2-13

 放課後。

 本日は学園祭があった影響により、放課後の時刻は普段に比べて遅れ気味。だから窓から差し込む光は赤みが掛かっている。


 俺は特に何もせず、椅子にもたれ仕事疲れの身体を休めていた、――その時だった。


「いえ~いッ、いっちば~ん!!」


 扉を開けて早々、団子を復活させた金髪の彼女は満開笑顔のピースサインでそう言い放った。


「やっぱり格別だよね、勝利ってヤツは」


 ルンルン気分のまま俺の隣に座る織川。


「ふんっ、映画上映会も悪くねぇと思ってたけど、まさか順位すら付かないとはな。凡人にはわかってもらえないらしい」

「映画も面白かったけどぉ、でもそれって映画を作った人の手柄だよね。ぜんじーなんてレコーダー弄ってただけじゃん」

「そんなこと言ったら織川のクラスだってメイド考案した連中の手柄だろ?」

「うわっ、意味不明なこと言ってる。それって負け惜しみ?」


 断じて負け惜しみではない。そもそも、入賞しようがしまいが大して興味ないのも事実。

 結局、二年生の部では織川のクラスが8クラス中ナンバーワンを勝ち取った。二位(桜庭の所属するクラス)とは僅差だったらしいが、サービスの良さ、得られた利益の高さなどが評価されたらしい。


「まぁでも、お前は嬉しいだろうな。なんせ自分の案で上手くいったんし」


 織川は謙遜したように笑って、


「そんな、あたしは案を考えただけで……。実践したのは午後の部で働いてくれたみんなだし」

「そういうときは素直に喜べばいいんだよ。ぜ~んぶあたしのお手柄……ってな」


 逆にコケた映画上映会を提案した俺は胃が痛くなる思いだ。ま、結果をクラスの連中に責められても、「テメェらが賛成したんだろうが」と言ってやればいい(実際には言えんだろうが)。


「あたし、そんなにがめつくないです~。けど、ぜんじーが褒めてくれるなら嬉しいかもっ」


 頬をほんのりピンクに染め、織川は小さくはにかんだ。


「そんな反応されると困る……。どう反応していいやら……」

「うん? 素直に喜べばいいじゃん。って、自分で言ってなかった?」

「それとこれとは別だ」


 なんていうか…………なぁ。


「あーそういえば、織川は片付けとないのか? 桜庭と篠宮はそれで忙しいらしいし」

「ぜんじーは?」

「俺か? 午前の部、午後の部、それに準備の部と片付けの部ってのがあるんだよ。俺は午後の部担当だからもう御役目御免ってワケだ」


「実はあたしのクラスも、もう少ししたら片付けなんだよね。しばらくしたらあたしも行かなくちゃ」

「やっぱ忙しいんだな。部室ここまで足を運ぶのも面倒だったろ、教室が近いとは言え」

「ふふっ、ぜんじーとおしゃべりしたくなったもん。それで来ちゃった」


「そっ、そうか……。俺とか……。俺がいなかったらどうしてたんだよ?」

「それならすぐに戻ってたよ。だから安心した、ぜんじーがいてくれて」


 一体この俺と何を話したいのだろうか? 言っとくが、大して面白い話はできないぞ。


「ぜんじー、一つ訊いてもいい? って、それが話したいことだけど」

「ああ、何だ?」


 織川はパッチリした目で真っすぐ遠く、部室の扉辺りを見据えて、


「クラスメイトのこと、どう考えてる?」

「思ってたよりは真面目な質問だな。スイーツがどうとか訊かれるかと思ったわ」

「たまにはそんな話題もいいでしょ? 一応、人間関係がどうこうの部活だし。クラスメイトとの人間関係、ちょっとおしゃべりしてみない?」

「クラスメイト……ねぇ。俺にとっちゃあ永遠のテーマだ。とにかく俺は、孤立だけは避けたいと思ってる。そのために連中とどう接すればいいのか、いつも悩んでるな」


 とにかく浮くようなマネはしたくない。それがキッカケで孤立したくないし、さらに発展してイジメの被害に遭うような展開は絶対に避けたい。クラスメイトの中から数人、気の合いそうな人間とつるめばそれでいいと思う。……ふんっ、俺って臆病だな。


 と、マイナス面ばかりの考えを織川に話してやると、


「見るからにそうだもんね。絶対に目立ってやるもんか、って意気込みがヒシヒシ伝わるもん」

「悪かったな、こんな根暗ヤローで」


 ぶっちゃけ学園祭だってそこまで楽しみではなかった。クラスで動くのは面倒だし、ノリだって嫌だし、一致団結ガンバローという熱血も嫌いだし(最後は中二病の典型的な発症例だな)。


