2-11

 その後一時間半程度、篠宮と一緒に校舎内をあちこち巡っていった。これまでの部の活動を通して知り合った人たちとも会話をするなど、充実した時間を過ごせたんじゃないかと思う。

 そしてやって来たのは体育館。舞台上では校内で結集されたらしい数々のバンドが演奏をしていた。会場も熱気に包まれ大盛り上がり。


「ああ、もう一年も前になるのか。時間が経つのも早いな」


 なんて年寄りのような言葉を呟いてしまった俺。


「まったく、今でも信じられねーぜ。かなえと舞夏、それにお前が向こう側に立ってたなんて」


 舞台上で懸命に演奏をする男女混合の五人組バンド、それが引き金となって一年前の光景が鮮明に呼び起こされる。


「あと三十分もすれば俺は仕事の時間だ。篠宮、お前はどうだ?」

「俺もそんな感じ。見て周れるのもラスト一件ってとこか」


 午後一時から『午後の部』の開始、俺と篠宮はクラスの一員としての役割を全うしなければならなくなる。


「もう一度舞夏のクラスに行ってみないか? あれからどうなったか気になるんだ」

「同意だ。俺も最後に行ってみたくなった」


 所詮他クラスだし、大した心配なんてする必要ない。ただ途中経過を見ていたからか、あのクラスが迎える結末は、何となく気にはなった。


 そうして再び織川のクラスへと足を運んだ俺と篠宮天祷。だが……、


「あーあ、空席が目立ってやがんぜ。さっきよりかはマシにはなったとは言え」


 頭の後ろで手を組み、他人事(事実、そのとおりだが)のように呟いた篠宮。

 榊原のアドバイス、ならびに宣伝方法の見直しからか、先ほど訪れた頃よりかは賑わっている。だが、残念ながら空席がポツポツと……。

 篠宮は「ほれ見ろ」と得意げな顔で、


「この俺がこのクラスの敗因を分析してやろうじゃないか」

「負けそうなだけで負けとは決まってないだろ。クラスの連中に聞かれたらどうする」


 部長は俺の言うことなど無視し、洒落たメガネ奥の瞳で、呑気な様子で教室内を見回し、


「まず一つ、メイド喫茶同士で潰し合ってる。全部で二十四あるクラスのうち、三つがメイド喫茶だ。そんだけじゃなく、喫茶形式の出し物は六つある」


 いくらなんでも被りすぎだよな。独自性を追求したメイド喫茶ならともかく、どのクラスも至って普通のメイド喫茶。差別化はせずどこも置きにいってる感じだ。


「二つめ、やっぱりオムライスの味は繁盛に結びつきにくい。神宮寺ならそれ、わかるよな?」


 そのとおり、メイド喫茶のキモは何と言ってもコスプレした女子。先週訪れたプロのメイド喫茶で出てきた、高級レストランレベルのオムライスでも話題にならないのだ。ましてや味付けの考案は、いくら料理に馴染みのある調理部の顧問だからとはいえ、やはり素人。それに調理の担当も素人の高校生。味付けを変えたところで、ゼロではなくとも効果は薄いだろう。


「そして三つ目、敗北を決定づける要因…………おっと、その前にあれを見てみよう」


 教室には入らず廊下からの眺めになるが、制服を着た学園祭実行委員、おまけに数人のメイドたちが何やら集まり出していた。話題は集客不足に対する解決方法について。


「とにかく神宮寺、中に入ってみないか? 喉渇いただろ、なんか飲もうぜ」


 俺にそう促した篠宮、止める理由がないので彼に付いていくことにする。


「お帰りなさいませ……って二人とも、また来たの!?」


 またまた俺たちを出迎えてくれたメイドは織川。


「舞夏の働きっぷりが気になって来ちゃいました。どうだ、カミカミ接客は直った?」

「ふふーん、あたしを甘く見ないでよねっ。……って自慢したいところだけど…………」


 ガックリとうな垂れるが、すぐに愛らしい童顔を見せ、


「でっ、でも二人には関係ないよねっ。自分たちのクラスが一番だからっ」


 無理をしたように明るく振る舞い、強がるようにそう放った織川。そして裏方に向かって、


「ご主人様二名お帰りになりました!」


 そう呼びかけると、俺と篠宮を空いた席へ案内したのだった。

 篠宮はコーラ、俺は安価で糖分の無い麦茶を織川に注文し、


「あの会話、聞いたか? どんな方法で集客アップを図ろうとするのかってハナシ」


 茶髪の男は、今度は真面目な顔色で俺の背後側に視線を差し向けた。


「悪い、聞いてなかった。織川に夢中だったわ」


 まるで我が子を見守るバカ親のような感想。……だって気になるんだよ。つーか、織川の接客見ながらあの会話に耳を傾けてたのかよ。やっぱ観察眼はピカイチだな、この男。


「まさに神宮寺クンのようなご主人様を釣るための作戦と言えるね。たしかに、その方法なら集客は見込めるな」

「で、どんな方法なんだよ?」


 篠宮は裏方に声を掛けている織川へと目をやり、


「これまで客ウケのいい織川舞夏らを主力にサービスを展開していくらしい」


 ……マジかよ。


「それ、本当に言ったのか? いくらなんでも……そりゃあ」

「マジ。この耳でしっかりと聞いた」


 渋々と背後を向き、奥で集まるあの連中に目を向けてみた。どうやら作戦の提案者は実行委員らしく、メイド服の女子らは苦く辛そうな顔で男の言葉に耳を傾けている。

 そりゃあイイ顔するはずねぇよなぁ……、そんな作戦を聞かされればね。


「舞夏らに劣ってるって暗に聞かされてるモンだしな。気分的には最悪でしょ」


 特にここはメイド喫茶。彼女らが織川らの何に劣っているのか、――その答えは明白。


「これが、学園祭におけるメイド喫茶のヤバさだよ」


 篠宮はお冷を一口含み、


「神宮寺も先週気づいたと思うけど、サービス的にどうしてもルックスで評価されるんだよな。だから女子の中には劣等感を覚えるヤツだっているはずだ。黒字赤字はともかく、ルックスの優劣が周りから判断されればクラスにヒビが入るんだよ」


 自分の顔をよっぽどネタにしているならともかく、ルックス命の女子、周りから優劣を決められれば答えは言わずもがな。

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