2-12

「だから俺はオバケ屋敷を推薦したんだ。オバケのコスプレならいろいろと隠せるだろ?」


 そしてこのメイド喫茶を見て気づいたことが一つある。それは、一人のメイドが最初から最後まで付きっ切りであるということ。だから『ハズレ』を引いてしまった客は不満に思うはずだ、あの客はあのメイドなのに、俺たちのメイドは……、なーんてことを。


「舞夏は最初から気づいてた、俺の言ったこと。…………優しいアイツなら絶対にそう言わないだろうけど」


 その織川は、俺たちが注文した飲み物を運んできた。気まずそうな顔、重い足取りで。


 その時、織川の背後から、


「さーっすがは織川さん、キュートな顔立ち見守りたくなる振る舞いで男子はメロメロ。すごいなぁ、あたしも織川さんみたいになりたいなぁ……」


 ピンクを主体としたメイド服の女が嫌味ったらしく言い放ったのだ。


「………………」


 目線を落とし、悲しそうな顔で押し黙る織川。


「ねぇ、どうやったら人気が出るの? 織川さん、教えてよ。みんな織川さんみたいにやればいいんだし。……ねっ?」


 この女の言葉を、言葉どおり褒めていると受け止められるヤツなんてよっぽどのお気楽な人間くらいだろう。明らかな嫌味、一方的に言われるのは見ていて流石に腹が立つ。


「おいアンタ、織川にンなこと言っても――――……」

「待て、神宮寺」


 隣の篠宮によって俺の言葉は遮られた。


「どうして止める。織川が言われてんだぞ」

「まあ落ち着け」


 その顔には余裕を持ち、嫌味を放った女には笑みさえ浮かべて、


「男人気を得られるコツはアレだ、心と表情を和らげて接客することじゃねーの? と、男からのアドバイスでした。参考にするかしないかは自分で考えてくれ」


 ピンクのメイド服は篠宮を無言で睨むと、その場から離れていった。


「……篠宮くん、ありがと」

「舞夏もよく耐えた。ああ神宮寺、お前の気持ちもわかるぜ。まあでも、舞夏が言い返したってクラスが壊れるだけだし、神宮寺がキレたってそれは変わらん」

「悪かった、織川。気持ちに気づいてやれなくてな。変にカッコ付けただけだわ」


 それでも、織川は儚げに微笑んでくれ、


「ううん、ぜんじーがああしてくれて嬉しかった。あたしのために怒ってくれてありがと」


 …………どういたしまして。


「でもぜんじー、篠宮くん……、このままじゃクラス……どうしよう……」


 このクラスの雰囲気は学園祭を通して、悪化の一途を辿っていることは明白。下手をすれば、学園祭後のクラスメイトの人間関係をも変えてしまいかねない雰囲気だ。

 篠宮部長も考え込むように少し顔をしかめ、


「女子じゃないから気持ちはわかんねーけど、顔で順番を決められるのは最悪なパターンだろうし。様子を見る限り、舞夏を含めた三人とそれ以外で境界線がある。とにかく、その境界を取っ払わないと」


 織川は目を瞑って押し黙り、しばらく考えを巡らせていたようだが、やがて決意したように顔を上げ、


「これはあたしたちの問題だから――あたしが考える。だから二人とも、勝手に頼んどいてアレだけど、あたしに任せて」


 それまでの気まずそうな、頼りなさそうな顔つきをした彼女とは違う彼女がそこにはいた。


「メイド喫茶は今さら変えられないよね……。でもメイド喫茶なのが問題になってる……」


 時間の制約上、今さら出し物を大幅にリニューアルするわけにはいくまい。だけどメイド喫茶なのが問題になっている。この矛盾した問題、織川ならどう答えを導き出すというのか?

 織川は教室の隅から隅、そして出入口付近を見やり、


「お客さんはメイドを選べない……。…………一人が全部をサービスして……、………………一人がサービス? …………あっ」


 何かに気が付いたのか、織川はハッと俺たちの顔を見て、


「わかった、だからダメだったんだ……」

「……どういうことだ、織川?」


 織川は俺と篠宮に現状の問題点と解決策を話してくれた。


 篠宮も感心したように頷き、


「俺さっき、オバケのコスプレなら隠せるって言ったよな? でもそれって、個性を潰すことにもなるよな。舞夏の案ならクラスメイトの個性を最大限に引き出せる」

「うん、篠宮くんの隠せるって提案に引っかかってたんだ。みんなの個性を消しちゃうのは勿体ないなって」


 なるほど、たしかに織川の考えはクラスメイトの個性、技能を最大限発揮できるものだ。篠宮の言う、個性を消して平等を実現する方法も平和的に済むが、織川の案のように――……。

 自嘲気味に小さく笑った篠宮、


「周りを思いやれる舞夏だからこその案か。あーあ、俺もまだまだだね」

「クラスのみんなで頑張ってきたんだもん、やっぱりみんなの力でやり遂げたいっ」


 放課後、遅くまで居残ってメイド喫茶の準備に取り掛かった織川だからこその考えかもしれない。俺のように楽してた立場なら、その想いはまず出てこないだろう。


「そんじゃ織川、実行委員に言ってこい。きっと喜んで受け入れてくれるだろうがよ」

「うん!」


 そうして織川は数人のメイドと話し合っている実行委員に話を持ちかけていった。


「さてと神宮寺、そろそろ時間だな。俺たちはここで退散としますか」


 コーラを飲み干した篠宮、名残惜しそうにその場を立ち上がった。


「そうだな。余所のクラスばかり心配してるワケにはいかねぇ。そろそろ自分トコのクラスに熱意を傾けるとするか」


       ◇


 学園祭、午後の部もあと二十分ほどで終了となったところ、クラスの役目を果たし終えた俺は校内を適当にぶらついていた。トラブルもなく放映予定の映画をすべて消化し、学園祭終了の三十分前には店じまいとなった。


 そんな俺はただ今一人。ぼっち散策も悪くねぇが、やはり人の目が気になってしまうもの。その小物な心持ちでは各クラスの出し物を一人で訪れることは難しく、寂しく廊下を歩きながら賑やかな喧噪を味わうことにした。


 階段を降り二階、二年生クラスの連なる教室前廊下をぶらついてみる。そしたら、


「……おっ、こりゃあすごいな」


 とある教室を覗いてみれば、すべての席を客が埋め尽くし、メイド服姿の女子が精力的に声を張り上げ動いていた。忙しそうではあるけれども、メイドの誰もが嫌そうな顔はしていない。


「織川の作戦、大成功か」


 織川舞夏の出した解決案はこうだ。

 最初から最後まで一人のメイドがサービスするのではなく、一連の流れを役割分担したらどうか、と。


 たったこれだけ。


 たとえば、織川はルックスこそ愛らしくて人気だが、案内はカミカミだしメニューを運ぶのもどこか危なっかしい。その危なっかしい部分を、それらが得意な人間に任せてみたらどうか、という話だ。つまりクラスメイトの個性を最大限に活かすスタイルにチェンジしたというワケ。ルックスでは劣っても、他の優れた個性で居場所を作ればそれでイイというおはなし。


「アイツの優しさがあってこその考えか」


 メイドの中に織川の姿はない。午前の部、午後の部で入れ替わったからであろう。でも織川の想いは、たとえメイドが変わっても受け継がれているようだ。

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