2-9

 と、驚きの声をあげたのはナイスタイミングでお冷を運んできたメイドの織川。


 榊原は頬に冷や汗を垂らし、視線はあさっての方向を向くなど露骨に動揺を見せ、


「えっ、ちょっ! ちっ、違うから舞夏! 私の高校時代はマジメに勉学に取り組んで受験のために孤独な闘いに立ち向かって――……」


 早口で言うなよ、余計怪しまれるぞ。


「もう、リア充爆発しろだしっ。ふんだ、海音ちゃんには恋愛相談しないもん、嘘つき!」

「……チッ、覚えてろよ篠宮」


 それでも賑やかな教室内、榊原の発言は喧噪によってかき消されたようだ。チッ、明るみに出ればよかったのに。


「それでみんな、なに食べたい? って、オムライスしかないけど。飲み物は種類揃えたからそちらもどうぞ」


 メニューを尋ねる織川、そんな彼女のメイド姿を改めて眺めてみた。

 ナチュラルセミショートの金髪にフリルの付いた白のカチューシャ。身に着けるのは黒を主体とした半袖ワンピースに純白のエプロンと、先週伺ったメイド喫茶のコスチュームと似たスタイル。ただ、教室内にはピンクを主体にしたメイド服もチラホラと見られた。

 俺の視線に気づいたのか、織川がノリノリの笑顔でスカートの端をちょこんと摘まみ、


「どうどう、このメイド服? 可愛いでしょー、みんなで作ったんだよ?」

「ああ、よく作られてる。大変だったろ、作るの」

「うん、これ作ってたから部活になかなか顔出せなかったんだ」


 楽しそうに話す織川。一週間前、出し物がメイド喫茶に決まった際の表情は雲っていたけど、今は心持ちも軽そうだ。何やかんやで織川も学園祭を楽しめているみたいだな。

 さあて、オムライスが運ばれるまで適当にくつろいでいるか、そう思った時だった。


「神宮寺、見てみろよ。なんか上手くいってないみたいだな」


 俺に目配せをしてきた茶髪の男。同調するように背後を見やれば、制服を着た男とメイド服姿の女子三人が深刻そうな顔で何やら相談をしている。趣味は悪いが盗み聞きしてみると、どうやら想定していたよりは客足が悪く、このままではマイナスも考えられらしいという現状と、それに対する打開策を話し合っているようだ。


「教師目線で言いたいことは、とにかく赤字だけは避けろってトコだな。他のクラスの利益を補てんすればよっぽどは大丈夫だろうけど……」


 向こうのハナシどおり、教室内には少々の空席が目立つ。時刻も十一時を回ったところ、そろそろ客足を増加させないとヤバい頃合いだ。

 さらに耳を傾けてみると、実行委員らしいあの制服姿の男は、客足巻き返しのためにオムライスの味、新サービスの実施による話題の増加、それから宣伝の仕方を変更してみたらどうかと提案していた。


 篠宮は失笑とも取れそうな笑い方で、


「まだ開始から一時間程度なのに路線変更か。準備期間で決めたことをすぐに変えて大丈夫なのかよ」

「そう言ってやるな、篠宮。生徒だって経営者じゃないしノウハウもない。彼らなりの行動、黙って見守ろうじゃないか」


 ああ、榊原も一応は教師だったな。久しぶりに教師立場のコメントを聞いた気がする。


「お待たせしました、オムライスになりまーす」


 頼んだオムライスが織川の手によって運ばれてきたようだ。……だけど運んできたのは注文したオムライスだけではなく、


「ねぇみんな、お客さんがいっぱい入ってくれる方法ってないかな?」

「ふん、織川。名目上はクラスごとに競ってんだろ? なら、他クラスのヤツにアドバイスを求めるのはナンセンスだ。だろ、篠宮?」

「む~、ぜんじーのイジワル。……一理あるけど」


「ま、神宮寺の言うとおりか。今さら手は貸せないな。だけど舞夏、――榊原センセイの手は借りてもいいんじゃないの?」

「わ、私の手? 言っちゃ何だけど、そんなにいいアイデアは思い浮かばないけど?」

「あの実行委員はオムライスの味を良くしたいって言ってたよな? なら調理部顧問、榊原海音センセイのアドバイスが活きてくるはずだ。……だろ?」


 榊原はスプーンでオムライスを掬い一口パクリ。


「うんうん、ケチャップライスじゃないのか。シンプルな具材にシンプルな味付け……サッパリしてて味は悪くないな。……だけど味は薄いか」


 続いて篠宮も一口含み、


「ケチャップライスにしないのは俺の意見が反映されてか? 味付けは全然違うけど?」

「ううん、あたしが発言する前に違う子もそれ言ったの。だから味付けも篠宮くんのとは違うくなって……」


 榊原はもう一口分を口に入れ、


「ま、火を使えない以上、行き着くのはこの形態か。火力弱いとケチャップライスは無理だし」


 俺も二人に釣られて一口パクリ。……ふむ、一週間前のオムライスと比べると味付けは薄い。


「不味くねぇけど高校生じゃこの薄味は不満だろ。もっと濃くしねぇと話題にはならんな」


 織川は榊原に向かってパチンと掌を合わせ、


「お願い海音ちゃん! 海音ちゃんの手を貸してください、お願いします!」


 その頼みに呼応するように、実行委員や他のメイドも次々にお願いしますと頼み込む。プライドはないのか、コイツら。


 榊原はやれやれと困ったように頬を掻いたが、同時にニヤニヤと汚い大人の笑みを薄っすら口元に浮かべ、


「しょうがないなぁ、わかった。生徒からこんなに懇願されて断るようじゃあ教師失格だな。ふふっ、――――やってやろうじゃないかこの榊原海音、オムライス作りってヤツを!」

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