「俺とは全く逆だよな、織川って。誰とだって仲良くしてるし、男とだって気兼ねなくしゃべってる。俺だったら考えられん、正直羨ましいわ」


 俺が教室の端でひっそりと暮らしているタイプならば、この織川はクラスの中心で明るさをもたらすタイプ。対極な俺と織川がこうして二人きりで話をしているのは、奇跡と言っても差し支えないだろう。青春部という繋がりがなかったら、まず接点はなかった。


「ううん、あたしだって苦手な人はいるよ。嫌いな人だっているし」

「ああ、さっき嫌味言われてたよな。そりゃあそうか、誰をも好きになるなんて聖人でもないと無理だ」

「嫌味言われて喜ぶ人なんて……ね? あたしだってアレはイラっときたし」


 されど怒ることはせず、織川は真面目な表情を取り繕い、


「でもね、クラスメイトと行動するときはグッと堪えないと。とにかく表面だけでも取り繕って、平和になるまでやり過ごすべし! これがあたしの心得かな?」

「やっぱり織川も考えてるのか」


 何も気にせず教室内で過ごすような女子かと思っていたが。……いや、それは初見で織川に抱いた印象を今でも引きずっているだけかもしれない。


「ちゃんと考えてみんなと接してるよ? ……って言ってはみるけど、考えるようになったのは青春部に入ってからかも。篠宮くん、かなっち、それにぜんじーを見習ってね」


 そうだな、考えることをしなければ今日のような結果は出せまい。


「誰もが人間関係で傷つかない高校生活を送れるために頑張るのがあたしの目標だもん」

「立派な目標だな、できる限り俺も手伝う」


 それにしても、クラスメイトのような集団と行動するのは散々嫌だと喚いていた俺だが、この織川を見ているとどうも羨ましくなってくる。織川を見習えば、これまでマイナス面でしか考えてこなかったクラスメイトとの付き合いも、ひょっとしたらプラス面で考えられるようになるのかもしれない。


「あーあ、学園祭もあと一回か……」


 だがしかし、残りの学校生活は着実に減っている。今さらになって寂しくなり始めた。プラスに考える機転をやっと見つけ始めた頃にこの仕打ち。神様はイジワルだね。


「じゃあさ、ぜんじー」


 俺の左手を柔らかな手で取った織川。窓から差し込む、青春を連想させる俺の好きな赤みの掛かった光が金髪を眩く弾いた。

 その顔を一番輝かせるような、夕日に負けないくらいの眩しい笑顔で、


「残りの学校生活、あたしと楽しも!」


 心に積もりかけた寂しさを吹き飛ばすように、そう言ってくれたのだった。


「……………………」


 思えば織川と出会ったのも一年前か。一年時は同じクラスに属していたが、住む世界は全く違った。だから入学後はしばらく、コイツとは会話する機会もないのだろうとぼんやり考えていた俺。だけど青春部という繋がりができて、こうして会話をする機会に恵まれた。しかしそれは部活が一緒だから、という理由だけで成し遂げられるものではない。織川舞夏のおかげなのだ。


 とまあ織川の言葉を受け、数秒押し黙って考えを巡らせた俺。


 だけど不思議なことに気恥ずかしさは募らない。珍しく、素直な気持ちで頬の筋肉を緩めることができ、


「ああ、よろしく頼む」


 そう一言、彼女に想いを寄せたのであった。


       ◇◆◇


 さて、今一度クラスメイトについて考えてみようじゃないか。


 ……とは言っても、やはり俺の中ではクラスメイト=「気を遣うべきやっかいな存在」という構図は崩れない。いくらイイ面を間近で見たからって、人の考えや思いは変わらないもんだ。


 それでもポジティブに考えるとすれば、誰もがある程度互いに気を遣いさえすれば、クラスメイトとの行動も少しは楽しめるのかもしれん。たとえば織川に嫌味を放ったあのメイドも、あの場面では自重すべきだったろう、織川が大人な態度を取ったからよかったものの。そもそもの話、集客ばかりに気を取られてクラスに目を向けなかった実行委員が元凶なのだが。彼こそがクラスに対し一番気を遣うべきだった。まったく、クラスの人間関係を踏まえ解決案を出した織川を見習ってほしいものだ。


 ま、もし俺の考えた理想郷クラスが実現できるとしたら、こんな俺だって学園祭、ヤル気が出せたのかもしれないな。


 ともかく――――。

 

 マイナス面を知りつつもプラス面を最大限に引き出し楽しんだ織川舞夏に対し、少しばかりの羨ましさを抱いた俺であった。

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