士の秘密というのも気味悪いが、その秘密は絶対に他言しないと心に決めた。


「まあ、まずはオムライス食べようぜ。どうせ味はそんなに期待できないだろうけど」


 期待できんのは同意だ。コスプレした姿を拝み特殊なサービスを受けることがメインな店、料理の味は多少おざなりでも許されるだろうし。

 一つのオムライスを二人の男子高校生がスプーンで突きながら食べるのはいかがなものかと考えつつ(できれば取り皿が欲しかった、持ってこいよ桜庭)篠宮と同時に一口、


「…………うめぇ」


 数度の咀嚼、思わず口に出てしまった。……いや、まさか……ここメイド喫茶だろ……?

 向かいの篠宮も目を見開き、


「昨日のオムライスが残飯に思えるぜ。なんだこの味付け!? 高級レストランでも余裕で出せるだろ…………」


 そんな表現も、グルメリポーター宜しく過大でオーバーな表現とは思えなかった。


「これ作ってくれたシェフに謝りたくなってきた。さっきは申し訳ないことを言っちゃったな」

「ハッ、俺は始めから期待してたぞ。カネ貰って出したモン、マズイなんてありえん」

「ウソ付け、いつもの死んだ顔で口に含んでたじゃねーか。食べた後で生き返ったよな」


 それにしても、俺たちはメイド喫茶というだけでオムライスの味に過小評価を下していた。


「篠宮、これだけ味が良かったらこの店、もっと有名になってもよくねぇか?」

「結局、味なんて二の次なんじゃないっすか? ここの客は俺たちを含めて、メイドのコスプレを見にきてる。だから従業員のルックス、サービス、それに服のデザインが何よりも大事なんだろうな」


 篠宮はフッと笑い、店内で精力的にサービスをして回るメイドを見ながらそう話した。


「そりゃあ当然か。なんつったってメイド喫茶だもんな、ここ」


 ま、篠宮が言ったことなんてごく当たり前の一般論だ。俺だってわかり切ってることだし。この喫茶の生命線がそういうモノだっていうのは。


 …………ん、ちょっと待てよ?


「あっ」


 それを考えた瞬間、呆けた声が思わず出てしまった。


「おっ、神宮寺クンも気づいてしまったか」

「ああ、今さらになって気づいたわ。ハッ、俺もまだまだだな」



 昨日、織川がメイド喫茶に対して悩ましげな表情をしていた理由がな。

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