2-10

 接客をするのに最低限必要なメイドら以外、関係者は調理場である裏方に集合していた。もちろん俺や篠宮、それに織川も。


 ただ今この場で主役を張る榊原海音、慣れた手つきでフライパンに油を引き白米を投入し、数種の調味料を取り揃え、


「濃い味付けをしたいならとにかく調味料を入れること。ただケチャップを大量に入れると苦労するから、ソースや醤油のような液体が好ましい。おわかり?」


 タッパに入った具材を投入後、数々の調味料を手際よくフライパンに振りかけ、しゃもじでサッと混ぜ合せていく。そうして最後に作った薄焼き卵で容易く包み――――完成。

 おおっ! とクラスメイトたちから歓声が上がった(完成だけに)。


「それじゃ、試食会に移ろうか。…………そうだ」


 ニタリと企むように笑った榊原は、なぜか俺の肩にポンと手を乗せ、


「神宮寺クン、キミに試食してもらおうかな?」

「なんで俺なんだよッ。……あんま目立ちたくねぇし」


 このクラス連中の視線が俺に集中するのは容易に想像できる。絶対に拒否したい。


「神宮寺に食べてもらいたくて……せっかく心を込めて作ったのにな……。ふーん、食べてくれないんだ……」


 恋する乙女のような顔しやがって。演技にしては上手すぎるぞ。

 しかし榊原渾身の演技、周りの連中から俺に対するブーイングが飛び交う。海音ちゃん可哀そうだろー、試食くらいしてあげろよ、ズルイぞ俺らにも食わせろなどなど、榊原はいつの間にこれほどまでの味方を付けたというのか。


「…………くぅッ」


 小さく唸る俺だが、榊原は俺だけに聞こえるように、俺の耳にそっと口を近づけ、


「(宿題三倍の刑はこれで許してやるから)」

「……わかったよ、感想言えばいいんだな」


 そう決まったところで先ほどの席へと移動。中央に数学教師、隣に俺が座る格好となり、多数のギャラリーに囲まれる中、


「はい神宮寺、口を開けて。あーん」


 スプーンでオムライスを掬うと、ニコニコ笑顔で俺の口にスプーンを近づけてきやがる。


「やっ、やめろ……いい年して恥ずかしくないのか……。周り、見てるだろ……」


 自然と距離も近くなり、黒に近い茶のロングから発せられる、甘さを抑えたような大人の香りがモロに鼻孔を擽った。

 いくら接し慣れた女だからって、年上の若い女にこのような行為をされる経験は残念ながら皆無な俺。それに普段の凛々しい数学教師としての姿が脳裏にフラッシュバックし、訳のわからん奇妙な気持ちがグルグルと頭の中を駆け巡る。


「ほらほら、あーんしろ。そんな恥ずかしがらずに、な?」

「普段からカレシに対してそんな――――……はぐっ!!」


 発言最中、無理矢理スプーンを俺の口に突っ込みやがった榊原。


「え、何だって? 先生の愛情たっぷり特性オムライスをぜひとも食べたい? ははーん、それじゃもっと食え食えっ」


 そう言ってスプーンでオムライスを掬い、次の準備に備えてくる。

 口に入れられてしまった以上、咀嚼するしか行き場はない。俺は丁寧に噛みしめ、


「……うまい。さっきのとは全然違うわ」


 悔しいが、思わず認めたくなるほどの味の違い。榊原の味付けしたオムライスはライスにもしっかりと味が付いており、卵焼き、ケチャップとの相性も抜群だった。


「褒めてくれてサンキュー。ほら、もう一口食うか?」


 差し出されたオムライス、俺は遠慮せず口に含みその味付けを楽しんだ。


「……ね、ねぇぜんじー」


 声の主は織川。俺の顔は見ずに視線は別の方向に逃げ、照れた態度でスプーンを俺に差し出して、


「あたしにも……っ…………食べさせて……っ」


 ポツリと、そう放ったのだ。

 メイド服も相まって、その仕草はとてつもない破壊力があった。……こっ、これが『萌え』ってヤツか……。メイド喫茶に足繁く通い金を貢ぐ連中の気持ちがほんの少しわかった気がした。


「おっ、俺が食べさせるんかよ……。自分一人で食えるだろ……」


 織川は顔を赤らめながらもグワッと強気な顔で、


「あっ、あたしだって食べさせてもらいたいもん!」


 隣の榊原は微笑ましそうに俺たちを見て、


「いいじゃないか、神宮寺。今度は舞夏に食べさせてやったらどうだ?」


 許可を出す前に、織川は俺の左隣へと座りスプーンを差し出し、


「はい、……これ」

「わかったよ、俺が食べさせればいいんだな」


 ……、手が小刻みに震える。どうした神宮寺善慈、ギャラリーに気圧されているのか!?

 それでもスプーンをオムライスに入れ、何とか一口分を掬い、


「悪い、左利きで。食べ辛いだろうが勘弁してくれ」


 織川は恥じらいを示すように目を細め、小さな口を可愛らしく開け、


「あっ、あーん……」


 パクリと一口。閉じた口をもぐもぐ動かし、


「むっ、おいしい! こんなにおいしくなるんだ、オムライス!」

「だってよ、榊原。織川お墨付きの味付けだ」


 すぐに右隣の榊原教諭に感想をフィードバック。だがしかし、榊原はわかってないなコイツと言いたげにやれやれポーズで、


「私のことなんて置いといていいのに。今は舞夏の相手をしてやれ、な?」


 そうして数学教師は立ち上がり、


「私もそろそろ調理部の準備に行かないと。楽しかったよ、ここのメイド喫茶。それに神宮寺、篠宮、付き合ってくれてありがとさん」


 俺たちにそう言うと、ヒラヒラと手を振ってその場を去っていのだった。それに合わせ、ここのクラスの連中もそれぞれ持ち場に戻ってゆく。

 篠宮天祷がスプーンを手に取り、


「俺も一口食べていいか? どんな味付けか気になる」

「あっ、ならあたしが食べさせてあげよっか? 海音ちゃんがぜんじーに、ぜんじーがあたしに、それであたしが篠宮くんにっ」

「あっ、いや……介護してもらうみたいなんでいいッス……」


 よくもそんな空気の凍る一言を言えるな。さっきまでの俺と織川がバカみてえじゃねぇか。


「もーう篠宮くん、デリカシーなさすぎー」


 ぶーぶー文句を放つ織川だが、


「そんじゃ、あたしもお仕事しないと。お客さんがいっぱい入ってくれるように頑張らないとね!」

「ああ、無理はするんじゃねぇぞ織川。何かあっても責任は実行委員に擦り付けとけ」

「舞夏は今までどおり接客すればいいさ。それが集客アップに繋がること間違いなし!」


 こうして俺たちは次の出し物に向かうことにしたのだった。

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